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西原(ニシハラ)異界散歩

球妖外伝キジムナ物語の第四章に登場する沖縄県の西原(ニシハラ)町に行ってきました。

西原町は沖縄本島の東側にある町です。ニシハラと呼ばれるのは、むかし王様が暮らした首里の北側にあったからだそうです。沖縄の方言で、北のことはニシと言います。なんだかややこしいですね。

『遺老説伝(イロウセツデン)』という昔の書物によると、海で稲福(イナフク)婆を見つけたのは、西原の我謝(ガジャ)に住む鍛冶屋大主(カジヤウフシュ)という人だそうです。昔は我謝に海岸があったそうですが、今は埋め立て地になっています。

西原町我謝の水路(かつての海岸?)
西原我謝方面
埋め立て地方面

また、西原の我謝の海岸に大きな亀がいたという話もあります。南風原(ハエバル)町の宮平(ミヤヒラ)に住んでいた善綱大屋子(ユクツナウフヤク)という人が我謝で大きな亀を捕まえましたが、亀を背負って持ち帰る最中に、首を噛まれて死んでしまいました。その後、宮平の守り神としてまつられ、善綱御嶽(ユクツナウタキ)という拝所になりました。御嶽は南風原町のウガンヌ前公園内にあります。

ウガンヌ前公園
善綱御嶽
善綱御嶽
善綱大屋子之墓

こちらは運玉(ウンタマ)森です。西原町と与那原(ヨナバル)町の境にあります。実在したかは不明ですが、運玉森には運玉義留(ウンタマギルー)という義賊がいたという話があります。芝居になったり映画になったり、沖縄では有名人です。

運玉森

運玉森の登山道は、あまり整備されておらず、登るのは大変そうなので、中に入るのは諦めました。

御茶多理真五郎(ウチャタイマグラー)が出たという御茶多理(ウチャタイ)道にも行ってみました。西原町の桃原(トウバル)にある桃原構造改善センターに案内図があります。

2022年8月撮影時、劣化していて読めませんでした😭。修理してほしい……。西原町のホームページにある御茶多理道の説明をのせます。

沖縄ではじめての説話集として1745年に編集された『遺老説伝』に、「西原間切嘉手苅村の御茶多理真五郎、勇力人に過ぎ歌絃及び相撲を好くし、葬後も其の気散らざるのこと」として、ウチャタイマグラーの話が載っている。
昔、嘉手苅村に強力で歌や相撲が好きな五郎という若者がいた。祭りになると各村々を廻り相撲をとったが誰にも負けなかった。沖縄一の相撲とりとの評判であった。五郎は死後、御茶多理墓に葬られた。
しかし、五郎の霊は成仏せず、夜な夜な亡霊がでて相撲の喊声や歌、三線の音が聞こえた。 それから五郎を御茶多理真五郎と呼ぶようになった。人々は日が暮れると敢えてその墓地付近を通らなかった。
その後、祭祀の供物が腐敗するようになったので、人々はこれらはマグラーの霊が盗み喰いしたものと思い、御茶多理街道を通って首里へ行く部落では、ムーチーを一日早め(旧12月7日)にやるようになったという。

- 沖縄県西原町 御茶多理真五郎の墓

御茶多理道はこちらです。昔はこの道を通って、首里方面へ向かいました。道が狭かったので、車で通る気にはなれませんでした。いつか歩いてみたいと思います。御茶多理真五郎(ウチャタイマグラー)のお墓もあるそうです。

御茶多理道

それでは引き続き、連載小説『球妖外伝キジムナ物語』をお楽しみください😊⭐️


人と人との温かい交流を信じて、世界が平和になるように活動を続けていきたいと思います。