ミニインコ3

【自伝】私が法律と出会って知ったこと

このnoteは、ビジネスとあまり関係ないです・v・

だから【自伝】ってつけました。

☑私の人柄を知りたい人
☑法律に興味ある人

これに当てはまるなら、読んでもいいかもしれない。


●初めて法律の本を買ってみた

高校1年生の時、初めて法律の本を買いました。

民法の本1冊と、刑法の本1冊。

でもこの時は、絵を描く人になりたいと思っていた時期だったので、一部の法律しか覚えませんでした。

でも、何となく薄いあこがれのようなものを感じました。


●法律が好きだった理由

それは、絶対的に正義を主張できるからでした。

私がどう考えていようが、相手がどう考えていようが、法律に書いてあればそれが正しい。

自分に自信がなかったから、強いものが欲しかったのかな。
既に認められたものを使うことで、自分が認められた感覚になれると思っていた気がします。


●疑問だらけの世の中

仕事の募集では、給料30万円と書いてあるのに実際は15万円とか。

残業してるのに、していないことになるとか。

世の中に日々当たり前に溢れている法律違反。

それを、「間違っていますよ」というと、排除される世界。

私には、よく理解できなかった。

だから、その理由が知りたいと思ったのです。

一部の世界では、当たり前に運用されている法律が、なぜそれ以外の場所では、「社会では通用しない。そんなに甘くない。」と言われるのか。


●法学部に入ってみた

そんな感じだったので、法学部に入ることにしました。

最初は六法を見るのに慣れていませんでしたが、気づいたら慣れてました・v・

最初の頃は、条文を見て、知った気になっていました。

「条文のここに書いてあるから、してはいけない」というように。

そのうち、「任意法規」、「強行法規」という概念を知ります。

殺人罪等の強行法規は、絶対してはいけないもの。

でも、民法の契約などの任意法規では、条文に書いてても特約を優先できたりする。

これで、法律は絶対的なものという概念が少し緩和されました。
意外にも、法律って変化する前提なんですよね。


●解釈という概念

条文を読んでいると、普通にわからないことがあります。

「遅滞なくしなければならない」。

えっ?それってどれくらい何だろう?全然わからん@v@

という感じにね。

だからそれを、判例や学説で勉強するのです。

条文は無数にあるから、全て解釈するのは無理なように思えます。

でも、ある程度勉強していると、根底の考え方がわかるようになります。

多分なんですけど、この能力があるから、インターネットで検索した時に、
嘘の法律情報かどうか見抜けるし、違和感を感じるのだと思います。


●格好悪い自分

法律って、裏付けがあれば説得力が増します。
論文でも、条文を適切に指摘して、判例や学説の裏付けを述べれば良いのです。

でも、やっぱり資格をとってるわけじゃないと中途半端です。
自分で、自分のために使う分には便利なんですけどね。

司法試験予備試験を受けたことはあります。
民法が7割超で、他は4~5割くらいでした。

問題は間違えるけど、知らなくて間違えるわけでもない。
法律の問題を解く時、全くわからなくて間違えることはあまりないのです。

頭の中にあるはずなんだけど、引き出せない。
まあ実力不足に変わりないです。

そんなわけで、とりあえず宅建をとってみたのですが、特に役に立ったこともなし。

なんだか、全部中途半端だなあって思っていて、ビジネスがある程度落ち着いたら勉強し直したいところもあります。

だって、「騙される人を減らしたい」のに、私が「それ詐欺です」って言っても説得力ないのですから。

でも弁護士が言ったら、「あ、詐欺なんだ。危ない危ない。」ってなりますよね。

本当に、力が足りないなあって思うのです。


●【追記】犯罪の自覚がない理由を考えてみた

例えば詐欺の場合、条文に「人を欺いて財物を交付させた者は・・・」と書いてます。

でも、以下のようなことが予想されます。

何をすれば欺いたことになるのかわからない。
財物とは、どんなものを言うのかわからない。
実は、詐欺罪の条文には2項があることを知らない。

これらのことを疑問に思うことさえなかったりします。
その結果、自分独自のルールを展開するのです。

テレビで見る詐欺と、身の回りの詐欺の違いについて話すと長くなります。

私からすると、詐欺は詐欺なのですが、一般人から見ると詐欺ではないという現象が生まれます。

「万引きは犯罪です」ってありますよね。

万引きは窃盗罪なのに、窃盗罪の意識が欠けるわけです。

これを説明するには、可罰的違法性の話をしないといけなくなるので、弁護士じゃない私はここまでにしておきます・v・


●法的素養

そもそも答えは判例・学説で出ているのだから基礎知識なしで議論する意味がないのです。

法的素養がないと、主観が混じると思います。

法的素養があっても、やってしまうくらいです。
司法修習で、「きみの考えは聞いていない、裏はあるの?」と言われた話を聞いたことがあります。

法的素養は簡単に身につくものではなく、到底ここで話しきれるものでもないです。

だからこそ、素人の法律記事を問題視する声もあるのだと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?