謎の罵声と祖母の霊

私のマンションに彼が転がり込むという形で同棲し始めて、すぐに喧嘩が絶えなくなった。同じ部屋で一緒に寝ていたのはせいぜい3カ月ほどだっただろうか。ほどなくして、お互いのいびきや起床時間を理由に、別々の部屋で寝起きするようになった。
彼は無職だったため、昼過ぎに起きるという昼夜逆転の生活を送っていた。私が彼の仕事に関して何か言おうものなら、すごい剣幕で怒るため、怖くて何も言えなくなっていた。同棲生活が崩壊するのはこんなところからなのだろうと、38という年齢にもなって初めて知ることとなった。
私自身はというと、週3~4日ほど仕事をしており、そんなときは朝8時には起きる生活を送っていた。そのため、遅くても深夜2時には寝たいところだったが、ある夜、深夜3時ごろから彼の部屋から不穏な声が聞こえることに気が付き始めた。
パソコンのキーボードを力任せに叩きながら、
「バカ野郎!」
「なんでこんなことになった!」などといった叫び声が聞こえた。
もはや、愚痴をこぼすというレベルではない。その物音と、彼との将来が見えなくなった不安感からか、私は極度の不眠症に陥っていた。

私が食事を作ると文句しか言わない為、自然と夕飯を作るのは彼の役目になった。男めし全開な食事にウンザリし始め、食欲も徐々に減退していった。
彼はいつも
「どう?美味しい?」
と評価を求めたがり、仕方なく「美味しい」と答えると、そればかり作ろうとするところにもうんざりさせられた。
「不味い」と言ったことは一度もないが、料理の腕に関しては異常なほど自信を持っていたから、万が一言っていたらと考えると恐ろしくて仕方がない。
あるとき、夕飯時にどうして深夜にブツブツ言いながらパソコンを叩いているのか聞いたことがあった。
すると彼は真顔で
「え? なんのこと?」
と言った。何度聞いても「知らない」「何かの聞き間違いじゃないか」の一点張りだった。
確かに私は耳がいいが、それにしたって、空耳というレベルではなかった。
その日の夜も確かに彼の部屋から
「うるせえ!」
「どいつもこいつもうぜえんだよ!」
いつも以上にレベルアップした罵声が聞こえてきた。

何かに取りつかれているのだろうか…。私は彼に内緒で占い好きの友人から薦められた占い師の元を訪ねることになった。
本当は、こんなときは霊能者にみてもらったほうがいいのかもしれないが、尊敬する美輪さん、江原さんの話によると、本物の霊能者はほんの一握りらしい。だから占い師、というのも変な話だが、理論に基づいて彼との将来に展望はあるのか、みてもらうだけでも十分だと思っていた。

占い師の女性には、彼の生年月日を伝えた。そのときには非常に穏やかな表情だったが、今どんな生活を送っているかという話に及ぶと、彼女の顔が強張ってきた。
「この彼、酷い! 昼夜逆転だし暇さえあればパチンコしている…」
「え? 分かりますか?」
そして、将来彼がやりたいと思っている事業のこと、それを私にも手伝わせようとしていることを告げると、彼女はブルブルと震えて
「とにかく別れなさい! 事業なんてできっこない。最悪の男だわ」
「え?」
最初の穏やかな表情は嘘のように怒りに満ち溢れていた。
「男として最悪だわ。……ごめんなさい、なんだか無性に腹がたって…。とにかく早く別れるのよ!」
私は怖くなり、逃げるように占い師の店を出た。

もちろん、占い師の話は彼には言わなかった。しかし、時折、彼は夕飯時に「自分ばかりが家事をしている」などと、感情を爆発させるようになった。
“無職の上、家事は夕飯を作るだけ”。そんな彼にすっかり愛想を尽かし、耐えきれなくなった私は、ある日の夕飯時に出ていってくれるように静かに話した。
彼は一瞬ビックリした表情をしていたが、すぐに「わかった」と言った。
それからは、夕飯も別々にとるようにし、あと1カ月で出ていってもらうように伝えた。
何度か「もう少し延ばしてくれないか」などと懇願されたが、彼の目を見ずに、「無理」と冷たく伝えた。

出ていく日まであと1週間という頃、急に彼は、深夜に私によく似たおばあさんが枕元に立ち、自分の首を絞めるという話をし始めた。
「この家、絶対なんかいるよ。一人で大丈夫?」
などと言うようになった。
まさか心霊現象を言い訳に長く居座るつもりじゃ、と疑心暗鬼になった私は、「約束は約束。1週間後に出ていってよね」と冷たく言い放った。
もし、彼の話が本当であれば、きっと母方の祖母が心配して出てきてくれたのだろう。祖母は祖父から今でいうDVのような暴力を受けていたらしいから、私に同情してくれたに違いない。約束通り、彼は出ていってくれた。
しばらく携帯メールでのやりとりは続いていた。私の家を出てからというもの、ウィークリーマンションを転々としていたらしい。ちなみに、そのおばあさんの霊も行く先々で律儀についてきて、毎晩耳元で何かをささやくそうだ。そのせいでずっと不眠状態だという。私は心の中で「ざまあみろ」と笑った。

#2000字のホラー


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