今生

行ってほしくない、離れるのがさみしい。
それだけだった。

今生の別れ、今生が合言葉になっていたこの数ヶ月
次に会えるのはいつだろうか、これが今生の別れになってしまうのではないかと、互いに探りあっていた。

私は稚拙にも抱きつくことで彼を引き止めた。
最も忌み嫌っている「女」を使った。

やんちゃをしてみてわかったことがある。
私は無意識に男を悦ばせる言動をとる。
笑って頷けば「愛嬌がある女」
趣味の話をすれば「わかっている女」
少し毒を吐けば「おもしれー女」
男の目に映る私を、悩むことなく操れてしまう。
彼は、コケティッシュだねと、名前を教えてくれた。

抱きついた私を、戸惑いながらも受け入れてくれた彼は、それを「情」だと言った。

それでもいい、と思ってしまった。

そして私は、徐々にあの時の、あの関係に持ち込もうと、気づいたら唇を運んでいた。

結局彼は私を受け入れた。
そして求めた。

情だった彼も、いつしか欲へ
そんなもんなんだ。
私を、私たちを繋ぎ止めているのはそんなもので。

でも、確実に、短い人生の中で、
1番幸せな夕暮れだったんです。

映画を1本逃して、友達の誘いを断って
彼が帰ってきてくれたこと

目覚めたら隣に、あの時みたいに寝てたこと

咲いたばかりの桜を見つけて笑いあったこと

東京に来てよかった、
この道を選んでよかったと思えるような、
しあわせな時間だったんです。

今生の別れというのは、
また会ってしまっては成立せず、
お互いに、もう無いかなと思ってるから合言葉になっているわけで。

私たちは、しょうがなく仕方のない
諸刃の剣で繋がっているから、
彼の、次会う時には彼女がいるかもね、という言葉にはとうてい逆らえなく、
気持ち悪い後悔を引きずったまま
今生の別れをしてしまった。

ただの友達だったら、もっと好きだったし
これからも会えただろうけど

今生の別れをしてでも、
私しか知らない彼がいたことは、
私の青春を彩った。

別れ際、私は呪いをかけた。

あなたは私のこと嫌いになれないよ。
忘れることもできない。

彼は頭がいいから、それが彼を縛ることもわかって、自衛していたけれど。

この一連の物語が、彼の一般解となって
永遠に心に刻まれれば本望なんだ。
私と、これからの女を比べた時点で私の勝ち。
比較して負けても、思い出してくれたなら勝ちだ。


でも私は忘れていく。

そんなこともあったかもしれないと、
彼のホクロの位置もどんどん忘れていくんだ。

今生に別れないと、私が呪われてしまう。

なんで、こんなに好きなのに、嫌いなんだろう。
幸せになって欲しいのに、
私より幸せになって欲しくない。

いっそ忘れてしまいたい。
幸せだったんだ、ということだけ
ここに残しておくね。

さようなら、私のとうきょう。

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