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永遠にカメに追いつけないウサギの話(Tip Text)

※このノートは全文無料公開のチップノートです。


 「アキレスと亀」、という話を知っていますか。数学者のゼノンが言い始めた話です。

 せっかくなのでウサギとカメで話しますね。


 昔々のこと、恐ろしく足の早いウサギと、それに比べて恐ろしく足の遅いカメがいました。カメはウサギの10メートル前にいます。よーいどんで同時にスタートしました。当然足の早いウサギはほんの数秒でカメを追い抜いてしまいます。どうやらこのウサギはサボることがどれだけ愚劣なことか知っているようです。

 カメは泣いて悔しがりました。そしてある作戦をたて、ウサギに再戦を申し込みました。ウサギは言いました。
「私は先祖の過ちから学んでいる。私は君の足の遅さに油断することも、自分の足の速さにおごることもない。いくら君が頑張ろうとも、種族の力の差は埋まらないよ」
 カメは言いました。
「それが油断でありおごりだということをわからせてやる」

 カメはウサギにある質問をしました。
「再戦をする前にひとつ、この疑問に答えてくれないか。なに、簡単な話だ。だが私にはどうしてもわからないんだ。
 私と君がもう一度勝負をするとしよう。私が君の10メートル先に立っている。同時にスタートする。君の足は速い。あっという間に私のスタート地点まで来る。だが私も私なりに精一杯走っている。当然、スタート地点よりかはすこしばかり先へ進んでいるだろう。もちろんこの時の私と君との距離は10メートルもないが、それでもまだ決して追いつかれてはいない。
 では。君は私がいた場所にいる。しかし君は足を休めない。少し先にいる私のところへ向かってくる。だがどうだろう。君が私がいた場所につく頃には、やはり私はそこより少し先にいる。
 君が私のいた場所につく頃には、私は少し先にいる。これが無限に繰り返されるのだ。私と君の距離は少しずつ縮まるだろうが、いくら縮まったとしても私は少し先へ進み、追いつかれることも、追い抜かれることもない。
 実際にはそんなことはないだろう。だがいくら考えても、私が君に追い抜かれるはずがないんだ。勤勉なウサギよ、勤労なウサギよ。私に教えてくれ。どうして君は、私を追い抜くことが出来るのだ」

 ウサギはその場に立ちすくんだ。
「すまない。私には難しい問題のようだ」
「そうか、では答えがわかったら教えてくれ。君が考えている間に、私は先にいかせてもらうよ」
「その手にはのらんぞ」
「ちっ」
 ウサギはカメに勝った。しかしなぜ自分が勝つことが出来たのか、ウサギにはわからなかった。

 ずる賢いカメに気をつけよう、という話でした。

 じゃなくて。

 聞いたことがある人もいるんじゃないでしょうか。簡単に言うと、

①相手がいた場所まで行く。
②相手が先へ行っている。

 このサイクルが永遠に、無限に繰り返されてしまうので、追い付くことは出来ないのでは?というお話です。

 当然ウサギがカメに勝ったように、追い付くことが出来ないということはありません。ですが、だからこれは屁理屈だ、という話ではありません。

 この話を作ったのは数学者のゼノンです。ゼノンは意地悪でこんな話をしたわけではありません。ゼノンは「お前ら無限無限って簡単に言ってっけど、お前らの言う無限を許すとこんなことになっちまうぞ?」と、他の数学者に「無限」について問うためにこの話をしたのです。

 実はこれ、今の学校教育での「無限」についても言えることです。おそらく理系に進んだ人は数Ⅲで無限が出てきたと思います。「1/nでnが無限に大きくなると1/nはゼロに収束する。」と聞くと思い出してもらえるでしょうか。確かに1/2、1/3、1/4、……と分母が大きくなると少しずつ小さくなっていく。ですからnが限り無く大きくなれば、確かに1/nはゼロに限りなく近づきそうだです。

 数学を勉強して初めて「無限」という言葉や「限り無く」「∞」ということが言われますが、じゃあ「無限とは?」「限り無くとは?」という説明はされません。数学であるにも関わらず、定義がされていません。

 実はゼノンが先ほどの「アキレスとカメ」の話をするまでも同じように「無限」について厳密な定義や解釈などがほとんど一切されていませんでした。学校で習うときに、というレベルではなく、数学者たちも「無限」をなんとなくでしか扱っていなかったのです。ゼノンは「無限とはなんぞや」と問いかけたのです。

 今の数学では先程の話がいったいどういうことなのか、何がおかしいのか、それともおかしくないのか、きちんと説明できます。が、それについてはさすがに込み入るので、今はやめておきます。


 なんだかごちゃごちゃしてて面白くないと思うでしょうか。しかし、何も無いことを「0」と表現したように、「限りが無い」ということを限りある場所で表現することは、とても面白いと思います。




最期に、無限について学ぶのにいい本を引用して終わります。

「タカムラさん。うん。無限について何かイメージ、おありですか?」
「とくには……」
「『無限』という言葉は知っていますか」
「ええ、まあ」
「じゃ、何か言えるでしょう」
「一番大きい量のことでしょうか」
 なぜか、この答えを聞いてタジマ先生はとてもうれしそうな表情をした。
「それ、それはですね、いちばん愚劣な答えです」
 タカムラさんは少しむっとしたようにも見えた。
「あ、『愚劣』っていう日本語は知っていますか。知ってますよね。と言いますのもね、無限というのは、大小の概念とは別物なんですよ。百よりも一万、一万よりも一億の方が大きい。その果てに、もっとも大きいものとして無限がある。無限というのはまったくこういうものではないんです。無限というのは、数でも量でもありません。少なくとも私はそう思っています。そういう話を、今学期はしてみようと思っています。まあ、今日は研究室を教えたということで、来週からここで講義を開始します」

野矢茂樹(1997年)「無限論の教室」講談社現代新書 p.9-10


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