*試し読み:誘惑★オフィスLOVER2―プロローグ12―
* * *
相沢美月「わからない、ものかな?」
高級ホテルのお化粧室は、清潔な上に広々としていた。
微かに絞られた照明の下に浮かぶのは、ひとりの女性。
普段は絶対に着ないようなワンピースに身を包んで、学生の頃に試して以来、滅多にしなかったコンタクトをつけて、いつもは仕事の邪魔にならないようにと、一本に結んでいる髪も今日は顔の周りに、やわらかなウェーブをつけて下ろされている。
大きな鏡の下から当てられているライトは、私に甘い錯覚をさせて、桃花や上条さんの反応を真に受けてしまい、心も弾んでいく。
相沢美月「大事なのは、心の中。外見を磨くことに時間を割くなら、それ以上に、内面やスキルを磨くことが大切。そう思ってたけど、どうしてかな? 褒めてもらえると、やっぱり嬉しい・・・今日だけは、シンデレラになれるかな?」
12時の鐘が、鳴るまで・・・それまでは、この魔法に委ねよう。
陽向や和佳ちゃんが、背中を押してくれたんだから、山縣社長を見返してやるとか、何か復讐をするとか、現実的に考えてそれは無理だけど、心の問題。
相沢美月(私だって、やるときゃやるんだ)
傷ついた心を、最後に消毒してあげられるのは、結局、自分以外の誰でもないから。
* * *
背筋をシャンと伸ばして、堂々と歩く。
お化粧室を出て会場に戻るまでは、良かった。だけど境界線を越える勇気は、持ち合わせていなかった。
相沢美月(・・・やっぱり、視線が気になる! シンデレラも、こんな気持ちだったの?)
いい意味で注目されていると言い聞かせるけど、好奇の視線が追いかけて来ることに慣れない私は、足りない勢いを味方につけようと、会場の入り口に背を向ける。
相沢美月(最上階に、バーがあったよね? ちょっと卑怯だけど、お酒の力を借りよう)
???「どこに行くの?」
相沢美月「え・・・?」
不意にかけられた声に振り返ると、四宮さんが口の端を上げて私を見つめていた。
四宮慶「君も、パーティに出席するんじゃ?」
相沢美月(四宮さんも、気づいてない・・・?)
四宮慶「新社長のあいさつ、もうすぐ始まるけど」
相沢美月「すぐに、戻ります」
四宮慶「なーんて。気づいてないとでも思ってる?」
相沢美月「え・・・?」
四宮慶「いいの? 自分の夢を奪った犯人の顔、見逃しても」
相沢美月「四宮さん、私だって分かって・・・」
四宮慶「今日はやけにおめかしだね? 相沢さん」
驚いて目を大きくする私に四宮さんはクスッと微笑むと、近づいてグッと私の耳元に顔を寄せる。
四宮慶「俺は、一目でわかったよ? さっき会場に入って来た時から、シンデレラの正体」
耳に四宮さんの吐息がかかり、ドキッとして赤面したまま耳をおさえる
相沢美月「・・・す、すぐに戻ります」
呪文を唱えるような、甘美なささやきに混乱した私は、意味のない言い訳をもう一度言って、四宮さんを振り切るように、足早にその場を去って行く。