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令和5年卯年・金華山黄金山神社・初巳大祭へ【おかげくま参り参拝記】

遅くなりましたが、今年も「初巳大祭」お参りできたレポートを。

令和5年、5月11日 己巳(つちのと・🐍)の日。
#金華山黄金山神社 #初巳大祭
今年も #おかげくま参り 無事に参拝することができました。

早朝5時に自宅を出て、三陸道に乗って

お天気にも恵まれ、快調に女川港へ。

女川港に到着。ピーカン!晴天です。


快晴ということもあり、臨時便2艘、満席で金華山に向かいます。

今回は全く揺れもせず、非常に快適。あまりに快適すぎて爆睡する中、無事に金華山へ渡れました。

爆睡中。。。

去年の大波はどこへ行ったのやら。。。笑。

全国から集まった、おかげくまの皆さん達と共に元気に金華山に到着です。

二の鳥居です。(ちなみに一の鳥居は、対岸の鮎川浜の森にあります)

いつものように、元気に坂道を上っていきます。

橋を渡ると、そこはもう龍宮城!


謎の光の帯が!巳様かな?
左に見える浜神社様には参拝客の行列ができていました!

さらに進んで行きますと、両脇に大木が続く表参道。

参道の先に、階段がありますが、見えますか?

階段を上ると、御神木さんがお出迎え。

巳様の光が降り注ぐ中、欅の御神木様が向こうに見えます。

11月の甲子大黒天祭以来だから、半年振りの御神木さんです。

欅の御神木さん。
右手の階段手前には「開山上人*脱履の跡」があります。階段を登ると五十鈴=アマテラス様、
舞殿の先に八大龍王様、そして、正面奥に大黒様と恵比寿様。

 *開山上人とは、葛西大崎一揆(1590〜91年)による戦火で灰塵となった金華山大金寺を文禄2年(1593)に再興した下野国(栃木県)岩倉出身で日光山(輪王寺)の僧正だった修験僧、成蔵坊長俊のこと。

 日光輪王寺は、地元岩舟出身の天台宗3代宗主・慈覚大師・円仁禅師が天台宗へと改宗させ、中世以降、天台密教である日光修験を代表する寺院として発展。江戸時代初期、家康公の信に厚い天台宗・天海大僧正が東照宮を日光に勧誘し、家康公を東照大権現とお祀りするなど、天台宗との関わりが深い場所です。
(ちなみに、栃木県立博物館に確認したところ、「中世に下野国に岩倉という地名はない。輪王寺の縁なら慈覚大師・円仁上人の出生地「岩舟」のことではないか」とのこと。)

 ある日、長俊僧正はここで草履を脱ぎ、山中の洞窟にて即身成仏の修行を行ない、洞窟内で亡くなったという伝説が伝わっています。今とは異なり、かつての金華山が修験寺院であったことを示すエピソードです。

さて、境内にやってきたおかげくま達は、元気に到着です。

いつもの透明リュックでやってきました!


随神門に到着しました。巳様、弁天様、今年もよろしくお願いします。

受付を済ませ、待合所でお札を頂き、お祭りの始まりを待ちます。

令和5年初巳大祭。昇段し御拝殿へ向かいます。

御拝殿に上がり、いよいよ式典が始まりました。御本殿の扉が開かれ、ご祭神様にお供え物を捧げ、巫女の舞が捧げられた後、全国から集まった熱心な信者の方々の玉串奉天と進みます。(残念ながら、式典と御祈祷は撮影禁止のため、写真ではご紹介できません。)

疫病で参拝自粛を強いられた過去2年と異なり、今年のご参拝は大盛況。お堂に入りきれない人々で溢れました。
およそ1年ぶりとなるご開扉でご祭神様にご挨拶させていただくと、外で待っておられた方々と交代です。

本堂が参拝客で溢れたため、ご参拝が終わった人から交代です。


境内から出て、弁財天様と大綿津見様にご挨拶。
本来なら、御祭神の金山毘古神様・金山比賣神様の後に、山頂の大海祇神社へとお参りは今日は船の時間もないため、奉安殿からのご挨拶です。

おかげくまがこのお堂に上がりますと、毎回不思議と風が吹いて、歓迎してくれているようです。

毎回そうですが、急に風がそよぎ、金華山の弁財天様に歓迎してもらえているようです。

その後は、昨年同様、銭洗い龍神様の前でお金を洗い流すと共に執着を流します。おかげくまのママさん、パパさん達の苦厄や執着もこれでスッキリです。

今回は銭洗池も大混雑。疫病騒動が終わったことを改めて感じるお参りとなりました。


弁財天奉安殿で弁財天様にご挨拶


銭洗池


樁(かなぐい)神社様にもご挨拶。本州の東端が金華山ということで、
本州を浮かばせておくために、神様が金華山に杭を打った、という伝説が竹生島縁起に記されています。


祈祷待合室にて鎮座されている琵琶を奏でる二臂の弁才天

金華山の弁才天様は、琵琶を奏でる二臂の弁財天様のようで、待合室の弁才天様は琵琶を奏でるものが多いです。


弁財天様とパチリ!

ということで、本殿の金山毘古神様・金山比賣神様にご挨拶の後、芸能・知恵・農業・海上・至福・学問・弁舌・戦闘の弁財天様と海神である大綿津見神様へとお参りすることで、黄金が現実化するプロセスを巡ることで、あなたに金運が巡ってくるという物語が奏でられているのが金華山黄金山神社の「マジック」なのです。

山道には、長寿の巨木がいっぱいです。これは、陰陽五行説に従った物語です。

「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」という『五行相生』を金華山参りに重ね合わせています。

木は燃えて火になり、火が燃えたあとには灰(=土)が生じ、土が集まって山となった場所からは鉱物(金)が産出し、金は腐食して水に帰り、水は木を生長させる、という具合に木→火→土→金→水→木の順に相手を強める影響をもたらすということが「五行相生」である。

 すなわち、あなたという木が情熱という火を燃やす如く、護摩祈祷で炎で執着を燃やし尽くし、灰から土となり、島となり、金華山となり、産金の金華山伝説が生まれました。金華山には天然水が豊富で、次々湧き上がり、その水が豊かな森林を育むとともに、あなたという樹木が育っていくという物語が金華山の伝説です。

また、金華山は、巳=龍、宮城=宮城県、と龍宮城に見立てられて、渡航する人=浦島太郎、という東北の浦島伝説の場にもなっています。

おかげくま達は、そんな理屈はお構いなしに、楽しんでいました。

金運・仕事運・商売運なら、初巳大祭にいらっしゃい。金華山の神さまに任せなさい。

 金運・仕事運・商売運なら、大阪・住吉さんの「初辰参り」が有名ですが、
東北ならば、金華山の「初巳大祭」と言われるほど。関東・東北・北海道の商人・海運業・漁業・農業関係者の方々から篤い信頼を集めているお祭り、それが5月の「初巳大祭」です。

 日本五大辯財天の1つに数えられる辯財天信仰に基づき、辯財天のお使いが蛇(巳)であることから、毎年5月最初の巳の日、古式に倣い厳粛かつ盛大に斎行されています。それがこの初巳大祭です。

金華山黄金山神社HPより

「三年続けてお参りすれば、一生お金に不自由させますまい」

 この初巳大祭はじめ、金華山に3年間続けてお参りすれば、金運上昇、資金調達、商売繁盛に大きなご利益があると言われています。そんなことを宣言している神社は、日本広しといえども、ここしかありません。そのご利益に気付いた商人、事業家、投資家が実はこっそりとお参りしています。

祭典期間には、御祈祷を受けますと、ご祭神の金山毘古神さま、金山毘賣神さまのおわします御本殿昇殿参拝が特別に許されます。

つまり、初巳大祭期間であれば、金山毘古神さま、金山毘賣神さま、そして、市杵島姫神さま(=金華山弁財天さま)、大海神さまの4神に直接お参りできるので、開運・金運・商売運・事業運・出世運などの願いが叶えられるという参拝法なのです。


大伴家持に「金(くがね)花咲く」と歌われた金華山。
御祭神の金山昆古神様、金山昆売神様は、
火山流のように金を噴き上げて、黄金色の雨を降り注いでくれます。
おかげくまちゃん達も金色に輝きました。

くまちゃんの遠隔であなたもそのイメージが伝わって見えたかもしれません。

ということで、今回の初巳大祭は、昨年よりも数倍の参拝者が集い、大賑わいの中、無事に終了しました。

次回のご参拝では、金華山弁財天様の姉神様がおられるという網地島の大金神社にも訪問したいと思っています。7月末の龍神祭には、山頂も巡っていきたいと思います。

6月には、竹生島で竹生島・江ノ島・厳島の三社弁財天が集まるお祭りがあるので、天河弁財天さま共々お参りして、「日本五大弁財天」をコンプリートして、おかげくまを通じて、弁財天様のご利益を皆様へとお伝えして参りたいと存じます。


では、またお会いしましょう!

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#大綿津見神様

おかげくま参拝は、様々な事情で神社仏閣へ参拝できない方々と観光客・参拝客の減少に苦しむ寺社様との架け橋になれば、とくま作家Ray作テディベアによる代理参拝を支援しています。この活動を応援いただける方からサポートいただけると幸いです。