見出し画像

短編小説「ドウキ」(Tip Text)

※この小説は全文無料公開です。
※有料部分におまけがあります。(詳細は最後に)
※6246字(原稿用紙約16枚)

ドウキ

オキマス


 パラレルワールドと同期していることに太朗が気づいたのは、中学生の時だった。異変のようなものは小学生の頃からあった。前日の話をすると、微妙に話がかみ合わない。友達に勝ったはずのゲームが負けたことになっている。掃除した覚えがないのに机の上がキレイに片付いている。小学校6年生の時には、朝起きたら腕に包帯が巻かれていたことがあった。見に覚えがなく驚いて母親に聞くと、3日前に腕を折ったということだった。太朗には3日前に腕を折った記憶はなく、また昨日の夜まで普通に遊んでいた記憶がある。そんなはずはないと思ったが、確かに今の自分は腕に怪我をしている。この奇妙な現象を何度も親に相談したが、ただの勘違いで済まされた。また以前同様に相談したことも、親は覚えていないようだった。

 決定的なことが起こったのは、中学3年の春だった。その日太朗は一ヶ月ぶりの金縛りにあった。太朗にとって金縛りはよくあることだった。いつも通りじっとして耐えていたが、気づいた時には知らない部屋の布団で横になっていた。そこは友人の家だった。ついさっきまで自分の部屋のベッドで寝ていたはずなのに。
 勘違いや記憶違いで済まされる話ではなかった。自分が瞬間移動したのだと太朗は思った。慌てて友人を起こしそのことを伝えたが、やはりまったく話がかみ合わなかった。友人が言うには一週間前にこのお泊り会が決まり、太朗はその日の夕方からこの家に来ているということだった。太朗は確かにお泊り会の話をしたことを覚えていたが、結局お泊り会はなくなったはずだった。次の日の朝何事も無く母親に「おかえり」と言われ、いよいよ自分がおかしいのだと太朗は思った。


 この現象のきっかけは金縛りだと考えた。太朗は小学生の頃から頻繁に金縛りにあっていた。周りの人と話がかみ合わないのは前日に金縛りにあった時が多かった。金縛りが原因で記憶障害のようなものが起きているのかとも考えたが、過去のことが思い出せないわけではなかった。鮮明に覚えている過去の記憶と、他人から聞く過去が異なることがあるのだ。そしてあの瞬間移動。太朗はこの現象は、「パラレルワールドとの同期」だと結論づけた。

 今いる自分の世界と、平行するもう一つの世界。金縛りをきっかけに2つの世界が同期され、その同期によって自分のこの世界が変化するのだと太朗は考えた。どうやらもう一つの世界の方が主となっているようだった。同期のたびに自分の記憶以外の全て、この世界の過去と現在が、もう一つの世界のものに変化した。同期に気づいているのは、同期前の記憶を持ち続けている太朗だけだった。

 今までその事に気付かなかったのは、この世界の太朗とパラレルの太朗とに大きなズレがなかったからだった。しかしたとえ同じ状況だとしても二人の太朗の行動にはほんの少しのズレが生まれる。そして同期の度に太朗が周りの人とのズレを感じることにより、少しずつそのズレは大きくなった。その結果太朗自身の行動や考えにも大きなズレが生まれることになったのだ。そしてついに「お泊り会に行かない太朗」と「お泊り会に行く太朗」としてそのズレが明確になった。今までは同じ場所で寝ている時に同期がおこっていたが、この時パラレルの太朗が違う場所にいたために、この世界の太朗は友たちの部屋に瞬間移動したと感じたのだ。


 それから太朗は自由奔放に生きるようになった。同期されてしまえば何もなかったことになるからだ。同期に気づいた中学から高校までは普通の生徒として学校に通い、時々遊びに出たり無茶をするぐらいだった。パラレルの自分が大学に行くようになった頃からは、もう学校に通うことはなくなった。誘われるがままに飲み会に行くこともあったが、遠い土地へ旅に出ることが太朗の日常になった。お金の心配をする必要はなかった。湯水のごとく使ってなくなったとしても、困ることはない。お金どころか、何の心配をする必要はなかった。たとえどんなことをしたとしても、そしてそれで警察に捕まっても、全て無かったことになるのだから。金にも法律にも社会にも、縛られることはない。太朗は完全に自由になった。


 ある日、太朗は同期で自分の部屋に戻った。パラレルの太朗は年の割にはとても出世しているらしく、立派な部屋に住んでいる。太朗もこの部屋を気に入っていた。ふと机の上に目を向けると「殺人計画」と書かれたノートを見つけた。ノートを開くとそこには「田中次郎を殺す」という一文とともに、田中次郎という人物の個人情報、習慣、よく行く店などが書かれていた。太朗はパラレルの自分の行動に少し驚いたが、鼻で笑ってそれを床に投げた。田中次郎が誰だろうと、自分には関係ない。もはや自分自身が誰であるかも太朗には関係ないのだ。太朗はどうしてパラレルの自分が田中次郎を殺そうと思ったのか少し興味がわいたが、すぐにどうでもよくなった。ベッドに横になり、明日からは何をしようか考えながら眠りについた。

 昼過ぎに起きると、部屋が寝る前と少し変わっていることに気づいた。どうやらまた同期がされたようだった。太朗は車を運転している時に同期されたことを思い出し、いつもこんな風に寝ている時に同期してほしいものだと思った。今度は車で行けるところまで行ってみようと考えた太朗は、パソコンでとりあえずの行き先を調べることにした。机の上にはパソコンと、昨日見たノートが開いて置いてあった。昨晩のうちにまた書き加えたらしかった。せっかくだから、この田中というやつに会いに行くのも面白いかもしれない。俺が直接「お前を殺しに行く」なんて言うのもいい。そう思い、太朗はノートを詳しく読むことにした。
 そこには殺人計画が書かれていた。メールで田中を誘い、睡眠薬を飲まして殺し、山に埋めるというものだった。とても陳腐な計画だと思った。こんな計画じゃすぐに捕まる。たとえどんなに綿密な殺人計画をたてたとしても捕まってしまうことを太朗はよく知っていた。パラレルの自分はまじめに働いているようだが、頭はそれほど良くないようだ。殺人なんかして、捕まってしまったらどうするんだ。

 そこで太朗は気づいた。もしパラレルの自分が捕まってしまったら、そしてそれが同期されてしまうと、自分はどうなるのだろうか。
 これはやばい、と太朗は思った。おそらくこのままいけば、パラレルの自分は田中という人間を殺し、そうなってしまえば確実に捕まることになる。それが同期されてしまえば……。殺人罪で捕まるとなると、一体何年牢獄で過ごすことになるのか。以前捕まった時は一週間で同期されて外にでることが出来た。もし同期がなければ、それが5年か10年か。太朗にはわからなかったが、何年だろうとそんなことは勘弁だと思った。何でも出来ると言っても、いくらなんでも牢獄から抜け出すことは無理だろう。たとえ抜け出すことが出来たとしても、同期されればまた牢獄に戻ることになるのだ。なんとしても、パラレルの自分に殺人を辞めさせなければならない。

 その日から太朗はパラレルワールドとの同期についてもっと詳しく調べることにした。彼の殺人をやめさせるにはどうにかしてパラレルワールドに干渉するしかないからだ。しかしこちらの世界で何をしても、同期されるとそこは彼の世界のものになっていた。同期されてしまえばなかったことになる。そんなことはこれまで幾度と無く経験してきたことだった。パラレルワールドに干渉するのは不可能のように思えた。

 太朗は、もう彼に殺人をやめさせるのは無理かもしれないと思うようになった。それならばいっそ彼が捕まってしまうまで、これまで以上に好きなことして生きたほうがいいかもしれない。もしかしたら牢獄からも簡単に抜け出せるかもしれない。脱獄でさえ何度でも挑戦できるのだから。ここまでのリアル脱出ゲームを出来るやつは自分以外にはいないだろう。それまではもっと自由に暮らし、時々脱獄について調べてみよう。太朗はそう考え、パラレルワールドに干渉することを諦めた。


 太朗がパラレルの自分の殺人計画を止めることを諦めてから2週間が経った。あれから2回の同期があったが、殺人計画は特に大きな変化はなく、しかしやめるつもりもないようだった。太朗は自分がいつ勝手に牢獄に閉じ込められるか心配になりながら生活した。3回目の同期の後、太朗はいつもの部屋にいた。太朗は殺人計画の進み具合を知るために自分の机に向かった。机の上には計画が書かれているノートと、もう一つ別のノートが開いた状態で置かれていた。その見開きのページの真ん中には大きく「太朗へ」と書かれていた。太朗は一瞬それを、パラレルの自分に宛てられた手紙だと思った。しかしノートに書かれていることを不思議に思い、気になった太朗は中を見ることにした。ページをめくると、そこにはパラレルの自分からこの太朗へと宛てたメッセージが書かれていた。



「太朗へ。

 お前は俺のことを一切知らないが、俺はお前のことを誰よりもよく知っている。いやそもそも、お前のことを知っているのはこの俺以外にはいないだろう。
 お前はあの金縛りを、パラレルワールドとの同期だと考えている。お前の記憶以外の全てが、俺の世界のものに上書きされると。その通りだ。だが同期されるのはそれだけではない。俺の世界にも、お前の世界の一部が同期されている。それはお前の記憶だ。俺は同期の度に、お前の記憶を共有している。そして俺は俺の記憶とパラレルワールドのお前の記憶、2つの記憶を持つことになる。俺の場合は上書きではなく、名前をつけて保存というわけだ。

 俺も幼いころはお前のように悩んだ。お前は自分の記憶と周りの記憶のズレで悩んでいたが、俺は自分の中にある2つの記憶のズレという悩み、そしてお前自身の悩みの記憶にも悩んでいた。お前の記憶は全て俺の記憶にもなるからだ。俺はお前の考えた『パラレルワールドとの同期』という記憶を同期して、この同期について理解した。
 それからお前は遊び呆けるようになった。そのことは俺にとっても楽しいことだった。言わば人生が2倍に、2重になったんだ。俺はまじめに勉強しつつも、お前の遊ぶ記憶を同期することでその遊びを体験することが出来た。俺は周りから優等生のように見られていたが、本当は誰よりも遊んでいた。お前が誰よりも遊んでいたからだ。俺はお前のおかげで遊びについても理解できた。だから俺は真面目でもただのガリ勉とは見られず、学校中から信頼を集めることも出来たんだ。二倍の人生経験を活かすことで、俺の出世も早まったんだ。

 だがお前は段々とこの同期による現象を悩み始めただろう。お前にとってこの同期は何をしてもなかったことに出来る、まるで魔法のようなものだ。だが魔法とは違う。この同期は本当に何をしたとしても、何もかも、なかったことになってしまうんだ。それはお前の周りの人に対してもそうだ。
 幼いころ、俺とお前のズレはほとんどなかった。だが大きくなり、それぞれ同期について理解もした。高校になる頃にはもう全くの別人になった。別人であれば別の行動をとる。そうなると当然、お前とお前の周りの人との関係と、俺と俺の周りの人との関係も変わったんだ。だがお前の場合、同期されてしまえば周りの人の記憶は全てなくなり、俺の世界での記憶に変わる。お前が築いてきた周りの人との関係は全て俺のものに取って代わるんだ。お前はそのことに悩み始めた。同期された後お前の前に現れる家族友人達は全て、お前が知らない人だからだ。その人達はお前に対して親しみを持って接してくるだろうが、お前はどうしても知人だとは思えなかった。お前の知るお前の家族友人達は、もうそこにはいないのだから。お前を知るものなど、誰一人として存在しないんだ。お前は、ずっと一人ぼっちだ。誰かと関係をもつことも、誰かに何かを与えることも出来ないんだ。お前は友情だけじゃない。お前には努力も、勝利も、何一つ無いんだ。

 お前の気持ちはわかる。なんせ俺はお前の記憶を全て共有しているんだから。おかげで俺は、悲しみについても理解することが出来たよ。

 それからお前は学校にもいかなくなり、旅に出るようになったんだ。自分を知る人に会わないために。会ったことがある人に会わないために。同期で俺の場所へ戻る度に、お前はどこかへ行こうとした。だがそれも少しずつ無理が出てきた。お前は自分の中の悲しみを誤魔化しきれなくなった。そしてお前は、あろうことか自分の、いや俺の家族を殺したんだ。
 俺は、お前が、俺の家族を殺したところを、今でも覚えている。忘れたくても忘れられない。お前は俺の家族を、誰だがわからずに、魂の入っていないサンドバッグのように殴り殺したんだ。その時の感触を、殴ったはずのないこの拳が覚えている。俺は自分の家族を自分で殴り殺したんだ。お前が、お前が殺したんだ。お前が殺したはずなのに、ただただ自分の家族の形が変わるのを、お前は何も考えずに見ていたんだ。俺は止めたくても止められなかった。俺が見ていたのはお前の記憶だったんだから。止められるはずがなかった。それでも俺は、自分の拳を必死で止めようとした。それなのにお前は、人の家族を殴り殺しながら、何も考えていなかったんだ。
 お前はその後、何もなかったように、いつものように出かけていった。もしかしたらお前は、自分が何をしたのか、自分でもわかっていなかったのかもしれない。そして同期がおこり、お前の目の前に家族はいつもの様に現れた。今のお前はもうその時のことを覚えていない。だが俺は覚えている。今でも、なかったはずのことを思い出す。俺はこの手で家族を殴ったことなど一度もないはずなのに、ありもしない過去を思い出すんだ。俺は、この人達を殴り殺したのだと。

 それからお前は、本当になんでもやるようになった。俺の家族を殺して、たがが外れたんだろう。強盗も、強姦も、ひき逃げも、人殺しも、ありとあらゆる罪を犯した。それまではせいぜい万引き程度で、お前はお前なりに、人に気を使っていた。何もなかったことになるとはいえ、お前は人を傷つけることを嫌っていたんだ。人を傷つけることで、自分が傷つくように思っていた。そうだ。お前はいつも、お前自身のことが大切だったんだ。俺が殺人を計画していることを知った時も、お前は殺される人を救うためにではなく、自分自身のために、俺の殺人を止めようとしたんだ。
 あの殺人計画は嘘だ。だが誰かを殺そうとしたのは本当だ。俺はお前を殺そうとしたんだ。俺はわざと偽の殺人計画をお前に教えた。案の定お前もパラレルワールドについて調べた。だがお前の記憶を使っても、結局何も出来なかった。パラレルワールドへの干渉も、同期の仕組みを変えることも出来なかった。そしてお前はまた、俺のことを無視して何かしようとしている。

 もう限界だ。俺はお前のやることに耐えられない。お前の記憶に耐えられない。お前のやること全ては、俺の記憶として残り続けているんだ。お前は俺の世界を平気で壊していく。お前が唯一関われる人間はこの俺だけだ。それなのにお前は、唯一のこの俺を苦しめ続けている。もううんざりなんだ。お前の世界は、ただの俺の予備だろう。お前はただのバグなんだよ。誰とも関われないお前に生きる意味なんてないんだ。お願いだ。頼む。俺のために死んでくれ。」



 太朗はパラレルの自分からの手紙を読んだ。それは自分を知る人からおくられた、久しぶりの言葉だった。



 それから太朗は、身近な人を殺しまわるようになった。何度も、何度も。


※小説はここまでです。
※おまけとして有料部分にあとがきと、構想時のメモのようなものをつけておきます。メモの部分は考え途中のもの、変更前後のもの、没になったものなどがごちゃごちゃになっているので、雰囲気だけ味わってもらえればと思います。
※質問などありましたらコメント欄に。
※スキまたはチップ、大歓迎です。大喜びです。


ここから先は

3,420字 / 2画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?