*試し読み:誘惑★オフィスLOVER2―プロローグ02―

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相沢美月「相沢、美月です」

横澤部長は、もう一度、今度は値踏みをするように、無遠慮な視線を私に注ぐ。

居心地の悪さから、隣の四宮さんに視線をそらすと・・・なぜか『ごめん』と、私に向かって小さく口を動かした。

相沢美月(どういうこと・・・?)

横澤「相沢くんには残念だが、今日限りで、輝雪堂のCMから外れてもらうことになった」

相沢美月「・・・え?」

上条健一郎「待ってください。今回の相沢の起用は、社内コンペを行い、輝雪堂とも審議を重ねて決まったことです」

横澤「先方には、すでに承諾を得ている」

相沢美月(そんな・・・!)

──『現代のプリンセスは、毎日キレイを諦めない』

私の提案したコンセプトを、輝雪堂の広報担当者に気に入ってもらい、抜擢されたメイン担当。

精一杯取り組んできて、外されるような失敗をした覚えもない。

相沢美月「理由を・・・。理由を、聞かせていただけませんか?」

横澤「新社長の意向だ」

どこか誇らしげに放たれた言葉に、フロアが若干ざわつく。

相沢美月(なんで新社長が・・・)

一週間程前、オズマジックは、インターネット広告を主に扱っているサイバースピード(Cyber Speed)という成長著しいネット広告代理店に買収され、グループ会社のひとつになったばかりだった。

CSグループと呼ばれる系列会社は、オズマジックの他に60近くもあり、今も増え続けている。

横澤「数日前、新社長・・・山縣社長が訪問した際に、進行中の企画に目を通された。その中で君にNGが出て、交代を命じられた」

相沢美月(私に、NG・・・?)

横澤「田部、田部由加子はいるか?」

田部由加子「あ、はい・・・!」

横澤「今日から君が、【ティアラホイップ】の担当だ」

相沢美月「・・・・・・!?」

田部由加子「えぇ、私がですか!?」

上条健一郎「横澤部長、そのような重要事項を、制作部長の私抜きで決められては困ります」

横澤「山縣社長のご意思だと言っただろう」

上条健一郎「例えそうでも、私にも人選の責任がある!」

横澤「上条、そんな口を聞いていいのか?」

険悪な雰囲気でにらみ合う、上条さんと横澤部長。私のために、上条さんに迷惑はかけられない。

相沢美月「・・・わかりました」

上条健一郎「相沢・・・!」

相沢美月「山縣社長のご意向は、承知しました。ですが田部と私は同期です、どういった違いが・・・」

横澤「だからこそ、わかるんじゃないか? 君に不足していて、田部に備わっているものが何か」

隣に並んだ田部ちゃんは、淡いピンクのニットに、水色の膝上スカートを合わせている。

対して私は、シンプルなブラウスに細めなパンツスタイル。髪は邪魔にならないよう結び、メガネをかけている

相沢美月(華やかとは言えないけど、TPOはわきまえてるつもり。でも・・・)

オシャレに気を遣っているのはどっちか? そう聞かれれば、おそらく答えに迷う人はいない。

上条健一郎「私は相沢が適任だと思います」

横澤「まだ言うのか? 化粧品メーカーのCMを手掛ける人間が地味じゃ、お話にならないんだよ!」

四宮慶「・・・横澤部長、言葉が過ぎます」

四宮さんの言葉に、横澤部長は咳払いをする。

横澤「・・・と、山縣社長が言っていた。私はあくまでも、決定事項を知らせに来たまでだ」

吐き捨てるようにそう言って、横澤部長は制作部を出て行く。

残った重苦しい空気に、誰もが口をつぐんでしまっていた。

私は唇を閉じて、奥歯をギュッと噛みしめる。

相沢美月(しっかりしなくちゃ)

私は、なんとか切り換えて、デスクの資料をまとめると、微笑みを添えながら、田部ちゃんに資料を差し出す

田部由加子「美月ちゃん・・・?」

相沢美月「田部ちゃん、これ資料・・・。あとはよろしくね」

田部由加子「いいの?」

相沢美月「本音を言うと悔しいけど、田部ちゃんに任せた。それに、山縣社長にも何か考えがあると思うから」

田部由加子「・・・うん! 私、絶対いいCMにするねっ。それでは田部由加子、打ち合わせに行って来ます!」

弾むような高い声に、チクリと胸が痛む。

迷いなく資料を受け取った田部ちゃんは、意気揚々と出て行く。

我ながら、下手な笑顔と軽口に呆れてしまう。

相沢美月(ひとつも納得出来ていないくせに・・・)

本音を飲み込む・・・だけどそれを、私は間違いだと思わない。

四宮慶「相沢さん、これで諦めた訳じゃないでしょ? 今度は必ず、一緒に仕事しよう」

相沢美月「・・・ありがとうございます」

四宮慶「それから、気にしちゃダメだよ」

相沢美月「え?」

四宮慶「横澤部長が言った、山縣社長の伝言。化粧っ気が少ないだけでそんな判断されたら、俺たち男は全員地味ってことになっちゃうし」

相沢美月「四宮さん、励ましてくれてますか・・・?」

四宮慶「元は可愛いんだから、堂々としてろってこと。まあ、どれだけの人間が気付いてるかは知らないけど」

四宮さんの優しさに笑顔を見せると、営業部の王子様は頷いて、田部ちゃんの後を追いかける。

それが合図になったのか、制作部にいつもの空気が戻る。

だけど次の瞬間、上条さんが私に向かって頭を下げていた。

相沢美月「上条さん・・・!?」

上条健一郎「こんなことになってしまって、すまない」

相沢美月「お願いです、顔を上げてください!」

上条健一郎「山縣社長に、詳しい話を聞いてみる」

相沢美月「その気持ちだけで十分ですから。最後まで私が適任だと言ってくれた・・・。上条さんのお気持ち、すごく嬉しかったです。この悔しさをバネに、またいちから頑張ります!」

上条健一郎「相沢・・・」

夏目晴人「それでこそ優等生相沢! その意気で、今日は俺のアシスタント、頑張ってもらおうかな」

相沢美月「・・・はい?」