9/13 しらかべ

19時。「しらかべ」という居酒屋へ向かった。シェアメイトによれば、もっと早く知りたかった!と言うほどトンカツが美味しいらしい。
しらかべは、ピンクのネオンが眩しいスナックの隣にひっそり佇んでいた。地元の人でも知らないんじゃないかってくらい、こっそり居た。スーパーで掘り出し物を見つけた気分だった。

暖簾を上げて引き戸を開けると、店内はカウンター席に6人くらいしか座れないほど狭い空間。通路は人1人通れるかどうか。
席では20代半ばの若者が3人いて話が盛り上がっている。
「お1人ですか?1人でも大歓迎ですよ。どうぞ座ってください。」焼き鳥を焼いていたおじさんがにこにこしながら言った。
どうやら店員はおじさんだけらしい。
壁にかかっている木の板のメニュー表を見ると、焼き鳥数種類、ビール、お茶、トンカツ、カツ丼ぐらいしかない。
《カツ丼1つください。》
そういえば私はお昼から何も食べてなかった。

「今日はどちらから?」
《あー…今月、移住体験で木曽のシェアハウスに住んでるんです。》
すると、おじさんが返事をする前にさっきまで隣で話し込んでた男の人が反応した。
《あっ、こないだバーベキュー参加してたよね?》

どうやら知り合いだったらしい。バーベキューというのは、地元の猟師さんが狩ったイノシシが余ってるので仲間内で食べましょうという会。参加者が多かったので気づかなかった…
軽い挨拶をして、またその3人は会話に戻る。ううむ、これって話に入るべきなのか…。
勇気が出なかったので、リュックからメモ帳を取り出し、仕事しているフリをした。

「お茶でいいですか?」と烏龍茶を出すおじさん。
「ごめんなさい、もう少し待っててくださいね。」
そんなに急かしてないのに何度かそう言われた。よっぽどお腹が空いているように見えたのかな。

*******

「お待たせしました」
海苔がかかった肉厚なカツ丼。と、副菜の長芋サラダ。
《いただきます》
割り箸をぱきっと割って、まずは一口。
ふー、ふー、ざくっ。

…美味しすぎる。私の持ち合わせている最高の言葉を並べても足りないくらい、美味しい。
ザクザクの衣に脂たっぷりの豚肉。厚みもあって食べ応えがある。タレは甘めでしっかり丼の底まで染み込んでる。それでいて、そんなにしつこくない。どんどん箸が進む。今まで食べたカツ丼で一番美味しい。20数年しか生きてないけど断言できる。

「もしタレが足りなかったら言ってくださいね。あとご飯も」
食べる幸せを感じてるのは私なのに、なぜかおじさんは嬉しそうにしている。
「量は大丈夫ですか?」と何回も聞かれた。ずっとにこにこしている。

そういえば、こないだ行った食堂のおばちゃんからも色々聞かれた。嫌いなものあったら残していいからね、とかフライの揚げ具合どうかしら?とか他の飲食店では聞かれないようなこと。
まるで親戚のうちに来た姪っ子を見守るかのような対応だった。

ほどよい満腹感に余韻に浸っていたら、おじさんがお茶を出してくれた。

《ごちそうさまでした。すごく、美味しかったです》

「それはよかったです。またいらしてくださいね」

居酒屋のような風貌なのに物腰柔らかで言葉遣いがとても丁寧なおじさん。だからこんなに美味しいものが作れるのかな。

お勘定をお願いして店を出た。月が出ている。
自転車を押しながら木曽での日々を思い返した。


居酒屋や食堂はただ食事を提供する場所じゃなくて、繋がりを感じられる場所。
私は心が弱いので、すぐに逃げ込める場所(依存先)をたくさん作るために移動生活を始めた。今までは依存先=コミュニティに属す、だけだと思ってたけど、依存先の一つにこういった飲食店もあり得るんだな。また一つ発見できた木曽の夜だった。

#ゆるい移住

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