*試し読み:誘惑★オフィスLOVER2―プロローグ05―
* * *
──その夜。
キッズモデルの撮影は無事に終了して、別案件の打ち合わせがあるという夏目さんと別れた私はOz Magicに戻ろうと最寄りの駅まで歩いていた。
いつもは感じない足元の涼しさに、違和感を覚える。
相沢美月「なんだか、着慣れない・・・オシャレに興味がない訳じゃ、ないんだけどね」
いつからか、それほど必要性を感じなくなっていたのは確か。学生時代のバイトも、女手一つで育ててくれている母の力に、少しでもなるための手段でしかなかった。
ファッションなんて二の次・・・それを窮屈とは思わなかったし、私にとっては自然のなりゆきだった。
だけど・・・。
相沢美月「見栄えが良ければ、それでいいの・・・?」
泣き言にもならないひがみに、情けなくなる。気持ちを切り替えようと携帯を取り出すと・・・
上条健一郎『・・・上条だ、撮影お疲れ様。今日は社に戻らず、直帰していいから。とにかくゆっくり休んで、明日もよろしく』
相沢美月「・・・みんなが心配してくれてる。私がいつまでも引きずってたら、ダメだよね」
上司からのあたたかい、留守番メッセージにようやく心が上を向き始めようとした、その時──
相沢美月「うそ・・・」
前方のお店から、ファッション誌から飛び出して来たような華やかな女性を連れて、懐かしい人が出てくる。
数週間前、仕事が忙しいからという理由で一方的に別れを告げられた。
元カレの鮎川賢二(あゆかわ けんじ)
鮎川賢二「美月? 美月だろ」
相沢美月「・・・久しぶり、賢二」
鮎川賢二「なんだよ、一瞬わかんなかった。服の趣味、変わった?」
相沢美月「仕事のトラブルで、着てた服が濡れちゃって。クライアント先のブランドさんに借りたの」
鮎川賢二「ああ・・・だよな」
相沢美月「なんかお前らしくないと思ったわ」
相沢美月(・・・変わってない)
賢二は、いい意味でも悪い意味でも嘘がつけない。そんなところが好きで、そこに傷ついたりもしていた。
隣の女性は、おそらく新しい彼女だろう。別れの原因を信じて疑わなかった自分が、恥ずかしい。
相沢美月「仕事、最近落ち着いてるの?」
鮎川賢二「えっ? あー、まぁそうだな、うん」
女「ねぇ賢二、私がいること忘れてなぁい?」
鮎川賢二「そんな訳ないだろ? 行こう。ごめん、それじゃあ・・・またな」
相沢美月(・・・出来ればもう、会いたくないけど)
鮎川賢二「あ、そうだ美月。次誰かと付き合うときはいっそ髪型とか、メガネも外して、隣を歩く彼が恥ずかしい思いをしないような中身だけじゃなくて、外見も合格な女になれよ。元は悪くないんだからさ、じゃあな」
賢二の言葉に、隣の女性は口元に手を当てる。
笑いを堪えている姿を見せつける仕草だと、すぐにわかった。
元凶の元カレは、妙にスッキリした笑顔で手を振って通り過ぎる。
相沢美月「・・・恥ずかしいと、思ってたの?」
泣いて、たまるか。
あんな人の軽薄な言葉で流すなんて、涙がもったいない。