永遠の子供達へ
これは、絶対に訪れない、訪れてはいけない世界の物語。
天の地上管理局前の道路。
「今日ももうすぐ御仕事終わりだね。」
皇子がそんな事を呟く。
「もう一度生を受けたと思ったら、宮仕えだなんて皮肉なものですけれどね。」
ブラックメアもそんな事をぼやく。
「でもさ、いいじゃん。まだ生きてる訳だしさ。」
ジルはそんな風に言った。
それぞれがそれぞれ、コックピットの中から相手の機体へ通信を送っている。
身内用の回線を使って、会話をしているのだ。
回線はコックピット内のディスプレイの電子パネルの手前、左側に付いているトグルスイッチの並ぶスイッチボックスで切り替えられる。
「にしてもさ、因果なモンだよね・・・辛い人生歩まされたのに、またこうして命を得たら戦うしか無いなんてさ。」
三名は、デイア・イエスタデイ(Day a 『yesterday』)の中に居た。
それは、人型の、或いは動物型の、巨大な兵器である。
コックピットの中は狭く、身動きも殆ど出来無い位だ。
それでも三名は仲が良く、こうして同じ部隊に配置された事は、まだその身に起こった内の事象の中では幸運だったかもしれない。
「ねえ、帰りにラーメンでも食べて行こっか?」
「いいねえ!それ賛成!」
「もう・・・深夜にそんな脂っこい物食べるなんて、体に悪いですよ?」
皇子の提案にジルは嬉しそうに賛同し、ブラックメアはそれに呆れる。
「それがいいんだって!寝る前の愉しみなんだよ、うんうん。」
「じゃ、この前のラーメン屋さんに行こ。」
ジルは頷き、皇子もそれに応える。
その時、電子パネル右側のアラートシグナルのランプが赤く光って、パネル上に「敵」が頭上に居る事が表示される。
「真上だ。ぶ、VLS・・・VLS・・・。」
ジルがコックピット内の右手に並ぶ武器スイッチの中で、VLS(Vertical Launch System。垂直発射装置)発射ボタンに被さっている透明なプラスチックカバーを親指で上げようとするが、突然の事で緊張して、上手く行かない。
その時、ヘルバードから発射された垂直発射ミサイルが「敵」に命中する。
「ごめん、ブラメアたん・・・アタシの断罪の兎の方が、VLSの搭載数多いのに・・・。」
「ジル、そういう時はごめんじゃなくて、「ありがとう」って言うんですよ。それに、気にしないで下さい。私達は仲間です。助け合うのが仲間でしょう?」
「そうだよ!ジル。」
フォローしてくれたブラックメアと、皇子の言葉にジルは、
「そうだよね。ありがと、ブラメアたん、皇子ちゃん。」
ジルは目の端の涙を人差し指で拭って、そう言って微笑んだ。
「マダルナ局長、今日はこれでもう上がっても宜しいでしょうか?」
ブラックメアは天の地上管理局の建物内に居る責任者の女に通信を入れる。
「ええ、いいわよ。御疲れ様。」
室内の金色のフェネックの様な顔をした女・・・ゾーマニアンのマダルナは、そんな事務的な返事をする。素っ気無い感じだが、大体この女はいつもこんな態度だ。
三名は仕事も終わり、帰宅の準備を始める。
ジルは電子パネル脇の「物理洗浄」と印字されたテープが貼られた、青いボタンを押す。
コックピット内の上面、丁度ハッチの裏側に当たる部分の噴射口からエアーの様な物が吐き出され、それがジルの頭の上に降り注ぐ。すると、機体背面部の排除ダクトから何かの粉末の様なものがうっすらと出て行くのが分かる。
電子モニターには、「思考体内部のストレス物質を排除中」と表示されている。
(ちょっとだけ・・・楽に成ったかも・・・)
いつもの様に、広いデイア・イエスタデイの駐機場にそれぞれのイエスタデイを格納して、三名は夜の街へ繰り出す。と言っても、ラーメンを食べたらそのまま家へ帰宅するつもりだが。
この間見付けたラーメン屋台で、三名はラーメンを仲良く並んで食べる。
「どうだ?美味いか?」
「うん、美味しいよ!」
屋台の親父に聞かれ、ジルは嬉しそうに笑顔で頷く。
ジルも皇子も猫舌なので、頻繁に息を吹き掛けて、箸で持ち上げた麺を冷やしている。
「チッ・・・嫌なガキが居やがる。」
そんな時、屋台の暖簾を潜(くぐ)って入って来たサラリーマン風の客が、三名を見て舌打ちをした。
「何でえ!ウチの客に文句があんなら帰(けえ)ってくれ!」
「おう、帰るわ。こんな気色悪いガキ共と飯なんか食えるか。」
そのままサラリーマン風の男は、連れの背広姿の男と一緒に去って行く。
「最近はあんな奴等ばっかりだぜ。一体誰がこの世界を守ってくれてると思ってんだよ、チキショーめ。」
親父は怒りを露(あらわ)にしてそんな事を言うが、すぐに三名に向き直る。
「俺はさ、気にしちゃいねえよ。アンタ達がこの世界を守ってるって、ちゃあんと分かってる。何でアンタ達ばっかり酷い目に遭うんだろうな。本当に神様居んのかよ、全く。」
「居ますよ、きっと。だから私達、こうしてまた生を得たんですから。」
親父の言葉にブラックメアはそう答える。
「だよな、きっと、そうだよな。ごめんな、湿っぽい事言っちまったな!これ、サービスだ。食ってくれ。」
そう言って親父は煮玉子をそれぞれに小皿で出してくれた。
ジルは、マンションの一室に・・・自宅へと帰って来る。
「ただいま。」
誰も居ない真っ暗な部屋。一名用にしては、少し広過ぎるかもしれない。
返事は返って来ない。
スイッチを押して部屋の灯りを点けると、出て行った時と同じままの、静かな部屋。
「アタシ、自由に成ったんだよね?」
独り呟く。
寝る前に少し、ソファーに座ってテレビを見ていた。
何処かのバンドが演奏している映像が映る。
「アタシも人間だった頃、バンドやってたんだよなあ・・・。何でやめちゃったんだっけ?」
今は何故かもう、何も思い出せなかった。
思い出すのは、辛かった事ばかり。
「ボーカルの△△さんは何と、超豪華な御自宅に住んでおられます!さすがビッグバンドですねー!」
軽薄そうな女性アナウンサーが、大きな白い家の映像にナレーションをしている。
「音楽なんて、もうどうでもいいよ・・・何でアタシ、こんなものに夢中に成ってたんだろ。アタシって、ホント馬鹿だ・・・。」
ソファーの上で膝を抱えて顔を埋めるジル。
少し、泣いて居た。
この世界は、魂の重大な違反思想を持った人間が、生き残ってしまった世界。
本来、魂を処分されるべき人間達が、何故生き残ってしまったのか?
「天からの声明」は何も無く、ただ、世界は悪魔に蹂躙される危険性を孕んだままで、その悪魔達に対抗する為に、人間から魂の転生した記憶の執行者と呼ばれる子供達が、デイア・イエスタデイという兵器に乗って、戦い続ける。
天は、地上に管理施設こそ建設したものの、結局、記憶の執行者達に戦いを一任したままで、具体的な方策や指針は何も示されないままだった。
そして。
「子供の尻を剥き出しにして叩く」
「子供の裸を隠さない」
この重要な二つを守らない人間達がそのまま無法の世界を通過してしまった事で、とても困った事が起きた。それは、無法の世界以上の治安の悪化。そして、カルト宗教が再び栄華を誇ってしまった事だった。
世界は、無法の世界以上の、最悪な世界に変わってしまった。
今夜も、天の地上管理局前の道路に、断罪の兎とヘルバードの姿があった。
しかし、皇子の乗る暗黒星の姿は無い。
「今日は皇子ちゃん、定例会見なんだっけ?」
「ええ。また可哀想な事に成らなければ良いのですが・・・。」
「うん、そうだね・・・。」
電子モニターに、中継の映像が映し出される。天の地上管理局の反対側のフェンスで囲まれた敷地に、電波塔が建っている事もあり、テレビの電波は入り易かった。
映像の中では、会見の会場が映っている。
手前には一般の観客が大量におり、その後ろにテレビや新聞等のマスコミ関係者が配置されている。その向こう側に段差があり、その壇上にマイクが置かれていた。ここは室内であり、何処かの建物内部らしい。
段差側の壁面中央の赤いカーテンの真ん中の切れ込みを割って、皇子が入って来て、マイクの前に立つ。
「あの・・・定例会見を・・・始めます。」
手と唇は震え、もう既に涙目に成って居た。
「今週も、人間の皆さんが無事に過ごされ・・・世界が平和で、ある事を、喜ばしく思います・・・。」
「ボソボソ言ってねえでハッキリ喋れ、このボケ!」
観客の男の一人が、手に持っていた飲み物の紙コップを皇子目掛けて投げ付けて来る。
「ひいッ!」
紙コップは皇子に当たり、その手前の床に落ちて、まだ半分程残っていた中身は白い床の上に零れた。
「これも・・・皆さんの・・・努力の、賜物で・・・。」
「五月蝿いわよ!同じ事はかりいっつも喋って!」
「そうだそうだ!何も出来無い癖に!」
「このゴミクズ皇子が!」
観客席からの罵声はどんどん大きく成り、それが観衆のどよめきと成って、会場は騒音で満たされる。
「だって、そう言えって言われてるから、ボクはそうしてるだけで・・・。」
「言われたらその通りにするのか?神様の人形かよ、テメエは。」
「人形じゃないもん。御父様の御命令だから・・・。」
「また「御父様」かよ。おい、コイツ前の世界じゃ男の体に入れられてたんだよな。本当に今、女に成ったかどうか確かめてみようぜ。」
「いいねー!おら!服脱げよ。ガイジを襲うのは女の権利だぞ!脱げよオラア!」
男も女も次次と壇上にいとも容易く上がって来てしまい、皇子を取り囲む。
「ほらほら?大人の女が怖いんだろ?」
「やめてえええ!来ないでよおおお!」
「おら!おら!早く脱げよ!」
「御父様ああ!御父様助けてえええ!」
皇子は複数の人間に服を引っ張られて、揉みくちゃにされる。
「ちっ・・・コイツ、ションベン漏らしやがった。」
「こんな情けない奴が神様の子供なんて傑作ね。」
皇子はそんな事は一言も言っていない。
皇子は泣いて居た。何度こうして人間達に傷付けられれば良いのだろうか。
子供の剥き出しの尻を叩く事を否定する人間の悪意は、底無しである。
皇子をいじめるのに飽きて、人間達は離れて行く。
「もうやだあ・・・もうやだあああ!」
皇子が叫ぶと同時に、中継の映像は終わる。
「何なんだよ・・・こんなのリンチじゃんか。」
ジルの憤った声が響く。
「これが、劣等種の人間共・・・。」
ブラックメアも、静かな怒りの声を吐いた。
その日は皇子が居ないので、ニ名で帰宅する事に成った。
いつもの様にだだっ広いデイア・イエスタデイの駐機場に着くと、自分の格納パネルの上に機体を載せる。すると積載用パネルは、四隅の黄色い警告ランプを回転点灯させながら徐々に降下し、一番下まで降下が完了すると、ランプの点灯は終了し、コックピットハッチを開けて、機外へ出る。
夜の外の空気は冷たい。何だか、心まで凍えて来そうだ。
ジルが乗っている断罪の兎は、後期型のデイア・イエスタデイで、重量級で武器の搭載数が多いが、正直な所、出来はあまり良く無いと思って居る。装甲はエルマーダ・チタニウム材質の平均装甲厚550mm。材質は地球外の素材と地球上の金属との合金だが、以前、「敵」のロケット弾の直撃を受けた時、普通に装甲が200mm程凹んでしまった。当たり所が良かったから内部は無事だったものの、これで装甲を貫通なんかしようものなら、爆発物だらけの機体内部に引火して、一瞬で誘爆によって内部から爆散する。そう成れば、高位生命体へ転生した自分とて、きっと無事では済まないだろう。
それを考えると、結局自分は駒の一つに過ぎないのだと、そんな情けない結論に行き着いて、空しい気持ちに成る。
「今日は皇子も居ませんし、御飯を食べて行くのはやめましょうか。」
「じゃあコンビニへ寄ってもいい?明日の御飯買って行かなきゃ。」
「ええ、いいですよ。じゃあ行きましょうか。」
「うん。」
駐機場でそんな会話をしてから、ニ名で街へ繰り出す。
この辺りの地区は、ジルやブラックメアの様な、この世界へ進んだ段階で転生を果たした高位生命体の者達、『執行者』と呼ばれる者達が暮らすマンションが建つ地区であり、一般の人間達は立ち入りが禁止されている区域だ。店は基本的に存在しないので、必然的に買い物や食事をする時は、人間達が暮らしている一般地区に行かなければ成らない。どうしても人間と接触したく無い場合は、事前に頼んでおけば、委託先の業者に直接注文した物を自宅へ届けて貰うことも可能だが、それをすると家と仕事場の往復で精神的におかしく成る事が多いので、推奨されていない。事実、それで精神に異常を来した者も、一名やニ名では無い。
だからこうして、執行者達は仕事帰りに街へ出掛けるのだった。
コンビニに入ると、ジルは弁当コーナーへ直行する。
「中華丼にしよーっと。」
「好きですもんね、中華丼。」
「うん。他のに比べればね。」
「今度また、シチューとか作ってあげましょうか?コンビニ弁当ばかりじゃ体に悪いですし。」
「ありがと。ブラメアたんのシチュー、美味しいもんね。おしりが痛い思いして覚えたんだっけ?」
「ええ。御料理は御祖母様がみっちり仕込んで下さったので。シチューの作り方を覚えた時は、それはそれは厳しく叩かれて、おしりの皮が剥けちゃいましたから。」
「うへえ、相変わらず聞けば聞く程、厳しい御祖母ちゃんだね。でも、大好きなんでしょ?」
「はい。御祖母様は私が世界で一番尊敬する存在です。御祖母様が厳しく私を躾けて下さったからこそ、私は今、自分で自分の身の回りの事を、全て出来る様に成ったのですから。御祖母様は、私の人生の先生です。」
「凄いね・・・ブラメアたんを見て居れば分かるよ。ブラメアたん御祖母ちゃんの凄さがさ。同じ鞭で叩かれたのでも、アタシのとは全然違うんだなって。自分の事だけじゃなくて、アタシや皇子ちゃんの事まで面倒を見てくれて・・・まるで御母さんみたいだもん。」
「そ、そうでしょうか?」
ブラックメアが少し顔を赤くして、照れ臭そうに聞き返す。
「そうだよ。ブラメアたんは御母さんだよ。」
「有難う、ジル。私、御母さんに成れるでしょうか?」
「うん、成れるよ。きっと。」
レジで精算を済ませてコンビニの外へ出ると、急に背中が軽く成った感覚をジルは覚えた。
「あっ・・・ぬいぐるみが無い。」
背中に手を回して、背負っていた大きな黒い兎のぬいぐるみが無く成っていると気付く。
すると、そこには二人の男が立って居た。ジルのぬいぐるみを持って。
「おい、コイツ、執行者とかいうガキだぜ。」
「知ってる!何か、「デイア何とか」っていうデカいロボットに乗って戦ってるんだよな。SFアニメかよ、下らねえ。」
「大体誰と戦ってんだよ?つまんねえモンに税金使いやがって。」
「悪魔と戦ってんの!みんなを守る為に戦ってんだよ、アタシ達!」
「嘘臭え。何だよ、悪魔って。ファンタジーとSFごっちゃかよ。」
「あっ、知ってるわコイツ。確か、エホバのガキなんだよな。人間だった時は加奈子とかいう名前なんだっけ?」
「なっ、何で知ってるんだよ、そんな事・・・。」
「ネットに全部書いてあるんだよ、お前等執行者の事。小さい頃、電気コードのムチでケツ叩かれまくってたんだろ?「母さん許して下さい」とか言って、ピーピー泣いてたんだよな。」
「何それ、マジでウケるんだけど!」
「うっさい!馬鹿にすんなあああ!お前等にアタシの人生の何が分かるんだよおおおおお!」
「あー、ホントにピーピーうるせえなあ。」
「つかよ、こんなしょうも無いガキのロボット遊びに、何で俺達の税金使われてる訳?悪魔なんか知らねえよ。勝手にごっこ遊びでもしてろや。それともアレか?また昔みたいに「良い便りを御持ちしましたー」とかって、迷惑な宗教勧誘でもすんのか?ああん?」
「知ってるか?アレ、勧誘に失敗してこのガキ、ムチで叩かれてたらしいぜ。」
「マジかよ!ざまあああ!エホバのガキざまああああああ!」
ジルは情けない気持ちでいっぱいだった。見ず知らずの人間に、虐待された事を馬鹿にされて、我慢するしか無い自分。それは、人間だった頃と何も変わらない自分。
「・・・もう何でもいいから返してよ、ぬいぐるみ。」
「や・だ・ね。」
「何でだよ!兎さん返してよ!兎さんが無いと、またムチの夢見ちゃうの!」
「だから返したく無えんだよ。前の世界じゃ、散散迷惑な勧誘しやがって。夢の中でも苦しみ続けろ、エホバのガキ。ギャハハハハハハ!」
「返してよお・・・アタシの事馬鹿にしてもいいから、返して・・・。」
泣きながら懇願するジル。
「お、そうだ。いい事思い付いた。ここで俺達に土下座して御願いしろ。「アタシの事、懲らしめのムチして下さい」って。ちゃんとパンツ脱げよ。そしたら、ベルトでお前のケツ叩いてやるわ。ほら、早くしろ、エホバのガキ。」
「はい・・・やります。」
ジルはスカートの中に手を突っ込む。
ジルの身体に染み付いた、命令に従うしか無かった、傷付けられた心。
しかし。
「そんな事をする必要はありませんよ、ジル。」
男達とジルの間に、ブラックメアが立ち塞がった。
「ブラメアたん・・・。」
「ごめんなさい、ジル。早く割って入れば良かった。」
「ううん。そんな事無い。」
「おいおい!何だよテメエ!?」
「知ってるぜ、コイツ。確かドイツ貴族の娘で」
「黙れ、卑しい悪党。」
そう言ってブラックメアは、背中から何かをスラリと引き抜いた。
それは一振りの大きな剣であった。
「へっ、どど、どうせ偽物だろ、そんな剣。」
「偽物かどうか、お前の身体で試してみようか?」
ブラックメアの構えた剣の切っ先が、夜の街に光るコンビニや周辺の店先の照明でキラリと輝く。
「ヒッ!返してやるよ、こんな汚えぬいぐるみなんか!」
男達はジルから奪い取ったぬいぐるみを投げ捨てて、逃げ去って行った。
ブラックメアは剣を再び背中の鞘に収める。
「ありがと、ブラメアたん。」
「いいえ。寧ろ、早く守ってあげられなくて、ごめんなさいジル。」
「ううん!ブラメアたんが守ってくれたから、アタシおしりぶたれなくて済んだよ。それにね、今のブラメアたん、とっても格好良かったよ!まるで騎士様みたいだった!」
「そうでしょうか?」
「そうだよ!御母さんで騎士様なんて、ブラメアたんはさいきょーだね!」
「ふふっ。ジルは褒めるのが上手ですね。」
そう言って夜の街で、御互いを抱き締め合った。
「ではジル、また明日。」
「うん、また明日ね。」
マンションのエントランスホールで別れを告げて、ジルは自分の部屋へと、エレベーターに乗り込んで向かう。エレベーターは二基あるので、別別に移動出来るのだ。確かにこれは少し無駄かもしれない、とジルは思う。
自分の部屋の前に来ると、部屋番号を見て、ジルは思う。
(ジールトキシンだから、と(10)き(1)しん(4)なんて、シャレが効いてるじゃん)
ジルは1014号室の扉を開けて中に入った。
ジルは部屋に入ると、自分の寝室にある机の上から三番目の引き出しを開けた。
すると、そこにはジルが大嫌いだった筈の、電気コードの鞭棒があった。
それは、ジルがこの世界に転生してから、自分で作ってしまった物だった。
あんなに辛かったのに・・・結局ジルは忘れられなかった。
(ああ・・・折角ブラメアたんが守ってくれたのに、アタシはまた・・・)
カーペットが敷かれた床の上で、スカートもパンツも脱いで、おしりを全部出すと、四つん這いに成って、人間だった頃、子供だった頃、母親の奴隷だった頃、何百回も言わされた台詞を口にする。
「懲らしめのムチ、御願いします。」
ジルはムチを振り上げて、自分のおしりを容赦無く叩く。
高位生命体に成って身体は丈夫に成っても、痛み自体は変わらない。あの時と同じ、辛い痛みを今は自分で与えている。こうしないと、自慰行為が出来無い。ジルのトラウマは、そのまま性的な興奮と繋がっていて、もうずっと苦しいままだった。
おしりの激痛を耐えながら、ジルは思う。
(私はいつか、幸福に成れるの?それとも、まだまだずっとこの地獄は続くの?私は苦しいままなの?本当の神様、居るのなら教えて。私はいつか幸せな加奈子に成れるのでしょうか?)
「母さん、ごめんなさい・・・許して母さん・・・母さん!加奈子が悪い子でした!ごめんなさいいい!」
ジルの絶叫が部屋に響き渡った。
次の日。
部屋で目が覚めたジルは、黒い兎のぬいぐるみを抱いたまま、ベッドに背中で寄り掛かってカーペットの上に座ったまま寝ていた事に気付く。
「ああ、アタシあれから疲れて寝ちゃったんだ。」
頬には、泣いた跡の少しカサカサした感触。
(馬鹿な子だな、アタシ)
ジルは立ち上がってスカートとパンツを履いてから、冷蔵庫に入れた、コンビニで買った中華丼を電子レンジで暖める。
グルグルとレンジのターンテーブルの上を回転する弁当を、ジルはボーッと眺めて居た。
チーンという音がして、ジルはレンジで弁当を温めていた事に気付く。
「あっ、御飯食べようと思ってたんだ。」
ジルは冷蔵庫の中から、弁当と一緒に買った小さめの紙パック容器のコーヒーを冷蔵庫から取り出して、それを弁当と一緒にテーブルの上に置いて、椅子に座って食べ始める。
「頂きます」も「御馳走様」も無い。それをしてはいけないと、母親に教えられたから。
だからジルは、今でも「頂きます」も「御馳走様」も、何の挨拶なのかが、良く分からない。
いや。知識としては知っている。それが食事の前後で行われる挨拶なのだと。しかし、ジルとは関係の無い世界で行われていた事で、だからジルの生きている世界には、今でも「頂きます」も「御馳走様」も存在しない。
ジルにとって、独りの食事は、生きて行く為に仕方無くしている、生命維持の作業に過ぎない。
「美味しかった・・・美味しかった、よね?」
最後はコーヒーで中華丼を口の中へ流し込んで、何の味がしたのか、良く分からないまま、食事は終了した。
もう、昨日散散叩いたおしりは痛く無い。
便利な体、と言えば良いのか。それとも・・・。
自分を叩いたムチは引き出しに戻したし、オルガズムに達した時にはカーペットを汚さない様にちゃんとティッシュで押さえて、拭いた。
「さて、何しよっかな。」
椅子に座ったまま、ジルは呟く。
「何しよっかな。」
また、ジルは呟く。
「何しよっか。」
考えようとして、考えない様にする。
考えるといつも、母親の命令通りに生きるしか無かった、辛かった頃を思い出すから。
「何したら、いいのかな・・・。」
もう音楽もしたく無いし、かと言って、他に趣味も無い。
一緒に仕事をする仲間と会う時以外は、何で生きて居るのかも、良く分からない。
仲間が居るから、きっと生きて居る意味は在ると思う。
思うけれど、意味って一体何だろう?
「何で私、こんな事してるんだっけ?」
そこでいつも、思考が停止する。
ずっと、つまらない夢が続いている気がする。
「あれ?」
気が付くと、もう夕方だった。
「良かった・・・これでもう、何をしたらいいか、考えなくて済む。」
ジルは少し嬉しそうに、仕事に行く準備を始めた。
いつもの様にマンションの前で待ち合わせて、三名で夕食の買い出しに、一般地区へと向かう。
これは仕事前の恒例行事に成っていた。まだそこまで遅い時間でも無いし、スーパーも普通に開いている。これからコックピットという名の牢獄に数時間拘束されるのだ、食後デザート位好きに選んだって罰(ばち)は当たらないだろう。
裏通りを抜けて、表通りまで出ると、死角に成っている手前の路地から、一番会いたく無い集団に出会した。
「ネオ・エホバ」と呼ばれる連中である。
それは、嘗てのエホバの教団と、中身も実態も全く変わらない組織だった。しかし、「尻を叩かれていない人間が生き残っている」のだから、当然この宗教の一世達も生き残ってしまった。そしてこの連中は無法の世界の終わりで、「私達は子供を虐待していない」という全く持って嘘の主張していたが、それがそのまま受け入れられてしまった。劣等種の魂が生き残るという事は、そういう事である。この世界は、劣等種が大手を振って生きて居られる、救い様の無い世界。この社会は、「子供の尻を剥き出しにして叩く事を否定し」、「子供の裸を隠す事を良しとした」。だから、このネオ・エホバも、「今は」子供を叩かないのだから、この社会では「容認された宗教」に成ってしまっていた。
これは、他のカルト宗教にも同じ事が言える。
全てのカルト宗教は、「魂の重大な違反思想を持った、劣等種が生き残ってしまった」事により、一世が全員生き残る事態に陥り、全てのカルト宗教が、無法の世界の頃のまま、存続している。そして、無法の世界の頃よりも最悪なのは、「これが1000年間ずっと続く」、という事。耐用年数1000年の肉体が全ての人間に供給された事で、二世達の生き地獄は、ずっと終わらないのだ・・・。
若さを取り戻した大人の体の一世の母親達。そして、それに付いて歩いて来たのは、一見して同じ様に若いままの大人の体の二世達。しかし、その表情は、明らかに異なっている。
一世達は皆、一様に明るく笑顔。しかし二世達は皆、沈んだ表情だ。
「あら、加奈子ちゃん。久し振りね。」
「・・・。」
加奈子は先頭を歩いて来た一世の母親に、声を掛けられて無言に成る。
「また昔みたいに、集会へ一緒に行きましょうよ。あなたのお母さんも来てるわよ。」
「私はいいです・・・もう興味ありませんから。」
「またまたぁー。おしりをムチで叩かれてた頃は、「立派な姉妹に成るんだー」って、張り切ってたじゃない。」
「もうあの頃の事を思い出させないで!!」
ジルが絶叫に近い声を上げる。
「この子達だって、みんな集会へ行く様に成って、また幸せに成ったのよ。ねー?」
そう言って、一世の母親は二世達の方を振り返る。
「何でみんな、また親の言う通りにしてるの!?折角一度は自由に成れたのに!」
それは、ジルが抱く当然の疑問。
「だって・・・お母さんとやり直したかったから・・・。」
二世の女性が言う。
「お母さんと、仲直り出来たよ・・・。」
二世の男性が言う。
「そんなの「仲直り」なんて言わないよッ!親の奴隷に戻っただけでしょ!?」
「あら加奈子ちゃん。人聞きの悪い事言わないで?私達、この子達に無理強いなんかしてないわよ。この子達は、自分の意志で、自分から好きで戻って来たの。そうよねー?」
二世達は皆、その言葉に顔を背ける。
「ふーん。そんな態度取ってると、またこれだよ?」
そう言って、一世の母親はバッグから電気コードの鞭棒を取り出して見せる。
途端、二世達は震え出す。
「許して下さい、許して下さい・・・。」
「もう口答えしませんから・・・。」
その様子を見て、ジルは激昂する。
「テメエ!「組織は虐待してない」とか屁理屈垂れてたじゃねえか!この世界に成ってから「もう子供の事を叩いたりなんかしない」って言ってた癖に!嘘ついてやがったのか!?」
「あら?嘘なんかついてないわよ。だってこれは「脅してるだけ」だもの。それにね、「もうこの子達は子供じゃない」。だからね、好きなだけ叩いていいのよ!二世はみーんな大人の体。だから、叩いても、「何も問題無い」の。」
そう、この世界は劣等種が全員生き残ってしまった世界。
だからこそ、劣等種の基準、「最も美しいのは大人の女」という考え方が罷り通ってしまい、全ての人間は二十代前半の姿で肉体の老化が止まる。結果的に、一世も二世も三世も成人していたのだから、この世界へ進んだ時点で全員大人の体のままなのだ。
「アカリちゃん、帰ったら今日もおしりに懲らしめのムチしましょうね。さっきの世の人への証言の失敗、お母さんは忘れてないからね?」
娘らしき二世の女性が体をビクッと震わせる。
「はい、お母さん・・・。」
涙をポロポロと零しながら、その娘は返事をした。
「ねえ、何で?何でみんな言う事聞いてんの?こんな親の命令なんか聞く必要無いでしょ?」
ジルの二世達へ問い掛けると、一世の母親はヘラヘラと嗤って、嬉しそうに答える。
「あら、加奈子ちゃん知らないの?この世界にはね、「スウェーデン式体罰禁止協定」って言うのがあるのよ。マスコミを使って、「虐待を体罰と言い換え続けた」結果、この世界では「体罰は禁止」だけれど、「虐待は禁止されていない」のよ。体罰禁止法で、わざと「体罰の内容を曖昧にした」、そして改正案を繰り返した御陰で、「虐待しない人間のする教育は全て体罰」、「虐待する人間のする教育は全て体罰では無い」という事に成っているの。だから一世は、二世も三世も虐待し放題なの!体罰禁止法って、本当に凄いわねえ!虐待する全ての親の味方なのよ!こんなに素晴らしい法律ってある!?そして、体罰禁止法の上位版が「スウェーデン式体罰禁止協定」なの!その「体禁協」では、「全ての宗教の二世、またはそれ以降の人間は、人権を持たない事に成っている。また、持てない。」と定められているのよ。流石、子供を強姦していた性犯罪者が数十人単位で潜んでたセーブ・ザ・チルドレン様が日本に通す様に圧力掛けてただけあるわよね!本当に素晴らしいわ!これで二世も三世も、全員私達一世の庇護の下でしか生きられないのよ!加奈子ちゃんは執行者だから、あなた自身の同意が無いと一緒に暮らせないのが、とっても残念だけれど。」
「そんなの・・・そんな事に成ってたの?だからみんな、こんな親達の言う事聞いてるの?」
ジルの問い掛けに、二世達は無言で答える。
しかし、一世の母親は嬉嬉として話し続ける。
「そしてこの世界には悪魔様がいらっしゃる。あれは、エホバの偉大さを御示し下さる存在なのよ!」
「おい!今までと言ってる事違うじゃねえか!お前等にとって悪魔はエホバを裏切った敵だろ!?」
「いいえ。違うわ。悪魔様こそが、この世界のエホバ神の偉大さを伝える存在なのよ!知ってる?だって悪魔様は絶対に私達一世の親達を傷付けたりしないのよ。殺すのは世の人か、親から逃げた二世や三世だけ。」
「そう言えば・・・そうだ・・・。」
ジルは今まで「敵」である、悪魔に殺された人間を思い出して、頭の中で反芻し、その言葉の真実性に、妙に納得してしまう。
裏を返せば、カルト宗教が無法の世界の頃から、悪魔の手先だという事が、良く分かる。
「それにね。私達の組織は「前進的」なのよ。加奈子ちゃんも知ってるでしょ?その時時の状況に合わせて、教えを変えられるの。」
自慢気に一世の母親が語る。
「くううぅ・・・。」
確かにその通りだった。
エホバの教団は、いつもそうだ。都合の悪い事が起こると、「組織は前進的だから」と言い訳を始め、簡単に教理を変え始める。嘗て、「◯年◯月◯日にハルマゲドンが起こる」と発表し、その日に何も起こらなかったら、「あの年代計算は間違っていた。組織は前進的なのでこういう事も起こる。」と、自分達に途轍も無く都合の良い言い訳をしていた位だ。
「そうそう。加奈子ちゃんのお母さんね、「今までの事、謝りたい」って言ってたわよ?「もう仲直りしよう」だって。加奈子ちゃんがお母さんと一緒に暮らして、また一緒に集会行ったら、今度は仲良しの親子に成れるわよ?」
「ほっ、本当!?母さん、謝るって言ってくれてるの!?」
ジルは身を乗り出して、その言葉に食い付く。
「ジル!騙されてはいけません!どうせそんなの嘘に決まってます!」
ブラックメアが声を上げる。
「それにさ、またジルのおしり、ムチで叩くに決まってるよ・・・そんなのジルだって、絶対に嫌でしょ?」
皇子もそれに続く。
「え、あ・・・そう、だね・・・。」
ジルはニ名の言葉に我を取り戻したらしく、それに対して肯定する。
「あーら残念。もう少しで騙せる所だったのに。」
「テメエ・・・平然と嘘つきやがって・・・。」
「何言ってるの?これは神権的戦術と言ってね、立派な組織のやり方のなのよ。エホバの組織の為ならば、世の人に嘘をついてもいいの。加奈子ちゃんは今は組織の外の人間だから、嘘をついても問題無いのよ。」
「腐ってますね、貴女達。」
ブラックメアが呆れて、そんな言葉を口にする。
「腐ってるのはあなた達、エホバに従わない連中よ。加奈子ちゃんは今は子供の姿だけど、大人の体にして貰える様に、エホバ神に御願いしなさい。そうすれば、また昔みたいにお母さんにたっぷり、おしりに懲らしめのムチして貰えますからね。」
「そんなのやだあ!」
ジルが叫ぶ。
「ジルを虐めようとするな!」
皇子が声を上げる。
「あら、あなたは◯◯君よね?折角お母さんが、お父さんが使っていないベルトでおしりを叩いてくれるって言ってくれたのに、おしりを逃げたのよね。悪い子のあなたにもおしりに、懲らしめのムチが必要ですね。」
そう言って、一世の母親がバッグから、今度はベルトを取り出して見せる。
「あっ、あっ・・・。」
皇子はその場で尻餅をついて、そのまま後退りをする。
「ほらほら、これが怖いんでしょ?おしりを真っ赤にして、エホバの偉大さを理解するのよ。」
「怖くなんか・・・無いんだからね・・・。」
気の弱い皇子の、精一杯の強がり。
言いながら、皇子は涙目で体を震えさせて居る。
「もう行きましょう!話が通じない相手に何を言っても無駄です!ほら、皇子、行きますよ。」
「うん・・・。」
ブラックメアの言葉にジルは頷き、ブラックメアに手を引っ張られ皇子は立ち上がり、そのまま三名はその場から立ち去った。
「エホバに従わないと楽園に行けずに滅ぶわよー」という、無責任な一世の言葉を背中に浴びながら。
ある程度移動した路地で、三名は立ち止まる。もう周囲は暗く、三名の姿は電灯の光に照らされる。
「ここまで来れば、もう追っても来ないでしょう。」
「何でアイツ等、ボクが昔、おしりムチでぶたれそうに成った事知ってるの?」
「きっとインターネットで調べたんでしょうね。私達、執行者の事をデータベース化して、情報公開している人間が居ますから・・・。」
「そっか・・・ボク達の事、筒抜けなんだね。」
「ええ・・・。」
皇子の言葉に、ブラックメアは遣る瀬無さそうに返事をする。
「二世の子達、こんな事に成ってたなんて・・・。」
「ジル。今は堪えて下さい。きっと・・・きっといつか、彼等彼女等を救う方法が見つかる筈です。だからそれまでは」
「それっていつ?いつに成ったら、私達カルト宗教の二世は救われるの!?何で無法の世界が終わったのに、こんな状態が続いてるの!?まだ意地悪な世界のままじゃんか!」
「ジル・・・。」
ジルの怒りに、ブラックメアは返す言葉も見つからない。
「何でこんなにつまらねえ世界なんだよ!」
ジルは、道端に転がる空き缶を蹴り飛ばした。
もう仕事の時間だ。
三名でデイア・イエスタデイの駐機場へ行く。
(またアタシはこの子に乗って、アイツ等を守るしか無いのか・・・クソッ!クソ!)
断罪の兎の上面部のハッチを開いたまま、ジルは両眼をきつく瞑って、そんな事を思う。
「ねえ、何でアタシ達ってさ、人間なんかの為に戦ってるんだろ?」
「それは・・・人間達の払った税金が、私達に使われているからだと、思いますけれど?」
デイア・イエスタデイのコックピットの中。ジルとブラックメアが、通信で会話をしている。
「でもさ、おかしく無い?デイア・イエスタデイも、このぬいぐるみだってさ、天からの支給品でしょ?税金って何処に使われてんの?」
「それは・・・分かりませんけれど。」
実際、その通りだった。
執行者のデイア・イエスタデイも、今、ジルやブラックメアや皇子が抱いているぬいぐるみも天が執行者に支給したものだし、住んでいるマンションも天が所有しているもので、電気も水道も食費も家具も、その他の諸諸の生活費も、全ては天が賄っている。
しかし。
それでは・・・「悪魔が人間を襲うから」という理由だけでは、執行者が人間達を守る理由としては、弱い。あまりにも弱い。何故なら、今生きて居る人間達こそ、執行者達を執行者たらしめた、「虐待の加害者そのもの」なのだから。
だから、「税金で人間達が執行者を養っている」という、建前が必要なのだ。それでこの子供達を、この戦いに縛り付ける事が出来る。少なくとも、「この世界の人間の政府は、そう考えた」。
それは同時に、自分達「人間の政府に批判の矛先が向かない様にする為」、でもある。
悪魔が人間を殺す事も、人間の政府にとって都合の悪い事も、全ては「執行者という税金の無駄使いをしている者達が悪い」、という事に出来るからだ。そして、人間の政府は、その通りに国民へ大衆メディアを使って触れ回り扇動する、という寸法だ。
天が用意した、世界を守る「虐待被害者の子供達」は、これ以上無い位、人間の権力者にとっては便利なスケープゴートだった。
しかし、そんな時、皇子が口を開く。
「ならさ、あの可哀想な二世、三世の子達を守る為に戦おうよ。いつか救い出してあげる、あの子達の為に。今、あの子達の命を守ってあげられるのは、ボク達だけなんだから。」
「うん、そうだね。ありがとう、皇子ちゃん。そう思う事にするよ。」
ジルは深く頷いて、納得した表情に成った。
「でも、ぬいぐるみ抱いてると、何か落ち着くよね。」
ジルが黒い兎のぬいぐるみを抱きながら、安心した顔で言う。
「うん、ボクも。」
皇子も黒い猫のぬいぐるみを抱いて首肯する。
「女の子の執行者には、転生直後に全員支給されますもんね。」
ブラックメアも、子供らしきメイドの姿をした女の子二人のぬいぐるみを抱いている。
「アタシさ、このぬいぐるみ抱いて寝ないと、ムチの夢見ちゃうんだ。夢の中のアタシは小学生に戻ってて、あの頃と同じで、母さんは四つん這いでパンツ脱いだアタシのおしり目掛けて、何度も何度もムチを振り下ろして、おしり真っ赤に成ってさ・・・んで、目が覚めたら、必ずおねしょしてる。「アタシ、何でこんなに情けない子なんだろ」って、凄い自己嫌悪で心の中がいっぱいに成る。」
「ボクも同じだよ。このにゃんぐるみが無いと、学校行ってた頃の、いじめられてた頃思い出す。人間の女に襲われて、中身が女の子なのに男として扱われ続けて理不尽な事だらけなのに、「人と話が出来無い」ってだけで、ずっといじめられる。好きで自閉障害に産まれてるんじゃ無いのに・・・あのイケメン野郎、何度もボクを殴りやがって。にゃんぐるみが無かったら、ボクだってジルと同じ事に成ってるもん・・・御布団に黄色い染み作っちゃう。」
「私だって、そうです。でも、私、夢があるんです。いつかきっと、御祖母様みたいな立派な教育者に成って、二人の女の子を引き取って、メイドとして教育するんです。とっても良い子で、御利口さんで、沢山褒めて、頭を撫でて抱き締めてあげるんです・・・でも時時失敗して、そんな時は御鞭棒さんで、おしりをぺんぺんしてあげます。そしていつか、「御母さん」って呼んで貰って、「本当の御母さん」に成るんです。」
「本当の御母さん・・・?」
ジルはブラックメアの言葉に、何か心に引っ掛かるものを感じる。
でも、それが何かが思い出せない。とても近くに在る様な気がするのに。
まるで、心に靄が掛かってるみたいだ・・・。
「もう、名前も分かってるんです。その子達の名前。赤毛でポニーテールで、頑張り屋さんのアンジー。ブルネットを三編みにした、少し甘えん坊なエレナ。ふふっ、変ですよね。まだ会ってすら居ないのに、もう名前まで決めてるなんて。」
抱いていたぬいぐるみを膝の上に載せた、ブラックメア。
その膝の上のぬいぐるみは、片方は赤毛でポニーテールのメイド服の女の子で、もう片方はブルネットで三編みの少し背が低いメイド服の女の子。
「そんな事無いよ、きっと叶うよ。」
と、皇子。
「そうだよ!ブラメアたんの夢は本物だよ。きっとその子達、すっごく素直でいい子達だよね!そしたらアタシ、ブラックメアのメイド達だから、ブラックメイズって呼ぶね!」
「ええ、是非そうして下さい。」
ブラックメアの嬉しそうな声。
「ボクもね、女の子を一人育てたい。おしり出させてぺんぺんしたり、うんち出ない時は浣腸してあげたり。でも、普段はいっぱい褒めてあげて、頭を撫でて抱き締めてあげるんだ。・・・でも本当はそれだけじゃない。ボクの本当の夢は「世界を作る事」。だから、まずは、この世界を作り変えなきゃ。人間をみんな良い子にして、その為にルールを全て変えて、それに反抗する劣等種の魂を排除して・・・やる事だらけだね。ボクも御父様みたいに、上手く出来るかなぁ・・・御母様みたいに、上手く作れるかなぁ・・・でも、いつかきっと、完成された世界を作るんだ。その為にボクは、「リセットする機能」を与えられたんだもの。」
「大丈夫だよ。皇子ちゃんなら出来るよ。父親も母親も、とんでも無い存在だもんね。」
「そうですよ、皇子。貴方にはそれが許されていて、貴方にはそれが出来ます。だから、貴方はそれをするべきなのです。」
「ありがとう、ジル。ブラックメア。」
言ってから皇子は、ジルにも尋ねる。
「ねえ、ジルはどんな夢なの?」
ジルは考え込む。
「アタシ?アタシは・・・何も、無いかも。」
「本当?」
皇子が聞き返す。
「うん。だって、したい事が無いよ。昔はバンドやってたけど、今は音楽に興味無い。小さい頃は片思いの男の子が居たけれど、母さんにムチで叱られてからどうでも良く成って、きっと、本当に好きなんじゃなかったんだと思う。それにさ。今はもう、辛い事ばっかり思い出して、苦しいだけなんだ・・・。」
ジルは俯いて、泣きそうな顔に成る。
「でも、何か欲しいものは、あるでしょう?」
ブラックメアの問いに、ジルははたと顔を上げる。
「私・・・本当の、母さんが欲しい・・・。アタシの事、宗教の道具なんかじゃなくて、本当に娘として扱ってくれる母さん。冷たくて痛いだけの電気コードの鞭棒なんかじゃなくて、掌でおしりをあっためてくれる母さん。いつでもアタシを包み込んでくれて、どんな加奈子も受け容れてくれる母さん。そんな母さんだったらきっと、アタシは幸せに成れる、気がする。」
「きっと、会えますよ。そんな御母さんに。」
「そう、かなあ・・・。」
「そうだよ!血が繋がってるだけで虐待する母親なんかより、血が繋がって無くても本当に考えてくれる御母さんはきっと居るよ!ボク、ジルが本当の御母さんを見付けられるの、ずっと応援してるから。」
「そう、だよね!きっとそうだよ!ありがと、皇子ちゃん!ブラメアたん!アタシ、それがこの世界じゃなかったとしても、きっと叶えて見せるよ!」
「そんな、寂しい事言わないで下さいよ、ジル。」
ブラックメアはそう言ったが、皇子は何故か無言だった。
そんな折、マダルナから通信が入る。
「緊急連絡。あなた達の頭上に三機の敵反応。至急殲滅を開始せよ。」
電子モニターに、「シンカロンA」「シンカロンB」「シンカロンC」という赤色のマーカーが発生する。途端、モニターに何者かの顔が映る。
悪魔だ。
悪魔は所詮、元元は天使。堕天しただけで、姿形は何も変わらぬままだ。
「おい!神の奴隷共、元気か?面白いものを見せてやろう。特にジールトキシン、お前には最高の映像だと思うぜ?」
電波ジャックだ。強制的に回線の割り込みをしているのだろう。
悪魔の乗っている兵器の方が、電波系の装備の性能が高いというのが、何ともジル達にとっては都合が悪い。
電子モニターの映像は悪魔の顔から切り替わり、何処かの建物の中・・・これは、王国会館だ。
そこでは、一世と二世、三世が集まって居て、必ず親子同士で隣り合って立っていた。
壇上の男がマイクで話し始める。
「こんばんは悪魔様!私はこの地区を担当する巡回監督です!今日は悪魔様に頑張って戦って頂ける様に、皆で応援を致します。進化論を体現なさる、悪魔様頑張れー!」
「悪魔様頑張れー!」
巡回監督の男の声に呼応して、一世の親達が声を上げる。しかし、二世達の声はまばらだ。
「ほら、言う事を聞かないと、また第三会場へ連れて行くわよ?」
「はい!ごめんなさい!」
隣に立つ一世の親達は、二世を脅す。
「クソッ!何なんだよ!この狂った世界は!」
ジルが叫ぶ。
「それにおかしいだろ!進化論をアイツ等は否定していて・・・あ。」
また画面にさっきの悪魔の顔が映る。
「そうそう。気付いた様だねえ。「前進的だから」問題無いのさ。流石サタン様が所有される組織。何処までも我我、天の裏切り者達に都合良く出来ている。それにな、進化論っていうのは、我我悪魔にとっても、とても具合のいい考え方なのさ。生物が進化するのは、生き残る為。だから、弱い個体は自然淘汰という名の死が訪れる。つまりこれをお前等、エホバの二世に当て嵌めると、出来が悪いからお前等は、懲らしめのムチという試練を耐えられず、「自然淘汰」という死を与えられ、そして滅ぶのさ!つまりお前等出来の悪いカルト宗教二世が死ぬのは、自然淘汰。だから「賢い一世だけが生き残る」。それが嫌ならまた懲らしめのムチを受け入れろ。この理屈なら、何度でもお前等二世を虐待出来る!ハハハ!まさか人間自らが、カルト宗教二世三世を虐待する理屈を考え出してくれるとはなあ!感謝の極みだぜ!」
「こんのヤロ!ぶっ殺してやる!」
キレたジルが操縦しようとする、その前に動いた者が居た。
皇子だ。
暗黒星が飛び上がり、空中の敵の兵器を叩き斬った。
一刀両断・・・とは行かないものの、致命的なダメージは与えられたらしく、何かの液体と煙を吹きながら、斬撃を食らった敵機体はそのまま落下して行く。地上へ衝突した機体は小規模な爆発を起こして、電子モニター上の「シンカロンA」というマーカーが消えた。
「皇子ちゃんナイス!でももう推進剤が持たないよ!降下して!」
暗黒星は地上へ降下し、飛び立つ前の、先程と同じ位置に着地した。
直後、ヘルバードのVLSが発射される。三連発が軌跡を描いて飛んで行くが、一発が相手に掠っただけだった。しかし。その御蔭で相手は姿勢を崩して、空中でフラフラと不安定な動きを見せ始める。
「届けえええええ!」
ジルは左壁面の蒼いボタンを、透明なカバーを素早く親指で外して握り拳で押す。
すると、不安定なままの敵機体目掛けて機体下部からアンカーが発射され、突き刺さる。
すぐさま電子バネル手前の中央に位置する茶色いボタンを押す。
すると、ウィンチによってワイヤーが巻き取られ、敵機体は地上へ向かって引き摺り下ろされる。
眼の前の路上に「それ」が落下して来る。
それは、猿の様な姿をしていた。
全高15m程の兵器。
背面部に、垂直浮遊用のローターが取り付けられており、これと推進用の背面スラスターを使っていつも空中からコイツ等は襲撃して来るのだ。
これが悪魔の乗る兵器、「シンカロン」である。
「死ね。」
ブラックメアがブレードによる斬撃を叩き込む。コックピット部分が潰れる。
「シンカロンB」のマーカーが消える。
「やったね!ブラメアた」
ジルが言い終える前に、電子モニターから何かの歌が流れて来る。
「喜べ♪喜べ♪」
「五月蝿い!五月蝿い!五月蝿い!黙れ!黙れ!黙れ!もう黙れえええええ!アタシにその歌を聞かせるなあああ!」
それはジルが子供の頃、集会で散散歌わさせられた賛美の歌。
敵の精神攻撃に絶叫するジル。
しかし暗黒星からVLSがニ発発射され、それが最後のシンカロンに飛んで行く。
回線に強制割り込みを行っていたシンカロンが回避運動をした事により、ジルのコックピットから流れる賛美の歌は途切れた。
シンカロンは横へ水平移動を行った為、丁度背面に暗黒星の放ったVLSの一発が命中してしまい、ローターが破損して、地上へ降下して来る。
着地した場所はもジルの位置から少し離れた路上で、そこに一番近いのはジルだった。
「散散、アタシを苦しめやがって・・・。」
(コイツはアタシが仕留めてやる・・・!)
ジルは覚悟を決める。
ジルが両手で、それぞれの手で握ったガントリガー形状の操縦桿を思い切り引っ張り、それを下方に下げる。すると断罪の兎は後ろに沈み込む姿勢に成る。その状態から両足の先端にベルト固定されたフットペダルの左を引く。するとフライ・バイ・ワイヤで接続されたペダル側から電気信号が連続して脚部側に送られ、受信した信号に照らし合わされて、プログラム通りに左脚部は後方に下がる。次に右のフットペダルを前方に押し込むと同時に左のフットペダルの先端を一気に踏み込んで、両方の操縦桿の人差し指の位置にあるボタンを押し込む。すると左脚部が路面を蹴って、推進剤を消費しながら機体後方のスラスターから蒼い炎の華を爆発的に一度咲かせ、その後、継続的に青い炎を吹き出しながら、機体が前方に向けて急速に加速する。一般的には、デイア・イエスタデイは0-100km/h加速が1.357秒だとされている。それがカタログスペックだという事は、ジルだって知っている。だけど、やるしか無い。
断罪の兎は右足を前方に突き出して、路面を滑って行く。スライディング状態で、前方のシンカロンCに向けて突き進む。凄まじいGがジルの身体に降り注ぐ。普通の人間なら、もうとっくに重力圧に押し潰されて死んでいる。こういう時、こんな体で良かったのか悪かったのか、ちょっとだけ分から無く成る。でも、いいのだ。それが仲間の為なら。
金属体の塊がぶつかる衝突音が響き、シンカロンCは態勢を崩し、左側に転倒した。
すかさずジルは右手に握る操縦桿上部の赤いボタンを親指で押す。すると右腕部に格納されていた、鍛造鋼のベースメントに取り付けられたレシプロソーが飛び出して、それが高速で上下運動する。ジルはシンカロンCの右脇腹に振動する刃を押し当てて、切断を試みる。ディスクグラインダーで金属を切断する時の様に、無数の火花を散らしながら、高音を響かせながら。
僅かに傷を作ったものの、まだ致命傷とは言えないまま、シンカロンCは起き上がり始める。
(駄目だ!このまんまじゃ逃げられちゃう!)
ジルは咄嗟に後退運動に入る。機体下部のスラスターを前方に吹かし、少し距離を取った時点で左腕部に内蔵されたロケットランチャーからロケット弾を発射する。近接発射だった事もあり、見事直撃、シンカロンCは爆発四散する。
機体の破片と共に、赤い雫も一定量降り注ぎ、電子モニターに映る路面に悪魔の千切れた腕が落ちて来て、思わずジルは口を押さえる。
(ヤバい・・・吐きそうだ)
口から吐瀉物を出しそうに成るのを必死に堪え、最後の敵を撃破した事による安堵で、ジルは両眼を瞑ってシートに体を預ける。
「御疲れ様、ジル。私達の勝利ですよ!」
「今日のMVPだね、ジル!」
「うん!勝ったよ!ブラメアたん、皇子ちゃん、御疲れ様!」
いつもの様に「物理洗浄のボタン」を押して、暫しの余韻に浸る三名であった。
それから皇子は先に帰ると言い、ニ名は次の日の食事を調達する為、コンビニに寄って行く事に成った。
その帰り道。
「アタシ達ってさ、何で別別の部屋に住んでるのかな。」
「それは御互いのプライベートな時間が必要だからでしょ。」
ブラックメアは事も無げに答える。
「じゃあさ、今日位はブラメアたんの部屋に行ってもいい?時時は親睦を深めるって意味でもさ、御互いの部屋に」
「ジル!」
「な、何?」
「貴女だって他の者に知られたく無い秘密が在るでしょ?私だってそうです。皇子だってそう。だからこれからも御互いの部屋に行くのは、やめておきましょう。ね?」
ジルは俯いて歯を食い縛って居た。その顔の下には、水滴で濡れた跡が出来上がる。
「あっ!違うんですよ!お互いに距離を取ろうと言っているだけです。決してジルの事が嫌いな訳ではありませんから。誤解しないで下さいね?」
ジルは両眼を腕で拭ってから、顔を上げて、無理矢理作った笑顔を見せた。
「うん!分かってるよ!そうだよね、御互いプライベートな空間に立ち入るのは、やめよ。」
「そうそう。分かってくれて、有難う御座い」
ジルは走り出していた。
「ます・・・。」
ジルの背中が遠く成る。
「私・・・間違った事を言ったのでしょうか。」
項垂れるブラックメア。
執行者達のマンション。
ジルは灯りも点けない暗い部屋の中、椅子に座りながらテーブルに突っ伏して居る。
(加奈子はこの世界でも、幸せではありませんでした。
加奈子の居場所は何処にも無くて、加奈子が居るべき場所が此処だとは、どうしても思えませんでした。
加奈子は柔らかい海に抱かれたいと思いました。
いつか暖かい手が伸びて来て、加奈子の全てを認めてくれる。
そんな未来が待って居る、本当の世界へ行きたいと思いました)
ジルは知って居た。
この世界では、どんなに頑張っても、誰も認めてくれないって。
次の日の夜。
世間は何やら、騒がしく成っていた。
電子モニターに、テレビのニュース番組が映る。
「本日、指名手配されていた執行者の第一期メンバー『黒い翼』によって、原初の皇子が奪取されました。」
「奪取って、皇子は物かよ。」
ジルが独り愚痴る。
そう言えば、今日は暗黒星の姿が無い。
「首謀者のリーダーは藤堂茜」
画面に、赤髪でショートボブの、ティアラ状の装飾のカチューシャを頭に付けた少女の顔が映る。
「構成メンバーは黒鳳院澄之丞(こくほういんすみのじょう)」
画面に、銀髪でブラックメアよりも少し短いショートボブの、切れ長の目の少女の顔が映る。
「ヘレンティーア・マクダネル」
画面に、金髪でポニーテールの、頭に蒼いバンダナを巻いた少女の顔が映る。
「加藤清匡(かとうきよただ)」
画面に、狼頭の男の顔が映る。
「シュトラルゼーダ・トランクルア」
画面に、緑髪でストレートの、無表情に見える少女の顔が映る。
「アンナレワ・ストベリャコフ」
画面に、蒼み掛かった黒髪で、全体的にシャギーの掛かったショートボブの少女が映る。
「以上の者達が、現在原初の皇子を保有したまま、何処かに潜伏中との事です。」
「うっわー。アカネ姉達、メッチャ悪そうな顔で映ってんじゃん。」
女のアナウンサーのナレーションが終わると、ジルはそんな事を言う。
「あの、ジル。さっきはごめんなさい。決して貴女を拒絶してる訳では」
「分かってる。ブラメアたんは間違ってないよ。間違ってるのはこの世界だ。」
ブラックメアの言葉に、ジルはそう返す。
ふと。
画面が違う映像に切り替わる。
「こんばんは、この世界を謳歌する人間の皆さん。
いいえ。弱者を食い物にするゴミ共。」
画面にアカネの顔が映った。
電波ジャックだ。
画面に、横に並んで立つ、黒い翼の面面が映し出される。
「私達は今日、この腐った世界を終わらせる。この世界が神のものだろうが悪魔のものだろうが、もうどうでもいい!ただ分かっているのは、この世界が無法の世界と全く同じ・・・違うわね。それよりも酷い世界で、確実に間違っている世界だという事。だから私達『黒い翼』は、この世界を破壊します。」
画面に、皇子の姿が映る。
皇子が右手の掌を天に向けて掲げると、次の瞬間、何かの剣がその手には握られていた。
「御母様、御父様達、ボクはこの世界が失敗作だと判断しました、だから御母様が与えて下さった、この『全てを破壊する剣』で、この世界を破壊します。」
皇子は床の上にそれを突き刺す。すると突き刺した所に、何かの台座の様なものが出来上がり、そこから光が世界に溶け出し始める。
「おいやめろおおおおおお!」
「今すぐにそれを中止するんだああああああ!」
「このままじゃ本当に世界が終わっちまうううううう!」
画面の下の方から人間と思われる者達の声が聞こえて来る。
という事は、此処は何処かのビルか何かなのだろうか?
「ウルフ、次の世界でも一緒に成ろうね。」
そう言って、アカネはウルフと抱き合って、互いの口にキスをした。
「おぉ・・・相変わらずアカネ姉とウルフ大佐は御アツいねえ。」
ジルは照れ臭そうに言う。
地面が揺れ始める。
「そっか。この世界終わっちゃうんだね。」
電子モニターには赤字で、「サタンの計画は失敗。全ては世界の理によって初期化される。」と表示されている。
何処からか、声が聴こえる。
「ありがとう」とか、「さようなら」とか、「これから始まるんだね」とか。
「破壊の詩が聴こえる。」
ジルは呟く。
ジルの居る所にも、光が溢れ始める。
「でもこの世界が終わって、本当に良かった。」
ジルの言葉と共に、世界は溶けて行く。
でも、この世界にもきっと、意味はあるよね。
そう思わないと、やってられないもの。
ジルは、そう思った。
本当の世界でまた会おうね、永遠の子供達。
嘗て涙を流した全ての子供達が、幸せに成れます様に。
了
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