息吹 テッド・チャン

「あなたの人生の物語」以来の二冊目の短編集。「あなたの~」読んだのいつだったっけ……。

しかし、今読んでみるとほとんどの作品が自由意志を命題にしてるのが分かって、昔はそんなことにも全然気づいてなかったなぁと。


『商人と錬金術師の門』

物語としての完成度は本編中随一。知ってる人はニヤリとできる程度のSF要素を中心に据えた、異国情緒のあるアラビアンなお話。別の物語が挿入される構成と、変えられない運命に対するポジティブさが好感。


『息吹』

現実と異なる宇宙での、人間とは異なる知的生命(?)体のお話。こういう一つの架空世界とその住人を丸ごと創造してしまうお話、好きです。しかし、この記憶方法えらい繊細だなぁ。閉塞感のある結末なのに、爽やかな読後感。


『予期される未来』

スーパーテクノロジーを使って作った玩具を使い、決定論について『商人と~』とはほとんど逆の結論を据えた短編。SCP財団っぽい雰囲気ありますね。


『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』

セカンドライフを進化させたような仮想世界での、ペット用人工知能と一緒に暮らす人のお話。こういう、新技術が出てきて世の中でどういった変遷をたどるかはグレッグ・イーガンっぽさがありますね。

デザインされて生まれた知性に法人格は認められるか?自分で決めたことなら精神に当たるプログラムの改変も許される?などといった自由意志の話がテーマになってるんですが、その過程で人間の意志についても問題になるのは必然ですかね。子は親を映す鏡。

しかし、悪い言葉を覚えたらロルバは自分の子供にも使いたがる人が多そうであんまり笑えないですね……


『デイシー式全自動ナニー』

こういう、製作者の中では完璧に筋道立った思考から生み出されたけど、他の人から見ると意味が分からないガジェットってありますよね……なお話。産みの親より育ての親とは言うけれど、やっぱり子育てにこういう完全な自動機械を使うのはリスクが高そうです。


『偽りのない事実、偽りのない気持ち』

自分の全ての行動を保存・検索できるテクノロジーについてのエッセイを、アフリカ先住民族の文字の導入による変化と重ねて進行するお話。

作中では、記憶の不確かさを超えて人間同士がファクトに基づくより良い関係を築けると楽観的な結論を出してはいるものの、正直今の現実を見ていると、本編で触れられていた通り、他人の揚げ足を取るために人々が相互監視しあうディストピアになっていく可能性の方が高いように思えてならないですね……。結局テクノロジーがどんなに進んでも、それを使う人間の心も進歩しなければ良い結果をもたらさないのではないかと。


『大いなる沈黙』

他の知的生命体を求め、外宇宙へとメッセージを発信する人類。だが、この地球に生きる意外な生物が、人類に比肩しうる知的生命体として存在していたのであった……!(淡々とあらすじを書くのに飽きてきた)

人間が他の動物の言葉を理解できない以上、正確に他の動物の知的水準を知るのは難しいわけで、この短編みたいな話もあながち夢ではなかったり?なんにせよ、夢のある話です。


『オムファロス』

現実では創造論を否定する証拠となった木の年輪などが、逆にそれを証明している世界の騒動。リバース「地獄とは神の不在なり」といった趣でしょうか。キリスト教に馴染んでいないと、どうしてもこの辺の神様が絡んだ人間の存在意義についての論には感覚的についていきづらいですが、生まれてきた意味を考えてしまうのは宗教に関係なく誰もが考えるところですね。


『不安は自由のめまい』

平行世界と連絡を取れる電子機器の登場で、それを利用したり振り回されたりする人たちのお話。依存症に対するカウンセリングや互助会が出てくるの、アメリカっぽいです。あと、多次元間振り込め詐欺が出てくるのは日本人としてはどうしても苦笑いが出ますね。

そうしなかった自分がいたとしても、もしくはどの未来でもそうしていたとしても、今この決定をすることには責任が発生するんですよというのが結論……でいいんでしょうか?でも、そうすると最後の「どうせあいつどの世界でもロクデナシになるんだから、いつまでも昔のことを気に病むなよ」はどうなのかなと思ってしまったり。


全体として、テーマや結論に2000年代~2010年代の空気を強く感じられて楽しく読めたんですが、おそらく2020年代を先導するような内容ではないのではないかという、願望混じりの感覚を抱いた読書でした。おそらく、これからは作中で見られたようなテクノロジーへの楽観が後退して、技術ではなく人間自身がどうなるか、どうあるべきかに関心がシフトしていくのではないかなーとぼんやり考える次第です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?