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歌に殺される

小さい頃からそれなりに歌がうまかった。
ケーブルテレビで放送されている子ども向けバラエティ番組のオーディションを受けたときには審査する大人に褒められたことをはっきり覚えてる。
母親が勝手に応募したからそんなに前向きな態度じゃなかったけどすごい褒められた。
結局通う事は無かったけど子役を育成する劇団の特待生にも誘われた。

高校2年生の頃、友達の薦めもあって応募したテレビ番組のカラオケ企画に出演することになって人生が変わった。
私の歌はスタジオで大絶賛。動画投稿サイトに無断転載された私の歌が何百万回も再生されたことで私は高校生から歌手になった。

歌うことが気持ちよかったのはこの日までだった。
認められることが気持ちよくなるのはこの日からだった。

テレビの収録後すぐに音楽プロダクションと契約をした。
「まずはカバーアルバムかな。レッスンも同時並行で基礎を固めていこう。」
わくわくする!カバーアルバムだってレッスンだって、ドラマとかアニメでしか聞いたことがなかったから。

カバーアルバムは正直かなり売れた。
レッスンだってトレーナーさんに沢山褒められた。私の声は透き通っているんだって。ZARD?の再来なんだって言っていた。

カバーアルバムの売り上げが落ち着いてきた頃に私のシングル曲のデモテープをもらった。有名な作曲家さんが書いてくれたらしく、ラブソングなんだけど聞きながらなぜか自然と学校が懐かしくなった。

レコーディング当日、いろんな大人に囲まれて収録が始まった。
私なりに結構練習したつもりだったんだけど作曲家さんには納得がいかないみたいで何度もリテイクした。

何度も何度もできたこともない好きな人を思い浮かべながら歌わされた。
大人に憧れながらも年相応なあどけなさを意識させられた。
デモテープを聞いたときに感じたことを押し殺して歌った。
嘘をついて歌った。

はじめて歌うことが楽しくなかった。

2曲目も3曲目も同じようなレコーディングだった。
作曲家さんには私の歌はなんか違うらしい。
嘘をついて歌うことでなんとか目を閉じて上を向いたままOKを出してくれた。妥協している事なんて丸わかりだった。
早くレコーディングが終わって欲しかったからそれでも良かった。
私らしい歌ってなんだろうと考え始めたのはこのときからだった。

でも、私らしくなくてもファンは褒めてくれる。
SNSは何度もエゴサーチした。
みんなが私の歌で泣いてくれていたし、何百回も聞いてくれた人もいた。
うれしかった。

3曲目がリリースされてまもなく、私が出演したテレビ番組に同じ年齢の高校生が出演した。

圧倒的だった。
歌声も表現力も見た目も全て揃ってた。その後のMCとのやりとりではスタジオの笑いまで誘ってしまった。三位一体どころじゃない。

本当のスターが誕生した。

同じプロダクションにあの子が所属してから私にまわってくる仕事はほとんど無くなり、1曲目からついてくれていた作曲家さんの新曲はあの子が歌うことに決まった。

あっという間に私は高校生に戻ってしまった。

学校の皆は変わらずに私の歌を褒めてくれる。
私のシングルをカラオケで聞かせて欲しいと冗談めかしてねだってくるクラスメイトだっている。

SNSだって全盛期よりはコメントの数は少ないけど今も私の歌を聞いてくれる人がいる。次のシングルを待ってくれているコメントもある。

でも、足りないと思ってしまう。

もっと褒めて欲しい。

あの日、番組の収録で絶賛されて得た高揚感が足りない。
私がいま日本で一番褒められていると錯覚してしまうようなこの上ない称賛が私には足りない。

そして、それが今あの子に向いている事が許せない。
あの子の曲を聞くクラスメイトが許せないし、あの子を褒めるSNSのコメントの全てが許せない。

嫉妬ばかりしてしまう。

だから、もう歌はやめることにする。
だって、レコーディングの日に嘘をついて歌ってから歌うことが好きになれないし。
素直に歌いたかったのに。私は私のまま歌ってはいけないって思い込んだら歌は自由じゃなくなって、楽しくなくなっちゃった。

だから歌はもうやめる。

これからは普通の高校生活を送って、普通の大学生になる。
普通に就活して、普通に就職して普通に結婚する。
普通って案外難しい事だってよく言われるからそんな人生が送れたらすごいことなんだと思う。





でも、歌いたい。

歌いたいから歌いたいんじゃなくて、認められたいから歌いたい。

歌う理由がきれいなものじゃなくなってる。そんな気持ちで歌いたくない。

でも、歌いたい。

歌わないと認めてもらえないから。

そんな理由で歌っていいわけない。

でも、


認められたい。


歌いたくないのに歌わないといけない。


私は歌に殺される。

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