「成人映画とやらを一度観てみたい」と彼女に言われた

場末の名画座でのバイトは時給350円。昭和60年当時、最低賃金を下回っていた。
それでもやり続けたのは、映画見放題だったからだ。バイト先はもちろんだが、市内のすべての映画館で上映されている映画も含んだ。興行パス券のおかげだ。

それは映画館同士の交流を深めるという名目で各映画館に2枚配布され、それを持って他館の受付で「お疲れさまです」と言いながら提示すれば、「お疲れさまです」と言われながら館内へ素通りできるという代物だった。私なんぞはこの魔法のパスを使って、名作映画と成人映画ばかりを見まくっていた、その数は年間で最高268本。

映画はもっぱら一人で観ていたが、デート時は彼女の分を私が払い、自分はパスを使うなんてこともあった。彼女は仏語学科だったので「シベールの日曜日」「突然炎のごとく」「天井桟敷の人々」などに誘った。ある時に「成人映画とやらを一度観てみたい」と言われて、「なんてこった、得意分野だよ」と一も二もなく連れ立った。

オークラ劇場という成人映画専門館があった。
入り口は横並びに二箇所あるが、中へ入ると同じロビーで劇場は二つあるという珍妙な構造で、一つは男女の映画、すぐ隣は男男の映画という一粒で二度美味しい映画館だった。

ロビーにいた小太りの中年男に白い目で「いやねー、あんたたち冷やかしなの?」とにらまれて、「ちがいます、僕らは男女の関係です」とまじめに言い訳をした。

彼女と一緒に両方とも観たが、感想は聞くまでもなかった。男男の映画の時に、彼女は思わず私の手をギュッと握ってきたのだから。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?