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第五章 キジョカのブナガヤ①(球妖外伝 キジムナ物語)

すみわたる青空には真っ白な雲がうかび、緑の高い山々がありました。山のすそには白い道が南北に走り、エメラルドグリーンの海が涼しい風を送っています。白くあわだつ波打ちぎわには、板を敷いたような岩がかさなりあっていました。

気がつくとキジムナ・ムムトゥ、スーティーチャー、アメ幽霊、イナフク婆は海岸に立っていました。
「ここはどこ?」
キジムナがイナフク婆にたずねると
「わかりませぬ」
と言われたので
「えーっ!?」
っと思わず叫んでしまいました。
「わたくしは導かれるまま、ここへ来ました」
「どういうことじゃ?」
スーティーチャーが聞きました。

「わたくしがここに来たのは、龍脈の乱れを感じたからでございます」
「龍脈?」
「この琉球には龍脈という大地の気が流れておりますが、龍脈が乱れると悪いことがおこります。わたくしのお願いというのは、ここで気が乱れているその原因を調べてほしいのです」
イナフク婆は手を合わせました。

「でもどうすればよいのかしら?」
アメ幽霊は首をかしげました。スーティーチャーは腰に手を当てて、海の近くにある森を見つめました。
「ふむ。まずはここがどこなのか、調べる必要があるのう。森の中へ入ってみよう」

森の中へ一歩足をふみ入れたキジムナは、びりびりした感覚が身体に走るのを感じました。キジムナは顔をあげると、森の木に向かって手を伸ばしました。
「うわー!」

「キジムナ、どうかしたの?」
キジムナは、ため息をつきました。
「なんてふところの深い森だろう。ここにはホロホロー森にはない木がたくさんある」
キジムナは目を閉じて深く息を吸いました。豊かな森のエネルギーが、キジムナの体に取りこまれました。

森にはブロッコリーの形のイタジイやウラジロカシやハンノキなどの沖縄の北部で見られる木があります。

スーティーチャーがつぶやきました。
「ふむ。ここは北側かもしれん。だいぶ遠くまで来たのう」
「水の音がするよ」
キジムナたちは、チョロチョロと流れる小さなせせらぎを見つけました。上流へ歩いていくと、ザーッとあたりいちめんに響きわたる音が聞こえてきました。

「滝だ」
目の前に細くて優雅な白い滝があらわれました。滝は岩の間を斜めに走っては折れまがり、斜めに走っては折れまがるのをくり返しています。

七滝

「きれいな滝ね」
アメ幽霊がイナフク婆と滝を見上げました。
「おお……これはまさしく七回軌道を変える七滝じゃ」
スーティーチャーがわなわな震えました。
「ここがどこだかわかったぞ。オオギミのキジョカじゃ!」
「オオギミのキジョカ?初めて聞いた」
キジムナが言いました。
「ムムトゥが住むホロホロー森は南側にあるからのう。オオギミは北側にある地域じゃよ」

キジムナが滝の上をながめると、木と木の間に赤い髪の少年が立っていて、こちらを見ているのに気がつきました。
「あ!」

キジムナが叫ぶと、少年は姿を隠してしまいました。
「待って!」
「どうしたのじゃ?」
「ぼくにそっくりなやつを見つけたんだ!」
キジムナは山の斜面を駆けあがりました。キョロキョロ森の中を見回すと、木の陰に少年を見かけました。少年はちらりとふり返ると、走って逃げてしまいました。
「おーい、待ってくれよ!」
キジムナは急いで追いかけます。

しかし、突然横から飛び出したものにけつまずいて、ドタッと転んでしまいました。
「あいたたた……」
キジムナが起き上がって足元をみると、胸もとがシマ模様でくちばしと足が赤いヤンバルクイナが倒れていました。
「あ!ごめん。大丈夫?」
キジムナが声をかけるとヤンバルクイナは、むくりと起き上がりました。

トゥイ

「キョキョキョ!痛いじゃないか!よくもけとばしやがったな!」
ヤンバルクイナは目を真っ赤にして怒っています。
「悪かったよ。でも、きみが急に横から飛びすから……」
「言い訳するな!」
「わかったよ。ごめんなさい」
キジムナは頭をぺこりと下げました。

するとヤンバルクイナはキョキョキョと笑いました。
「素直でよろしい。気に入った!ところでおまえはだれだ?」
「ぼくはキジムナ・ムムトゥだよ。きみは?」
「トゥイと呼んでくれ」
「トゥイよろしくね」
キジムナはヤンバルクイナのトゥイと握手をしました。

「トゥイ。ここで赤い髪の子を見かけたんだけど、だれだか知っている?追いかけたら逃げてしまったんだ」
「キョキョ。そいつはきっとブナガヤ・ハベルだな」
キジムナは前のめりになりました。
「ブナガヤ・ハベルというのか!どんなやつなの?」

「ブナガヤ・ハベルは無口でぶっきらぼうなやつさ。まわりにだれも寄せつけないから、いつも独りぼっちでいるんだ。おれも何回か話しかけたけど、だめだったよ。でもおれはあいつのこと、根はいいやつだと思っている。ブナガヤが森の木や花を育てたり、水をきれいにするために川を掃除したりするのをおれは見たんだ。ブナガヤは、このヤンバルの森を守っているのさ」

キジムナは目を輝かせました。
「ここはヤンバルの森というのか!ぼくは、この森に初めて入ったとき、いろんな植物や生き物がいるのを感じて、すっごく感動したんだよ。ブナガヤが森を守っているんだね」

「ところで、キジムナ・ムムトゥはどこから来たんだ?」
「ホロホロー森だよ。南の方にある森さ」
「聞いたことがないな」
「トゥイ。ぼくの友だちを紹介するから、いっしょに来てよ」
「キョキョ。いいよ」

ブナガヤ・ハベルは、背の高いイタジイの木の上から、キジムナとヤンバルクイナが話すのをじっと聞いていました。ブナガヤが指をぱちんとはじくと、ボッといって青白い火の玉があらわれました。ブナガヤは火の玉に話しかけました。

ブナガヤ・ハベル

「あいつ……キジムナ・ムムトゥというらしい。どう思う?」
火の玉は答えました。
(おまえに似ているな。あいつに興味があるのか?)
「……あいつが森を荒らさないか心配なだけだ」
(そうだな。しばらく見張っていたほうがいいだろう)


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