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浦賀日誌(五) 観音崎の寂光浄土


観音崎の寂光浄土

断続的に降る雨のなか、観音崎までちょっと長い散歩にでかけた。鴨居の浜からは、縹渺とした房総半島の影を望むことができる。そっちの方角から吹きよせる東京湾の海風が清々しい。観音崎燈台に向かう山道(やまみち)の途中に寂光土とよばれる小さな薮がある。常寂光土、あるいは寂光浄土のことで、ここには幕末における江戸湾の海防を担った無名藩士たちの小さな墓石が、雑草に埋もれるように並んでいる。

寂光土

幕末期の江戸湾を黒船の来襲から護る任務についたのは、会津と白河の両藩だったらしい。浦賀には湾口を扼す奉行所のお船改め(臨検)があったので、防衛任務はことさら緻密だったのだろう。観音崎の海岸に面した薮の中に両藩下級藩士たちの小さな墓が埋もれている。もう二十年ほど以前、飼い犬との散策中に偶然発見した。両藩は結果的には朝敵になってしまったので、薩長に捉えられ、処刑された人たちの生きた証しなのかもしれない。辺鄙なところなのに、いつ訪れても墓所は掃き清められ、新鮮な花が手向けられている。万骨枯れていった無名藩士たちの無念をわかる人が示す供養の気持ちにちがいない。名声や権威のような飾りものは好きではない。こんな戦士たちのように、人知れず公に貢献した謙虚な一生を送るのが潔いと思う。薮の向こう側には東京湾が迫り、打ち寄せる波の音が心地よく響いてくる。

灯台

鴨居の半島を形成する山の頂上あたりには保安庁が管轄する東京湾海上交通センターの鉄塔が屹立し、ここから湾口を行き交う船舶の航行を監視しているのだ。横浜や東京、千葉の港などへむかう船や、そこから外洋に出てゆく大型貨物船などが往来するこの水域は海上交通の要衝で、巨大なコンテナ船や潜水艦、航空母艦などの船影も見ることができる。出船、入り船の航路を分けるように存在する第二海堡の島影が、波間に低く、平たく浮かんでいる。渡ってみたいが、一般人は上陸できない。第二海堡の数キロ東には第一海堡があり、その先は富津岬で、そこから房総の陸地がはじまる。

この山を、かつて香港の小さな新聞社でわたしの上司であり、文筆の目標でもあった大住昭さんと散策したことがある。まず灯台をめざして登り、そこから東京湾を眺めた。眼前に展開する海峡のような海には、大小の船舶が右往左往して船好きには観ていて飽きない景色だ。灯台をあとにして急な獣道に分け入り、小さな尾根に取りつく。昨年、房総半島に大きな被害をもたらした台風は容赦なく観音崎の山をも襲い、大木がなぎ倒され、その残骸がそこかしこに散乱している。大住さんはこの九月末、三十年以上も取り仕切った媒体社を退き、いまは玄界灘を見渡すことのできる高台に棲み、魚と対話する日々を送っている。長かった重責を担いだカゴの紐は肩に深く喰い込み、退職したばかりの身体から、まだその重みがやわらいでいないみたいだ。目標にした大住さんの文体はいよいよ熟れ、わたしのとうてい及ばない域に達してしまったので、こちらはこちらの文体でなんとかやってゆくしかない。たとえ筆の運び方に差が開いても、目指す文筆の高みは、あるいはおなじなのかもしれない。

観音像の祠

観音崎で、その名が示すような観音像に出くわしたことはない。おかしいなと思ってすこし調べてみると、寂光浄土から歩いて目と鼻のさきに崩れかけた小さな洞窟があった。もともとそこに小さな祠がつくられ、観音像が納められていたようだ。それがこの地域の地名の由来になったのだという。観音像は三十三年前に不審火で焼け落ち、昨年九月に復元され、観音がもどった。

いつものように観音崎碑の写真を撮って、走水方面にゆっくり歩いてゆく。海岸の岩場は、海蝕作用で美しくえぐられ、波打ちにはひじきが群生し、シッタカやメッカリ、セセリなどの小貝が張りついている。子供のころ、棲んでいた式根島で兄姉に連れられてたくさん収穫し、円盤のついた鋳物の大釜で母親に茹でてもらった記憶が蘇ってきた。いま、食堂で、だらしなく肥大し、ふやけたような大味の貝を喰っても決して美味いと思わないのは、みずからの手で磯からとってきた海の恵の鮮烈な味を、脳がしっかり記憶しているからなのだろう。

観音崎碑

別の日、観音崎ホテルの前に展開する寂しい海岸を通りすぎると、そこには地域の友人がどこかの海岸から拾ってきた小舟が陸揚げされており、その安否を確かめ、今度はこれに乗って沖まで釣りに行こう、と約束する。市営住宅に住む友人に、ちょっと寄っていけよと誘われ、コーヒーとカレーをご馳走になった。建物の裏に小さな農園をつくり、そこで野菜を育てているのだという。春になると、蛇が出てくるらしい。雑草が繁茂する小さな野菜畑に踏み入ってみる。その数メートル先の市営住宅と自衛隊の官舎を隔てる無機質なコンクリート塀には、その殺風景を照れ隠しするように観音崎燈台のレリーフが施され、その飾り気のない彫刻がなかなかよいな、と見入ってしまった。

X-E1+Carl Zeiss Jena DDR Pancolar 50mm 1:1.

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