中身のあるカンフー映画『イップ・マン』
2020年7月3日、『イップ・マン 完結』が公開された。
イップ・マンシリーズは、2008年制作の『イップ・マン 序章』から始まり、『イップ・マン 葉門』、『イップ・マン 継承』、『イップ・マン 完結』の全4作からなるカンフー映画である。ちなみに原題は『イップマン1〜4』と表記されているのにも関わらず、邦題が見る順番を難解にしてしまっている。しかもキャストが全然違うイップマンも存在し、かつて私も間違えてDVDをレンタルしてブチ切れたことがある。
ブルース・リーの師匠として知られるイップ・マンの生き様を描いた作品で、主演はドニー・イェン。彼は『ローグ・ワン』で盲目の棒使いチアルート・イムウェ役を務めたことでも有名な俳優だ。
『イップ・マン 完結』は2019年に制作された作品だが、国内の配給が遅れて2020年の公開となった。公開週に劇場へ足を運んだところ、私と同じくシリーズの結末を待望していたファンによって小規模な映画館ながら(1席飛ばしての)満席となっており、熱気にあふれていた。
イップ・マンシリーズはレビューサイトでの評価も高く、Filmarksではシリーズ4作の全てが3.9点以上のスコアを叩き出している。
なぜ、イップ・マンシリーズはここまでファンから愛されるようになったのであろうか。
私は大きく分けて2つの理由があると考えている。
イップ・マンシリーズ人気の理由①
〜質の高いアクション〜
『イップ・マン』シリーズは純粋にアクションシーンがめちゃくちゃ面白い。
正統派カンフー映画の雰囲気を保ちながら、ワイヤーアクションや早回しを使うことも恐れず、面白く見せるために手段は選ばない。
ウィルソン・イップ監督が生み出すアクションの演出は刺激的であり、彼の作品づくりの情熱にドニー・イェンをはじめとする俳優陣もしっかりと応えている。ドニー・イェンも監督を褒めちぎっており、「最も過小評価されている監督だ」と語っている。
この記事では、そんな各作品において最も興奮するアクションシーン「ベスト・アクション」を挙げていこうと思う。
イップ・マンシリーズ人気の理由②
〜現代人に響くメッセージ〜
ここで、これまでのカンフー映画のことを少し思い返してみよう。
ブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』では、復讐を果たしたブルース・リーが警官に囲まれて大人しく逮捕に応じるかと思いきや、アチョー!とか言いながら飛び蹴りを放って幕を閉じる。
ジャッキー・チェンの『プロジェクトA2』では、唐突に巨大な看板が倒れてきてジャッキーの脳天に直撃して終わる。
そう、語弊を恐れずに言うと、昔のカンフー映画には中身が無かったのだ。
最近のカンフー映画を見てみても、キアヌ・リーブスが意欲的なカンフー映画を撮っているが、あれも犬を殺されて怒っているだけだし。
そんな「カンフー映画に中身なんていらない」という常識を打ち破ったのがイップ・マンだ。
このシリーズには各作品にテーマが定められており、観る者にメッセージを訴えかけてくる。
しかも歴史に基づく物語でありながら、そのどれもが現代人の心に響くメッセージなのだから驚きだ。
アクションシーンだけでなく、各作品のテーマとメッセージについても書いていこうと思う。
『イップ・マン 序章』(2008年制作)
あらすじ
イップ・マンシリーズの1作目。1935年の仏山市は武道が盛んであり、武道家たちが腕を競いあっていた。詠春拳の達人であるイップ・マンはその実力をひけらかすことなく、謙虚な姿勢で平穏な生活を送っていた。
そして1937年、日中戦争が勃発。仏山市は日本軍に占領され、イップ・マンと仲間たちは貧しい生活を余儀なくされる。統治者のトップである三浦将軍(演:池内博之)は空手の達人で、中国の武道家を道場に集めては競い合わせていた。ある日、道場に乗り込んだ仲間がいくら待っても帰ってこないことを不審に思い、自ら三浦将軍のもとに乗り込むイップ・マンであったが…
〜ベスト・アクション〜
イップ・マンvs10人の空手家
私が選ぶベスト・アクションは三浦将軍との決闘ではなく、道場で空手家10人と闘うシーン。このシーンの何が凄いのかと言うと、ドニー・イェンの怒りの演技だ。
今後のシリーズで息子を誘拐されたり、強烈な人種差別にあったりと悲惨な目に遭いまくる彼だが、思い返してみてもイップマンがこのシーンより怒ったことは無かった。
中国の武術家と手合わせをする際は寸止めを信条としていた彼が、このシーンでは容赦なく相手をボコボコにするのだ。しかもそのバイオレン描写もなかなかのもので、手足の骨をボキボキに折ったり、既に再起不能となった男の顔面を執拗に殴り続けたりもする。
ドニー・イェンの演技の幅には感心するし、心静かな男がここまで怒り狂うことで植民地化への強い抵抗心が感じられる重要なシーンだ。
〜メッセージ〜
「反戦」
この映画のテーマは「反戦」だ。
温かみのある前半と、暗く冷たいタッチの後半のコントラストが強く、戦争によって生活がどのように変化するのかをセンセーショナルに描いている。前後半では映画の雰囲気が『フロム・ダスク・ティル・ドーン』くらいガラっと変わる。
日本軍による侵略戦争は、日本人にとって耳の痛い話だ。また、中国の作品でその残虐さをあまりに誇張されると「嘘だろ」と思ってしまう節もあるし、恨み合いの火種となってしまう危険性もはらむため取り扱いの難しいテーマだ。
この映画ではその塩梅が絶妙だ。大暴れする日本軍兵士が一人いるのだが、そいつが悪いことをするたびに三浦将軍がしっかりと叱り付ける。中国人に対する扱いは国民性によるものではなく、戦争が引き起こすものだと位置づけられており、日本人や空手に対するヘイトは感じられない。
反戦への想いを誰かを敵にすることなく表現している見事な脚本だ。
イップマン 葉門(2010年製作)
あらすじ
1949年、仏山市から香港へ渡ったイップマンは、生活のために武館を開くことに。その実力で門下生を少しずつ増やすことに成功するも、香港の武館の掟に直面する。様々な門派の元締めであるホン(演:サモ・ハン・キンポー)から、ここで武館を開くには試験を受けるように告げられる。
一方、中国人と英国人の親睦を深めるためにボクシング大会が開催されようとしていた。しかし、イギリス人ボクシングチャンピオンのツイスターは中国人に対して侮辱的な態度をとり…。
〜ベストアクション〜
イップマンvsサモ・ハン・キンポー on the 机
サモハンとの机上アクションが2作目のベストアクションだ。と言うより、このシリーズで一番好きなのがこのシーンだ。
ここまではリアル志向で撮られてきたアクションが、このシーンでは一気にファンタジーの世界に飛ぶ。「机の上から落ちたら負け」というルールのもと、イップマンは2人の師範を倒して満を辞してサモハンが登場。ここからは見えないワイヤーが見える時間だ。
サモハンとドニーイェンが打ち合い、宙を舞い、回転する。サモハンがまだ動けるぞ!と主張する。これだけで感動するが、最大の見どころはドニーイェンの十八番である高速パンチとそれをさばくサモハンのシーンだ。こんなに興奮するアクションは未だかつて無かった。面白いものを撮るために手段は選ばないというウィルソン・イップ監督の姿勢に感謝。ただただ最高だと叫びたい。
〜メッセージ〜
「人類みな平等」
イギリス人ボクサーのツイスターは中国武術を下等と主張し、執拗に挑発を続ける。さらにサモハンとツイスターの闘いによって限界まで怒りを増幅させる。そんなツイスターにやり返して誇りを取り戻すまでが普通の映画だろう。
しかし、イップマンはその先を行く。「人は生まれや貧富の差によって差別されるべきでなく、みな平等であるべきだ」と主張するのだ。福沢諭吉かよ。あれだけ悪行の限りを尽くしたツイスターを倒したら「ざまぁ見ろ!」「中国武術こそ神!」と叫んでも許される状況で、そのように主張することで説得力が桁違い跳ね上がった。
前作に引き続き、ただ誰かを傷つけて終わることはしないんだというポリシーを感じた。
イップマン 継承(2015年製作)
あらすじ
1959年、香港は好景気に沸く一方治安が悪化していた。不動産王であるフランク(演:マイク・タイソン)は開発のために学校を潰そうと画策。イップ・マンと門下生は自警団となりマフィアと対立をする。さらに正統な詠春拳を巡る決闘にも巻き込まれて多忙を極めるイップ・マン。そんな中、激動の時代を共に生きた妻が病魔に襲われて…。
〜ベスト・アクション〜
イップ・マンvsタイ人 in エレベーター
3作目はマイク・タイソンとの3分間耐久ボクシングに詠春拳vs詠春拳と見どころが多いが、私が紹介したいのはタイ人との戦いだ。
これは中国人の誇りのために戦い続けてきたイップマンが、家族のために戦うことを誓ったあとのアクションシーン。ウィルソン・イップは「なんのために戦うのか」を重視する監督だと言われているとおり、このカンフーは優しさに溢れている。
妻と乗っているエレベーターに乗り込んできたタイ人の格闘家が襲いかかってくるのだが、イップマンは嫁に攻撃が当たらないように立ち回る。
そしてエレベーターから追い出すと、「私に任せなさい」と言わんばかりの背中を嫁に見せて、扉を閉めるのだ。痺れる。
その後、エレベーターが1階に到着するまでにタイ人を再起不能にして、しかも逃がす。「倒しといたよ〜」と気絶したタイ人を見せつけても良いと思うが、もう二度と妻にストレッサーを見せまいとする配慮が見られる。まさに『イップマン 序章』のベストアクションに挙げた怒りのアクションと真逆の優しいアクションを表現しているのだ。
〜メッセージ〜
「家族愛」
『イップ・マン 継承』のテーマは「家族愛」だ。先に述べたように、イップマンはこれまで中国人の誇りや地域の平和のために戦ってきた。しかし、この作品では家族のために戦うことを決断する。
一見、大きな目標のために戦うことが重要に思えるが、家族こそが生きる上で最も重視すべきことなのだと教えられる。怒りに溢れていた過去2作と比べるとマイルドな作風で、温かい気持ちで見られる映画になった。
終盤のイップ夫婦の姿には、思わずこみ上げるものがあった。カンフー映画に泣かされることになるとは…。
イップ・マン 完結(2019年製作)
あらすじ
1964年、当時のサンフランシスコは華人が中華街を形成し、アメリカ社会に溶け込もうとしていた。息子の留学のためにアメリカに渡ったイップ・マンであったが、弟子のブルース・リーが他の人種に拳法を教えていることを批判され中華街の師範たちと対立してしまう。
一方、アメリカ海兵隊では中国武術が近接戦闘において有効だとする考えが芽生えたが、鬼軍曹バートンは空手が最強の武術だと主張し執拗な“中国潰し”を始める…。
〜ベストアクション〜
ブルース・リーのストリートファイト
最後の最後で、ベストアクションには本筋と関係のないシーンを挙げたい。それは言ってしまえばただのブルース・リーのモノマネのシーンだ。
イップ・マンシリーズに登場するブルース・リー役を演じるのはダニー・チャンという俳優。彼はあの『少林サッカー』でブルース・リーっぽいゴールキーパーを演じた人物だ。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にも良い感じのブルース・リーが登場したが、このブルース・リーもえげつない再現度を誇る。
あくまでもこの映画の主人公はイップ・マンであり、脚本上ブルースがアクションをする必要は全くない。
しかし、無理矢理空手家がブルースに喧嘩を売ってくれて、なんの関係もない戦闘シーンを見ることができるのだ。
しかも、その内容がサービス精神旺盛だ。まず、敵の空手家がめちゃくちゃタフ。ブルースにいっぱい決め技を出させるために打たれまくってくれる。
さらに、敵が何故かヌンチャクを所持してくれている。そして簡単にブルースにヌンチャクを奪われる。そう、ブルースのヌンチャク捌きを見せたいがためだけの都合の良い筋書きだ。このヌンチャクを振り回すシーンはかっこよすぎて思わず大興奮してしまった。ウィルソン・イップ監督の遊び心に感服する最高のアクションシーンだ。
〜メッセージ〜
「米国における人種差別」
アメリカでは「Black Lives Matter」運動が活発化している。「黒人は常に差別されており、黒人のCEOが少ないんだ」などとデータを示されても日本人にはピンと来ないところがある。
そんな中、この映画を見ると移民がどれだけ苦労をしてきたのか想像することができる。鬼軍曹バートンがとんでもないレイシストでアジア人や黒人を暴力で押さえつける様を見せつけられる。また、学校では能力の高い中国系移民が白人にいじめられ、親に言うと「耐えろ」と諭されてしまう。
アメリカ社会に根付いた差別意識と、それに対して抵抗すらできず、諦めるしかないという状況を見てとれる。
だが、我慢の限界に達した師範やイップ・マンは団結し行動を起こす。これこそ、まさに今のアメリカ社会を投影しているようだ。中国の映画であるにも関わらず、最後にアメリカを舞台にこの映画を撮ったことに驚きを隠せない。
トランプ大統領は中国への圧力を高めているが、我々は領土的野心を持ち人権を蔑ろにする中国共産党と人種を分けて考えなければならないであろう。
おわりに
以上、イップ・マンシリーズ4作のベストアクションとメッセージのまとめでした。
意義を持ちながらしっかりと楽しめる類を見ない傑作です。カンフー映画ファンもアクション嫌いの方も是非ご覧ください。今ならNetflixに1〜3とスピンオフ作品も来てますよ〜。4は劇場へどうぞ〜。
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