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ジョーダン・ピール

2月21日、Amazonプライムビデオで『ナチ・ハンターズ』の配信が始まった。

これは1977年のアメリカが舞台のドラマ。
ユダヤ人によって結成された暗殺チーム“ハンターズ”が、国内に潜伏するナチスドイツの元軍人を殺していくという攻めた内容の作品だ。

『ナチ・ハンターズ』の製作総指揮を務める男こそが、私の大好きなジョーダン・ピールである。

○ジョーダン・ピールとは

ジョーダン・ピールはアフリカ系アメリカ人の現在41歳。
コメディアンとしてキャリアをスタートした彼は映画監督の道へと進んだ。
初めて監督を務めた映画『ゲットアウト』がいきなりアカデミー賞脚本賞を受賞すると、2作目の『アス』も成功を収め、映画監督としての地位を確立した。

また、スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』の製作に関わり、2020年公開予定の『Candyman(原題)』の脚本及び製作を務めることも発表されている。

そして今回、『ナチ・ハンターズ』で長編ドラマの製作にも挑戦し、今や映像メディア界における超重要人物へと成り上がったのだ。

ジョーダン・ピールがどんなジャンルの作品を撮るのかと言うと、ホラーやスリラー、バイオレンスといった要素を含むものが多い。
その上でコメディであり、社会問題を風刺することも忘れない。

『ゲットアウト』がゴールデングローブ賞の【コメディ・ミュージカル部門】にノミネートされた際には、「『ゲットアウト』はドキュメンタリー映画だ」と発言したこともある。
脳みそを取り外すシーンが出てくるドキュメンタリー映画なんてねーよ!とツッコミたくなるが、この作品は彼自身が感じてきた空気を描いていることは明らかで、ドキュメンタリー映画だと言われればドキュメンタリー映画だと言えなくも無い。

今回はそんなジョーダン・ピールの魅力について紹介させてください。

ジョーダン・ピールの魅力① 恐怖と笑いの融合

ジョーダン・ピールの作る映像は強烈に人を惹きつける。

SNSの広告に流れてきた『ゲットアウト』の予告動画を観た私は、一瞬でこの映画の虜になってしまった。
庭を全力ダッシュする黒人、ソファーに座って号泣する黒人、そして「ノー、ノー、ノー」と繰り返す謎のおばさんなど、かつて見た事のないセンセーショナルな恐怖映像にゾクゾクしたのを覚えている。

そのゾクゾク感とは決して不快なものではなく、不思議と笑顔になってしまうような、いわゆる「笑えるくらい怖い」といった感覚だ。

ジョーダン・ピールは、ホラー映画の緊張感を笑わせるための手段として使っている
彼の作品づくりの根幹にあるのは“笑い”だ。

私はホラー映画をよく観るが、ホラー映画の良し悪しを思い返すと、笑えるかどうかが重要なポイントであることに気づく。

エルム街の悪夢』、『ヴィジット』、『ドント・ブリーズ』は笑いながら見た記憶があって、とても好きな映画だ。
逆に『エクソシスト』、『クワイエット・プレイス』、『it(リブート版)』は笑いどころが掴めず、イマイチ楽しめなかった印象がある。
ホラー映画は恐ければ良いという話ではない。

自身もホラー映画ファンを公言するジョーダン・ピールは、緊張感を使った笑いの取り方を完璧にマスターしているのである。

また、バイオレンス描写においても遊び心を忘れてはいない。
私が注目しているのが、彼の作品にしばしば登場する“独特すぎる武器”だ。

『アス』では家族4人がそれぞれ特徴的な武器を手にして戦う。
父は金属バット、母は暖炉の火かき棒、姉はゴルフのドライバーを使う。
だが、弟の武器だけはアメジストなのだ。
全く意味がわからないけれど、殺傷力は結構あった。

『ゲットアウト』には鹿の剥製の角で身体を突き刺すシーンがある。
それも好きだが、特に私が気に入っているのが、カチカチのカラーボールみたいなもので頭をぶん殴るシーン。
もはや名称も分からない武器が登場してしまうところがジョーダン・ピールの懐の深さを現している。

ジョーダン・ピールの魅力② マストでどんでん返し

映画を観ていて、どんでん返しほど興奮するものは無い。

伏線を張り、きちんとそれを回収するだけで面白い作品が作れることは、『カメラを止めるな!』が証明したところである。

ジョーダン・ピールもどんでん返しに重きを置く監督であり、彼の作品における現在のどんでん返し率は驚異の100%を誇っている。

これは、あのどんでん返しに取り憑かれた狂人M.ナイトシャマランも真っ青の数字である。(※『アフターアース』で“鳥が助けに来てくれる”とかを伏線回収とカウントするなら、シャマランのどんでん返し率も負けてはいない。)

しかも、ジョーダン・ピールのどんでん返しはスケールがデカい。

『ゲットアウト』、『アス』の両作品とも、誰も思いつかないような(それこそギャグみたいな)どんでん返しが用意されている。

一見ふざけた脚本に見えるが、実は伏線の張り方と回収の精度が非常に高いことに驚愕する。

このギャップこそがジョーダン・ピールの武器なのだ。

また、彼のどんでん返しはドラマにおいても例外なく発動した。

『ナチ・ハンターズ』でもガンガン伏線を張っていくのだが、いかんせん全10話のうち9話をフリに費やしてしまうので、途中まで割と退屈だった。
見始めちゃった人は、ちゃんとご褒美が待っているので我慢して最後まで見てほしいものだ。

ジョーダン・ピールの魅力③ 巧みな社会風刺

パラサイト〜半地下の家族〜』が大ヒットしている。
韓国における貧富の差を強烈に風刺したこの映画は、経済格差が広がる世界中で共感を呼び、高い評価を得た。

万引き家族』や『ジョーカー』など、今や“経済格差”が映画界のトレンドであることは間違いない。

実はジョーダン・ピールも『アス』で経済格差を風刺している。

だが、彼は直接的に貧困に苦しむ人物を描いてはいない。
幸せに暮らす人の反対に貧困で苦しむ人がいることを、もう一人の自分(=ドッペルゲンガー)を使って表現したのだ。
なんてオシャレなんだろう。

『ゲットアウト』は“黒人差別”がテーマだ。
これは『ムーンライト』がオスカーを取った時のように、経済格差の1つ前のトレンドだった。

この作品でも、ジョーダン・ピールは見事な風刺の表現を見せる。

差別がテーマだが、この映画の中で黒人が白人から罵倒されるようなことはない。
むしろ、白人が黒人を褒め称えてくる
「私は黒人が好きだからオバマに票を入れたよ」などと言ってくる者もいた。

だが、その空気を黒人の主人公は嫌がり、結局は白人が黒人のことを見下しきっているということが発覚する。

これは、黒人であるジョーダン・ピール自身が味わってきた世間の空気を見事に風刺してみせたものである。

また、『ナチ・ハンターズ』のメッセージ性を読み解くのも面白い。

ナチスをテーマとした映画は数多く存在する。
例えば、クエンティン・タランティーノは『イングロリアス・バスターズ』で自分の好きなようにヒトラーを血祭りにしたし、タイカ・ワイティティは『ジョジョ・ラビット』で子供の目を通じてユーモラスにナチスの異常性を表現した。

彼らのように、このテーマでは戦時中の出来事を描くのがセオリーだ。

だが、ジョーダン・ピールが『ナチ・ハンターズ』で用意した舞台は、戦後20年以上経ったアメリカである。

敢えてこの時代を選んだ理由を考えてみると、白人至上主義と彼らが当選させたトランプ大統領への批判が込められているように思える。

1977年における隠れナチスを描くことにより、現代においても変わらずナチスの思想や、それに似た排他的な思想が生きていることを示唆しているのかもしれない。

ドラマの中で架空のクイズ大会が開かれるシーンがある。
このクイズ大会の問いは、「なぜユダヤ人は嫌われているのか?」である。
「傲慢だから」「欲張りだから」「キリストを殺したから」などと一通り差別的な回答が飛び交ったあと、最後の回答者が「ユダヤ人だから」と答える。
そして、司会者が視聴者に問いかける。

「今度は皆さんもこのクイズに参加してみませんか?ほら、あなたの近くに得意な人がいるでしょう?」、と。

コメディアンのジョーダン・ピールらしい方法で、アメリカ社会に排他的思想が根強く残っていることを訴えた強烈な風刺だ。

○『ナチ・ハンターズ』の不人気

以上、ジョーダン・ピールの魅力についてつらつらと書いてみたが、最後に伝えたいことは『ナチ・ハンターズ』が不人気であるということだ。

新型コロナウイルスが蔓延し、自宅で行える娯楽へのニーズが高まっている。
それは動画ストリーミングサービスの視聴者が増えることに繋がるはずだが、『ナチ・ハンターズ』はFilmarksにおいて100件のレビューしか投稿されていない。(3月11日現在)

ちなみに、同時期に配信が始まったNetflixの『FOLLOWERS』は1664件、『ノット・オーケー』は2280件のレビューが寄せられており、不人気が顕著に現れている。

女優を目指すイマドキ女子役の池田エライザを見たいのも分かるけど、元女優の隠れナチスがウ○コを食わされる『ナチ・ハンターズ』も是非見てください。

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