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老残日誌(三十五) 越秀南路の夜は更けて


越秀南路の夜は更けて

広州の晩は、按摩が楽しい。越秀南路の並木道沿いにある高級店が行きつけだった。高級クラブみたいな風情のある、なかなか味わい深い社交上だった。もう二十五年くらいも前のことなので、残念なことに香しい舗名は失念した。夕方、勤め先の流花路からタクシーで二沙島の住居に帰り、お手伝いさんが作ってくれた広東湯と東莞の臘肉などで簡単に夕食をとる。9時くらいまで仮眠し、それから越秀南路へくりだすのだ。

按摩には、中(中国)式とか泰(タイ)式、港(ホンコン)式、あるいは中医(漢方医)按摩とかいろいろあって、受付で指定すればよい。タイ式はクビをバキっとかやるタイプで、決して「安泰」ではなかった。香港式は、オイル・マッサージだったと思う。全身に油を塗りたくるのだが、決してベタベタすることはなく、終わったら蒸しタオルできちんと拭きとってくれるので、心地よい。中医按摩はいわゆる盲人按摩で、正統か否かという視点にたてば、これがいちばん正しく、効果も高い。中式按摩は一般的に男性客には女性が、女性客には男性が揉んでくれる。女性も、男性も、美女やイケメンであることが多い。按摩には「推拿」という表現もあり、実感の湧く言葉である。その定義にちがいはあるのだろうか…。

受付を済ませたら、まず、ロッカーに衣服や靴、貴重品などを預ける。客ひとりに担当の男性がひとりついて、シャツや猿股まで脱がせてくれる。もちろん、チップをはずむのは言うまでもない。服を脱いだらタオルをもらい、日本の銭湯のような大きな湯船につかる。熱、温、冷、そしてコークスでガンガン焚く乾燥サウナもある。コークスの釜に手桶で少し水をぶっかけると、大量の水蒸気が発生し、カラカラに乾いたサウナ室が一瞬しっとりする。水蒸気のちょっと香ばしい焦臭が室の壁の木の香りと絡まり、実に心地よい。

風呂のあとは休憩室で高級革のソファに寝そべって VCD を観たり、フルーツをとって喰ったり、修脚したり、あるいは掏耳朵(耳掃除)、理髪などと楽しい。食事だって注文できるのだ。そのうち、入店の際に受付で指名した担当女性の手がすくと、係りの者がやってきて個室に案内してくれる。「一個鐘」が四十五分で、「加鐘」するもしないも客しだいだ。「加鐘」する場合は、延長料金のほかに 二〇〇元くらいのチップを渡すのがその店の流儀だった。お色気はご法度で、きちんとした按摩である。矜持のある経営者の店は、たとえそこが中国であっても健全なのである。そっちのほうが好きなら、「保健按摩」店に行けばよい。「保健」は、じつは決して清遊ではなく、広州の夜は暗夜のように掴みどころがなく、闇が深い。

風呂、軽食、修脚、掏耳朵、按摩のフルコースで、だいたい六百~八百元だったと思う。安いものだ。毎日通うと、ひいきの女性だけでなく、受付や休憩室のボーイ、修脚・耳掃除の職人、理髪のおやじ、掃除婦のおばさんまで声をかけてきて、ひとことふたこと世間を語った。深夜三時くらいに按摩店を出て、店のすぐ目の前にある屋台で五元くらいの小碗麺を喰い、朝方になって帰宅する。仮眠して、翌朝 九時ころには出勤する。楽しい、広州の日常だった。

Leica M4+Summicron 50mm 1:2.0


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