チバユウスケ

何の珍しいエピソードも、知的な発見もない、凡庸な語りになるだろうとわかっている。でも他にどうすればいいのかわからずキーボードを叩いている。

あの2003年、Mステで起きた最高の放送事故によって、私の中の「かっこいい」はThee Michelle Gun Elephantの形になった。ごく一般的なジャパニーズ・ポップスとポップ・ロックに親しんでいた自分の耳にThee Michelle Gun Elephantの空間を切り裂くような轟音と歌声があまりにも鮮烈に鳴り響き、そしてそこから鳴り止まなくなった。

驚くほどテンポの速い8ビートや太く歪んだベース、鬼と呼ばれたあの人の土石流の如く押し寄せるカッティングギター、そしてチバユウスケの歌声。あの魂を奪われそうなほどに美しい枯れ、つんざくように響くがなり、揺れ、絶妙な当て感、それらが作り出すグルーヴの虜になった。冴えない日常を生きていた自分の鬱屈と不安と恐怖を、Thee Michelle Gun Elephantの音楽はいつも、この上なく痛快に蹴散らしてくれた。これがロックというものなのか、と思った。
ただ、そこまで夢中になった頃にはもう遅すぎた。解散ライブには間に合わず、ライブ映像を観ながら「悔しい」と何度も繰り返しては泣いた。

初めて生で観たのは、RUSH BALL 2005のROSSO。目の前にいる、声が届く場所に居るのが信じられなくて、つい何度も名前を叫んでしまったのを覚えている。古い夢のように美しく切ない名曲「シャロン」を、あの声で聴いた。ささやかに一緒に歌った。この瞬間を忘れまいと強く思った。

大学で軽音楽部に入って、先輩に誘われて「シャロン」のコピーをした。あのイントロのバッキングの音をどうしても再現したくて、自分なりに悩んで作った。ものすごく楽しかった。TMGEのコピーバンドもやった。「バードメン」「ターキー」「スーサイド・モーニング」「PINK」「ゴッド・ジャズ・タイム」……。中でも言わずと知れた名曲「世界の終わり」はなるべく良い形で演奏するべく、ひたすら繰り返し、繰り返し練習していた記憶が残っている。黒いシャツを着て自分のギターにはブルースドライバーを繋いで、あえて聴こえづらい音にしたりしていた。しかし今思えば当たり前なのだが、どんなにやっても、ほとんど満足いくようには歌えなかった。ただでさえ女の私の声では届かない領域が大きすぎる。出来る限りあの激しさを、あの鋭さを、熱さと冷たさと緊張感を、とどれほど思っても、限界を感じるばかりだった。だけど、それでも楽しかった。

集団に属する上ではあまりに頭が足りておらず、鈍臭く愚かな人間だった自分が、少しばかりでも音楽を通じて人と関わっていけたのは、TMGEがくれた感動と熱情のお陰だった。と、今振り返って思う。

The Birthdayも、二度ほどツアーを観に行ったことがある。TMGEやROSSOの時代から年を重ねて、少し緩やかな空気が漂っていたのが印象的だった。それとともに優しく、あたたかい歌が増えていた。しかし歌声はより枯れた味わいと深みが増し、ますます美しくなっていた。きっとこの人は、この先もずっとかっこよく、そして美しい歌を歌っていくのだろうな。と思っていた。

あのMステから、今やもう20年経った。
あの日から今まで、何十回も何百回も、その名を口にしてきた。自分でもどうしたらいいのかわからないほど、心の底から溢れて止まない憧憬の思いを精一杯込めながら。

今、20年前当時と同じ温度の熱をもって聴けるかと聞かれれば、おそらくは難しいと答える。生活の変化とともに音楽の聴き方も関わり方も「かっこいい」の形も、少しずつ多様に変化していった。

ただ、それでもあの当時の情熱と煌めきは心の奥底に生きていて、折々であのカタカナ表記6文字の名前を見かける度、そしてあの声が聴こえてくる度に、それらが胸の内にありありと蘇るのをいつも感じていた。

無論、それは今でもそうだ。だから信じられない。信じたくない。何度ニュースの字面を目にしても、その名前の横に記された2文字が示す事実をどうしてもこの頭が受け入れようとしてくれない。

職場でその報を知って呆然とし、ぼんやり霞がかったような頭でいるうちに、ラジオから「世界の終わり」が流れてきた。イントロが聴こえた瞬間、何か思うより先に涙が溢れ出てきてしまい、急いでトイレに駆け込んだ。しばらく戻れなかった。多分あの曲はまだ聴けない。思い出が多すぎる。

なんとか一日の仕事を終えて帰宅してから自分の部屋で、無作為に放り込んだプレイリストを再生しながらこれを書いている。今はROSSOの「発光」が流れている。なんて美しい叫びだろうか。

この人の声でしか、言葉でしか、歌でしかあり得なかった。私も含めた日本中の音楽リスナーの人生に、小さな革命を起こしてきた数々の名曲達。この世界にはチバユウスケにしか作り出せない色があり、空気の匂いがあり、景色があった。

これから先、追いきれていなかった楽曲も、少しずつでも聴いていかなければと思う。与えてくれたものを少しでも多く心に刻み、そして残していくべきなのだと思う。今はまったく受け止めきれておらず、ただ多大な喪失感でいっぱいで涙も止まらないのだが、とりあえず今夜はそのままにしておいて、この後は久々にギターを手に取ろう。

ありがとうチバユウスケ。ありがとうございました。
貴方の歌を愛しています。いつまでも。


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