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刻まれた匂い

藤吉夏鈴さん


お誕生日おめでとうございます🎉

誕生日の話ではないです

切ない話です


よしなにしてくださいな








ーーーーーー










寝る前には落ち着いた匂いに包まれたい

だからホットミルクを好んでよく飲むし

お風呂上がりの石鹸の香りが心地よい

でもたまに

どうしようも無くそういうのが

疎ましく思う時がある

そんな匂いがここにいて欲しい訳じゃなくて

私に今寄り添ってくれる匂い……










そう思って手を伸ばした先には

キラッと光る

瓶の中に浮かぶ深いピンク色

匂いは甘ったるくて

むせ返るような薔薇の匂い

私はこの匂いがあまり得意ではなくて

つけるとしてもシュッと1プッシュ

でもそれでもむせ返る

そんな薔薇に私はどうしようもなく

惹かれてしまう夜があるのだ

あの薔薇じゃないと

私を満たすことなんてできない

ギラギラ輝く深いピンク色を見ると溺れそうになる

息をするのも忘れるくらい

濃くて深い色










夏鈴
薔薇ちゃん、わたしの……うん……








さっと手を伸ばして手際よく1振り、1プッシュ

いつもは手首に付けるのに

今日は胸元がいいって言うことをきいてくれない

いつもよりきつく鼻にまとわりつく薔薇に

溜息がでる







夏鈴
はあっ……







吐いた息からも薔薇が香る

気がする

吐いたって意味が無いんだ

もう胸いっぱいに広がって

肌にまで浸透しちゃってる

心做しか頬がうっすら赤くなって来た気がする

頬だけじゃない

私の舌も

爪の色も

乳首の色だって多分

いやきっと薄い赤に染まってるんだ

ふっと鼻にツンとした匂いにむせ返って

息を吐き出す








夏鈴
ふふっ
相変わらず、なんて強烈な匂い……
やっぱり嫌い……







私は軽く笑みを浮かべながら香水を手に取る

もう1プッシュ

次も、次も…………

もう私の体は気づけば薔薇の1部となっていた







夏鈴
ふふふふっ、なんて匂いなの
貴方は私の心にまでも
その蔦で蝕んで離さないのね
だからね
胸にトゲが刺さって痛いの
痛くて痛くて
困ってるの
でも、今日は私
貴方の匂いで寝るよ
貴方の匂いじゃなきゃ
今日は嫌なの









私はズキズキと痛む胸を抑えながら

ベットに横たわった







夏鈴
困った薔薇さん
私が相手してあげるから……
今日は傍にいて……







私は寝る前に落ち着いた匂いに包まれていたかった

でも

私にとってそれはそうじゃないって今日は思う

私は今日、薔薇がいい

鼻にまとわりつくあの憎たらしい匂いが

私はどうしても気になってしまう

あの薔薇の蔦に心を締め付けられてしまって

離してくれやしない

あの子じゃなきゃ

今の私には釣り合わない……









夏鈴
もう誰も近づけやしないの……

ねぇ……

こんな匂いなんだからね、わたし









チクチク

胸の痛みを感じる







私は優しくて落ち着く匂いが好き

ずっとそう

昔から落ち着く匂いを嗅ぐと気持ちが安らぐから

でも、ずっと忘れられない匂いが1つ

鼻にこびり付いてない

ビリビリ体中に刺激が走ったあの匂い

ツンと鼻につくあの香りにむせ返ってしまうけど

あの匂いに包まれていた時が、なぜか恋しい








夏鈴
……同じ薔薇のはずなんだけどなぁ……








ふっと息をついてベランダに向かう

扉を開ければ

冷たい外気と白い息が混ざって見えた

アスファルトの地面は

冷えきっていて足先がジッとする

ポケットからライターをだして

今はもう廃盤になっている

バージニアエス・ロゼに火をつける

鼻に残った薔薇と薔薇の香りのする

煙をふぅと吐き出す










夏鈴
全然似てくれないのね?
なんで……?
はやく、、早く忘れたいのに……








足が寒くて震えているのに

私はそれを無視して煙を吐き出す

繰り返すうちに灰が足先に落ちたようで

心臓が飛び出るくらい驚いた








夏鈴
これだから……!これだから……!

煙草なんて……!!!









ジリジリジリジリジリ

足先に広がる痛いくらいの熱

私の体も包み込んでくるかと思えば

すーっと熱は引いて痛みだけが残る

指先を見れば

親指だけが痛々しい赤に染っている

私はその指先をみて

声を殺して泣いた

こんな自分が1番惨めなことくらい分かってる

分かっているのに

早く忘れたい

だから考えないようにしてた

やっと忘れられてると思い込んでた

もう何年もたつから

時間がもっていってくれるはずだから

そう信じて今まで生きてきた

でもずっと前に身体で覚えた

甘くて煙たくて胸が苦しくなる

あの大嫌いな匂い

あの人の匂いだけが

私を離してくれなかった








夏鈴
ねぇ……
どうして……私を……
置いていったの?

私を独りにしないで……





____fin

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