白鵬のガッツポーズ

大相撲夏場所の千秋楽は、大関照ノ富士と白鵬の全勝対決でした。照ノ富士は、2場所連続で優勝し、今場所もほぼ危なげなく白星を重ねました。一方の白鵬は休場続きで、千秋楽まで戦ったことすらも1年ぶりくらいでしょうか。力関係としては、照ノ富士の方が間違いなく上だったのだろうと思います。

白鵬は、立ち合いで、照ノ富士に対して半ばラリアットのような強烈なかち上げを行いました。その後も照ノ富士の顔面に強烈な張り手を何発もぶつけました。そして何とかまわしを取った白鵬は、粘る照ノ富士を土俵に叩きつけ、土俵上で、大胆なガッツポーズを見せました。

いつも通り「横綱の品格」という何を示しているのかよく分からない言葉で、横審からは苦言を呈されています。

以前Youtubeで観た動画に、似たような場面がありました。朝青龍が、たしか巡業を休んでサッカーをしていたという理由だったでしょうか。今回の白鵬のように、1年近く土俵から遠ざかっていたこともありました。当時、まだ若い白鵬は、朝青龍のいない間に、みるみるうちに力をつけ、おそらく力関係は逆転するくらいにはなりました。そんな白鵬と朝青龍は、優勝決定戦でぶつかることになりました。結果は、両者が気迫十分にぶつかり合い、結果的に朝青龍が白鵬を破りました。その時の朝青龍は、土俵上で、両の手を高々に突き上げました。

その当時も「横綱の品格」という何を示しているのかよく分からない言葉で、横審からは苦言を呈されています。

ここからは自分語りになるのですが、人生でガッツポーズしたことがあったかなと思い返してみました。高校受験に合格したとき、大学に受かったとき、内定をもらった時、全部ガッツポーズはしなかったと思います。(心の中ではしていましたが)意外と自分のことではガッツポーズしていないものだなと思いました。ガッツポーズした事といえば、ワールドカップブラジル大会の本田のゴール、ロシア大会の原口のゴール、ラグビーワールドカップ南アフリカ戦のトライとかでしょうか。スポーツ観戦中でのことばかりでした。

多分、スポーツを観ている時に出るガッツポーズと、自分のしたことに対する喜びから出るガッツポーズは全く性質が違うものだと思います。

そのシーンまでに、自分の積み上げてきた努力、感情(辛いことの方が多かったでしょう)、周りの厳しい声、その中にも少なからずあったであろう激励の声、そういったものに対する、感動、「見返してやったぞ」という歓喜、自分への労い…。そういった物がほんとうにすべて詰まったあのガッツポーズに対して、やっぱり、よく分からない言葉で批判するというのは、いかがなものなのかと思った次第です。


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