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浦賀日誌(八) 遠津浜海岸

遠津浜海岸

まさに風薫る五月の午後、遠津浜海岸へ海藻をひろいにゆく。ここは地元民だけしか知らない小さな空間で、訪れる人はほとんどいない。地域トモダチのツルガさんと静かな浜辺にテーブルを広げ、お湯をわかしてコーヒーを飲んだ。

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沖合にはドック入りしているおがさわら丸の代船として臨時に同島航路に就航しているさるびあ丸が、二見港から帰ってきて竹芝桟橋に向かっているのが見える。白い船体が美しい。浜のどん詰まりまで歩いて磯を越えたら、岩陰の波打ちで、真昼間だというのに若い男女が交合していた。なにも見なかったことにして、砂浜にもどる。ここ数日の荒波で打ち上げられたわかめが、ほどよく乾燥していた。一株ひとかぶ拾って歩く。用意していった大きなビニール袋にいっぱいの収穫だ。数年はもつだろう。

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海岸のすぐ近くまで山がせまり、畑がある。斜面に洞窟が見えたので、登って調査する。帰りの野比湾岸線で、ツルガさんお勧めの中華店で城門ラーメンを喰った。抑制の効いたスープの味が秀逸で、細麺も美味かった。

三浦半島は、海もあれば、山もある。海岸に降りてゆくと、そこには東京湾、相模湾がたゆとう。丘陵に上れば広大な大根畑、キャベツ畑、あるいはスイカ畑から房総や伊豆、大島の山影を間近に望むことができる。半島から観る富士は、大きさも、姿もよく、まさに眼福というに相応しい。

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数日後、若い友人がコロナ禍をぬって遊びにきてくれた。さっそく懸案の三浦半島大散策に出かけ、遠津浜海岸を再訪した。キャベツ畑の広がる丘陵地帯から急峻な農道を一気に降り、しばらくゆくと美しい浜辺が展開する。その道すがら、若い友人が会社で起こった興味深いエピソードを話してくれた。友人が所属する会社とは、銀座を拠点とする世界に名を馳せたエクセレント・カンパニーだ。ランチに出るとき、女子社員がなにかを忘れ、慌てて自席にとって返していった。興味を持った友人が戻ってきた女子に、なにを取りに帰ったの…、と訊ねたところ、彼女の返事は「人権」だったという。手には、清潔なマスクが握られていた。なんとも鬱陶しい世の中になってしまったものである。

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遠津浜の海岸には、数日前とおなじように相変わらず美しい景色が広がっている。ここはわたしたち以外に訪問者はなく、風のそよぎと波が渚を打つ音だけが心地よく響いていた。もちろん、マスクなんかつけなくても「人権」を剥奪されることはない。

X-T1+RICOMAT 4.5cm 1:2.8(富岡光学)


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