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第三章 マブイグミとアコウ②(球妖外伝 キジムナ物語)

水色の空に、ぼんやりとした灰色の雲がおおい始めました。むわっとした湿っぽい風が吹いています。
「台風がやってくるかもしれないのう」
スーティーチャーは空を見てつぶやきました。
「先生!早く!こっちだよ」
はるか遠くの空で、オオオコウモリとイソヒヨドリがくるくる旋回していあす。ぜーぜー肩で息をしながらスーティーチャーは怒鳴りました。
「バカモン!猛スピードで空を飛んでどうする?マブイは地面に落としたのじゃ!下のほうをよく見て探しなさい!」

「そうか」
カーブヤーとスーサーはパタパタと地面におりてきました。
「やれやれ。走るのは老体にはこたえるのう……」
弱音を吐きながら、スーティーチャーは呪文をとなえました。
「マブヤーマブヤー、ウーティキミソーリ」
「先生、今何て言ったの?」
「ふむ。これはな『マブイよ、マブイよ。私を追ってきてください』というおまじないじゃよ」

「マブイはどこにあるんだろう」
「ビーチャはどこまで探しに行ったのかねぇ?」
スーサーがきょろきょろ周囲を見わたすと、ガサガサッと音をたてて草むらから、ジャコウネズミが飛び出しました。
「ちょっと、みんなこっちへ来て!見せたいものがあるの!」

ビーチャに案内されて、みんなは丘の下にやってきました。そこには美しい水が湧き出るカーがありました。カーとは沖縄で井戸とか湧き水のことを言います。
「やったぁ。ちょうど水が飲みたかったんだよなぁ」
「スーサー!水を飲ませたいんじゃないわよ!ほら、あれを見て!」
ビーチャが声をひそめて、水辺近くにある木に鼻を向けました。

木の根元には、深緑色の葉で、あざやかな朱色の花が咲いていました。サンダンカと呼ばれる花です。夏の暑い日に咲く花は、燃え上がるような赤い色をしていました。
「あ!」
カーブヤーが小さく叫びました。木の上のほうに目をむけると、暗い木陰の枝に、もじゃもじゃで赤い髪の少年が座っています。
「キジムナにそっくりなやつだなぁ」
スーサーの目が点になりました。
「ね!そう思うでしょ!先生あれは誰かしら?」
高揚したようすでビーチャが聞くと
「ふむ。キジムナによく似ているが、あれはアコウの木の精のようじゃ」
スーティーチャーが目を凝らしました。

「あいつが手に持っているものは、もしかしたらマブイじゃないか……?」
カーブヤーがつぶやきました。よく見ると少年は、ふわりふわり風船のように浮かぶ丸いものを、手に持っています。
「……そういえば、そうだ。キジムナはここで転んだんだ。あれからようすがおかしくなったぞ!」
カーブヤーは、だんだん思い出したようで身を乗りだしました。

「ふむ。あれがキジムナのマブイにちがいない……」
スーティーチャーが言い終わらないうちに、ビーチャが矢のように飛び出しました。
「ちょっと、そこのあんた!」
少年は、おやといった感じで、木の下にあらわれた小さなジャコウネズミに、目を向けました。

アコウ・クロウ

「そのマブイはキジムナのものよ!返してちょうだい!」
少年はニヤニヤ笑いました。
「へえ、そうなんだ。それで君はだれだい?」
ビーチャにつづいて、カーブヤー、スーサー、スーティーチャーも姿をあらわしました。
「おいらたちは、キジムナの友だちさ!キジムナがマブイを落としたから、探しにきたんだぞ」
カーブヤーがきぃきぃ叫びます。

「ふーん。キジムナってのは、ずいぶん友だちが多いね。気に食わないねぇ。うまそうなマブイだから、ゆっくり食べるつもりだったのに……」
少年はマブイを見て、舌なめずりをしました。
「なんてひどいことを!早く返して!」
ビーチャが顔を真っ赤にして叫びました。
「キジムナは大事な友だちなんだよぉ、お願いだから返してくれよぉ」
スーサーは涙目で手を合わせました。

「ひひひ。そのキジムナって、どんなやつだい?教えてくれたら、考えてやるよ」
少年が木の上から意地悪そうに笑うと、スーティーチャーが前に出ました。

「わしはソテツのスーティーチャーという。おぬしはアコウの木の精じゃな。名は何という?」
「おれはアコウ・クロウだ」
少年は、ちょっと不意をつかれた感じで答えました。
「キジムナ・ムムトゥは、キジムナ族の少年じゃよ。ガジュマルの木の精じゃ。赤い髪で姿形が、おぬしによく似ておる。優しい心の持ち主じゃよ」
スーティーチャーは穏やかに話しました。

「ふーん。おれはアコウの木の精さ。おれ以外にもそんなやつがいたとはね……」
アコウ・クロウは顎に手を当てて、何やら考えているようです。スーティーチャーはアコウをじっと見つめました。
「せっかくじゃから、おぬし、ムムトゥと友だちになってはどうじゃ?」
アコウは少し驚いた表情をして、すぐにニヤリと笑いました。

「ひひひ。ごめんだね。おれはベタベタなれ合うのは嫌いなのさ。ほらマブイを返してやるよ」
アコウは、手に持っていたキジムナのマブイを、遠くに放り投げました。マブイはふわふわただよって、風に飛ばされそうになりました。
「あ!何をする!」
カーブヤーとスーサーは急いで羽ばたいて、マブイをつかまえました。気がつくとアコウはいなくなっていました。

「意地悪でイヤなやつね!」
ビーチャはプリプリ怒っています。
「ムムトゥは自分に近いものと友人になりたがっておった。良い出会いだと思ったのじゃが……」
スーティーチャーは残念そうにアコウがいた木を見つめました。

4匹はマブイを持って、すぐにキジムナの家に帰りました。ぼんやり座っているキジムナ・ムムトゥの胸に、スーティーチャーがマブイをそっと当てます。

マブイグミ

「あ!中に入っていくぞ!」
カーブヤーが声をもらしました。マブイは美しく光り輝くと、スーっとキジムナの胸に入って消えてしまいました。真っ黒だったキジムナは元の色に戻りました。頬はほんのり赤くなり、生気を取り戻したようです。

「よかった。これでひと安心だなぁ」
スーサーがほっとした表情でつぶやきました。
「キジムナ!ねぇキジムナったら!」
ビーチャがキジムナの耳元で叫びます。
「おい、起きろよ!キジムナ」
カーブヤーがキジムナの肩をゆさぶりました。
「ちっとも、目を覚まさないぞ」
「ふむ。やはりそうか」
スーティーチャーは険しい表情でつぶやきます。

「どういうことだい先生?マブイは戻したじゃないか?」
みんなは一斉にスーティーチャーを見つめました。
「マブイは戻したが、ムムトゥが目覚めるかどうかは、まだわからん。人間に裏切られて、ひどく心が傷ついたからのう。じゃが、それだけではない。ムムトゥは怒りにまかせて人間にケガをさせてしまった。そのことを後悔して自分で自分を罰しているのじゃ」

「そんな!じゃあ、このまま目を覚まさないかもしれないの?」
ビーチャが悲しそうに叫びました。
「それはムムトゥ本人が決めることじゃ。わしらにできるのはここまでじゃ。あとはムムトゥを信じて待つしかない……」
みんなは、すっかり意気消沈して、部屋の中は静まり返ってしまいました。外は薄暗くなり雨がぽつぽつ降り始めました。遠くでゴロゴロ物悲しい雷の音が聞こえます。

重苦しい空気の中、カーブヤーが顔をあげました。
「キジムナは、きっと戻るよ。だからおれたちは、おれたちが今できることをやっておこう。キジムナを待つあいだ、おれたちは人間の村へ行って、お婆さんのことを調べておかないか?」
ビーチャとスーサーも顔をあげました。その目には力強さが生まれていました。

「そうね!キジムナは優しいから、元に戻ったら、お婆さんのことを心配するに違いないわ。私たちで調べておきましょうよ。じっと待っているなんて、もうこりごりよ!」
「わんも!村々を飛び回って聞いてくるよぉ。泡盛は、しばらくやめだぁ」
スーティーチャーが両手をパンと叩いて鳴らしました。
「みんな、よく言った!わしは足が遅くて、足手まといになるから、ここで待っておく。何かわかったら知らせてくれ。カーブヤーにビーチャにスーサー!おぬしたちに頼んじゃよ」


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