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佐々木朗希がMLBに「いつ」行くかなんてどうでもいい

 12月10日未明に発信された無署名のある記事は、瞬く間に拡散された。寝起きに見出しだけ読んで、あまりの衝撃にぶん殴られたかと思った。
 しかし、本文を読めばなんら確定的な情報はない。如何様にも捉えられる、逃げ道が数多に用意された、非常に憎たらしい文章。

 それでも飛びついてしまう人は多かった。それが人を惹きつける魅力をもった選手の宿命とも言えるかもしれないが、まったく傍迷惑な話である。米国での噂だと書かれた記事が米国で引用され、この噂は本当か? と議論を呼んだ。
 ……じゃあいったいこの話はどこから? 本人の言葉は依然として届かない。毎年恒例となったクリスマス前後の契約更改まで、釈然としない状態が続いている。ただ、契約更改でこの件についての本人の言葉を聞けても聞けなくても、自分自身の考えを整理しておくいい機会だと、筆を執った。

 結論としては、タイトルの通りである。佐々木朗希がMLBに「いつ」行くかなんて、本当にどうでもいい。仮にその時が来たとしても、私の興味は単なる渡米タイミングにはない。佐々木朗希の心境が「どのように」変化し、MLBへ行きたいと思ったのか――その一点にのみある。

 ここから佐々木朗希とMLBの話をするけれども、まずはしっかりと「佐々木朗希は今オフのMLB挑戦について何も語っていない」ことを明言しておく。具体的な言葉はまだ、吉井理人監督でさえ聞いていない。ここから先はそれを重々承知の上で読んでほしい。

 そもそも佐々木朗希はどのような条件が揃えばMLB挑戦が可能なのか? ここの基本から整理したい。あくまでも個人的な知識の整理なので、正確性は保証できないけれど。

 MLB挑戦には、海外FA権を行使する方法とポスティングシステムを使う方法がある。(所謂25歳ルールが関係するのは後者、これについては後ほど)
 記憶に新しいところで名前を挙げるなら、海外FA権を行使したのが千賀滉大、ポスティングシステムを使ったのが山本由伸・大谷翔平。

 まずは、この2つ方法の最大の違いは「誰の権利か」であるのを把握しておかなきゃいけない。
 FA権はNPBが定める出場選手登録の日数を満了した「選手」が得る権利。細かく言えば国内と海外の2種があり、海外の方がより条件は厳しい(長期間の活躍が必要)。
 一方で、ポスティングシステムは平たくいえば「球団」が選手を売る権利。(選手をモノのように書いてはよくないが、例えとしてはこれが一番分かりやすい)MLB球団はポスティングシステムでNPB選手を獲得する代わりにNPBの元所属球団へ「譲渡金」を支払う。これは選手とMLB球団が結ぶ契約の金額に連動し、大きな契約であればあるほどNPBの元所属球団の儲けも大きくなる……という、ざっくりとした理解で概ね相違ないはず。

 ここで、放ったらかしにしていた「25歳ルール」を回収しよう。ポスティングシステム利用の例として山本由伸と大谷翔平を挙げたが、両者には大きく異なる点がある。
 移籍時点の「年齢」だ。山本は今年25歳、大谷は移籍当時23歳。山本は「25歳ルール」をクリアしているが、大谷は抵触し、ある制限がかかった。
 「25歳ルール」とは、大まかにいえば25歳に満たない選手がMLBに挑戦する際、制限金額がありマイナー契約しか結べないという日米野球協定での決め事。(日本ではMLBそのものをメジャーと呼ぶことがあるが、ここでのメジャーは1軍、対するマイナーは2軍以下と、ざっくり思っておけばいい)
 より詳しく調べると、「25歳以上」かつ「プロ野球に6シーズン在籍」が条件。(山本の場合は今年「25歳」でオリックスには「7年」在籍していたのでクリア)

 ここまでの話を佐々木朗希に適用すると、今、仮にMLBへの挑戦を望むなら「25歳ルール」への抵触を覚悟でポスティングシステムを利用し、マイナー契約をする……ということになる。つまり、「選手本人が希望」した上で、「球団が申請を許可」しなければ不可能なのだ。

 ってことを踏まえて、私は「佐々木朗希が希望」してかつ「千葉ロッテマリーンズが許可」すればMLBへ行けばいいと思うし、「佐々木朗希が希望」しても「千葉ロッテマリーンズが却下」すればMLBへ挑戦できなくて当然と思う。
 そしてそれを本人や球団が必要と思ったときだけ、情報を公にすればいい。小耳にはさんだかもくらいの情報精度で記事にするなんて、もってのほか。
 重ね重ね言うが、2023年12月24日までで本人からの発信は一切ない。球団からもない。
 つまり、「佐々木朗希が希望」したかどうかすら分からないのに、みんな怒ったり喜んだり悲しんだりしてるってこと。

 ファンが望もうが望むまいが、結局は本人の希望と球団の可否だけで決まる話なのだから、佐々木朗希がMLBへ「いつ」行くかなんて、私は本当にどうでもいい。どうしようも出来ないから。日本でまだ観たいのに行くかもしれないし、渡米した姿を早く観たいのに行かないかもしれない。

 どうでもいいとまでは大袈裟にしても、どうにもならないことなのに、それがどうしたとばかりにただの噂話はどんどん大きくなる。移籍したのは山本由伸なのに、獲得出来なかったMLB球団のファンが今度はRoki Sasakiだ!と、佐々木朗希の方がトレンド入り。「勘違いしてるんじゃないか」とコメントする勘違いOBが居たり、せめて優勝させてからと嘆くロッテのファンも……いや、だからみんな、ちょっと待ってくれと。

 喜んだり悲しんだり怒ったりする前に、本人の言葉を待たないのか? と。本人の言葉なくしてこの話は進みようがないのに……。

 途轍もない才能の持ち主であることは明らかだ。恵まれた体を持っていて、とにかく球が速い。誰にでも分かる。そのせいなのか、「佐々木朗希はいずれMLBへ行くだろう」という前提で話されていて、最重要である本人の意思が蔑ろにされていないか? と思う場面がたくさんある。有識者と呼ばれる方々がMLBへは「いつ」行くべきかと語りだし、解説者たちが説教くさく「まだ」MLBへ行くには実績が足りないとうるさくする中で、佐々木朗希本人の意思が置き去りになっているということが、私には最も受け入れがたいのだ。

 佐々木朗希のアマチュア時代の記事を遡ると、高校1年の彼は「プロ」なんて考えていないと語っている。2年後のドラフト4球団競合選手が、である。5年後には完全試合をおまけにして「13者連続三振」のNPB新記録を達成する投手が、である。
 高卒でドラフト1位になるような選手なら、たいていはプロ野球選手になることを前提に高校野球をしているのではないかと思うのだが、彼の場合は高校1年生時点ではその意識がなかったという。中学時代に怪我が多く自信がなかったせいなのか、野球さえもままならない状況に置かれた経験ゆえなのか。理由は分からない。プロ入り後のインタビューでは「静かに暮らしたかった」と答えていたこともある。
 けれどもそんな選手がプロ野球を経て、侍ジャパン・WBC優勝を経て、ゆるやかなのか、もしくは急激なのか、なにかしらの心境の変化や成長があったのかもしれない。

 もし、今、佐々木朗希が強くMLB挑戦を志望したのであれば、それにどういった動機があるのかを、知りたくない? 私は知りたい。「いつ」行くとか行かないとかより、佐々木朗希が「どのように」考えているのかを知りたい。だから、本人の言葉もなしに語られるのは全部、ノイズにしかならない。
 とにかく一番知りたいのは本人の気持ち。でもそれが契約更改で語られなくても、語られても、MLB挑戦の気持ちが今すぐのものでも、将来的なものでも、なんでもいい。もうこれ以上、本人の気持ちが蔑ろにされたままの、騒がしい日々が続かなくていい。

 「行くべき」とか「行かないべき」とか、そういう空虚な話はもういいじゃない。投げる球の異次元さは一旦隅に置いておこう。才能に恵まれつつもそれに戸惑いながら成長している青年の、パーソナルな部分を見守ってもいいんじゃないかと、とある一件から約2週間を経た今、こんな思いで契約更改を待っている。

(了)

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