大津女児暴行死事件と私の子供時代

子供時代、新聞を読むのが好きだった私は今もニュースチェックが欠かせない。
居た堪れない事件や事故がひっきりなしの憂き世。
その後どうなったかと続報の報道を追い自分の考えを巡らせることも多々。
この事件は自分の子供時代、親のこと、子育てしている今、
更に加害者被害者の様な歳の差兄妹を育児している身として胸が潰れそうなほど苦しく哀しい思いで記事を読んでいる。とても哀しい事件だ。

加害者の17歳のお兄ちゃんが妹にしたことは悍ましいことだし、とても擁護できないことだけれど
彼の育ってきた環境を思うと断定的に批判出来ないし、同時に親に対して物凄い嫌悪感を感じた。

何故施設から引き取ったのか
手当目的だったんじゃないのか
そもそもネグレクトだと認知していない母親ということは何らかの障害があり、とても狭い世界で子育てしていたのではないか
支援を受けられるようなきっかけは無かったのだろうか
ぐるぐる考えている内に自分の子供時代時代の記憶とシンクロしてしまう。


ここからは私の子供時代の話。
(少しフェイク混ぜてます)

当時大学生だった父と母は、お互い別の相手との待ち合わせ場所であるところで出会った
が、お互い相手が現れずその後意気投合
その日に同棲を始めたらしい。そして妊娠。
当初堕す予定で、母にそのことを話そうとバイクに乗って目的地に向かったところ事故を起こし相手を怪我させてしまう。
相手を見舞いに行く中で命の大切さを感じ産むことを決意したと
多感な中学生時代に父に言われ(脚色していると思うが)バイクで事故らなきゃ生まれなかった命なんかい…と当時毎日消えたがっていた私にはエグいストーリーだった。

私が生まれ、数年後妹が生まれるも
母は高校時代両親を事故で喪っていて頼る場所が無かったのもあったのか
育児ノイローゼとなり私と妹を残し家を空けるようになる。
私が産まれた頃父は学生だったけれど、卒業出来、国立大生で教授の推薦があったからか某有名企業に勤めており帰りは夜遅く。
小さい頃母や父と過ごした記憶があまり無く、家で下着姿で幼い妹と過ごしていたことばかり覚えている。小学校へ入学したもののあまり登校できないまま児童相談所へ入所。
両親は離婚し、半年程で児童養護施設に入所することとなる。
児童養護施設での生活は悲惨だった。
お父さんっ子だった私は、私がたくさん勉強して家事も出来て良い子になれば新しいお母さんが出来なくても家に帰れると思いクソ真面目に過ごした。
施設は年上の子ばかりで、私の真面目さが多分気に入らなかったのかいじめのターゲットにされた。
足をハサミで切られる、足の爪と指の間に画鋲を刺される、寝ているところに袋に入れた尿をかけられる、高学年中学生の男の子には身体を触られる等散々だった。
それでも施設の先生や父親には絶対に言わなかった。迷惑をかけると思っていたから耐えた。
週末、父が迎えにきてくれて家に帰れたけれど
父の彼女が居て、500円渡すからどこか行ってきてと言われて妹を連れておでかけすることがよくあった。今思うととんでもない。
小学校中学年になると体も大きくなり、やり返せるようになった。
そこからぱったりいじめられなくなった。数年間酷いことされてきたけれど大人は気づいてくれず自分で解決した。
自分の身は自分で守るしかないな、と強く思った。父が再婚し施設を出て家で過ごすことになるけれどここからも私の子供時代は波瀾万丈が続く。それはまた今度綴れたらと思う。

25年くらい前だけれど
私の育った施設では小学校の頃からタバコだの、万引きだの、中学生でシンナーだのってのが日常茶飯事だった。私はそんなことしたら家に帰れないって思っていたし、施設で後に恩師に出逢うことが出来たので道を外れずに済んだのだと思う。
荒れた環境で育ったら、何が正しいのか何が悪いかじゃなくて
自分を受け入れてくれるか、一時的でも自分の居場所になるか、自分が楽になれるかどうかが判断材料になってしまう。

17歳のお兄ちゃんは年齢的には高校生とはいえ、教育を受けることが出来ない環境で、更に妹の世話を毎日せざるをえないヤングケアラーだったわけだ。
普通なら高校生に行き、教育を受けながら仲間と青春を謳歌する年齢。
それなのに、育った環境も劣悪で親は手当目的なんじゃないかというタイミングで引き取り、妹の世話をさせられる。辛すぎる。発散する場が全く無い。
被害者の妹に関しては生い立ちもそうだし、暴力に耐えていた毎日を思うと
何故この世に生を受けたのにその環境で日々を送らなきゃいけなかったんだろうと本当に胸が痛くなる、涙が出る。

うちの子供達も中学生と1歳の歳の差兄妹で、
長男はよくお世話をしてくれるのでとっても頼りになるけれど、彼も子供であって彼の生活があるので勿論育児要員として考えていないし
何かお世話をお願いするときはことわってからお願いしている。
今回の事件の親が、何故子供に世話を丸投げ出来たのか余計に理解できない。

私が若くして子供を産んだ理由は、親との齟齬だった。
自分の家庭を持ちたかった、私ならちゃんとした家庭が持てる。と産み、育てている。
離婚したし、覚悟が足りなかったことが多々あるけれど、今のところ中学生の息子と1歳児の娘の育児が出来ている。
子供を育てながら親の献身さを改めて感じたり感謝することが私には無いので
自分の子供を育てつつ、自分の親に産んでくれて育ててくれてありがとうと思えるひとってとっても恵まれてるなぁ羨ましいなと要らない感情が沸々湧く。不要だなと感じですぐ消えるけれど
羨ましいもんは羨ましい。

子供を持っても仕事をしていても毎日何事も無いように笑って過ごしていても、
育ってきた環境とか子供時代に受けた傷は一生消えない。寧ろ育児しながら自分の子供時代と反芻してその度に瘡蓋が剥がれる感覚になる。
それぐらい重くのしかかっている、自分の居場所を築いても。子供の頃施設で切られた足の傷も残っている。

なので大津の事件、親の責任能力がもっと問われるべきだ。裁かれるべき。
児相の対応も調査してくれ。
大人達が子供達を護り育ててあげなきゃいけない、
全ての子供達がのびのびと健やかに育ってほしい。
子供達の生活が自分のことしか考えていない大人によって脅かされるなんてどうかしてる。

上手く言葉が見つからないのだけれど、子供が子供らしく日々を過ごせる世であって欲しいと切に願う。

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