見出し画像

#180『高慢と偏見』ジェイン・オースティン

 最近は再読ブーム。で、この本を読む。
 初めて読んだ時、軽妙洒脱で完成度の高い素晴らしい作品だ、と思ったが、20年ぶりに再読して50倍くらい更に評価が上がった。というかこれは途轍もない名作である。
 内容的にはラブコメディと言って良いと思う。深刻ではない。内省的でも耽美的でもない。何か学びがあるか?ないと思う(私には大いにある)。人生の深遠なる問いを扱っているか?それもないと思う。にもかかわらずこの作品が超のつく傑作である理由は、人物の造形とその描写の卓抜さにある。主人公エリザベスの精神のきらめきに何度も胸を打たれ、またその率直さ、負けん気の強さ、誠実さ、毒舌に感心し、また笑わされたことだろう。作者自身の性格の投影を大きく受けているのだろう、地の文も同様に皮肉と冗談に満ちていて、幾度も声を上げて大笑いした。遠慮のない辛辣さは、しかし悪意や意地悪さから出ているものではない。人というものは愚かなものよ、滑稽なものよ、というユーモアの感覚を源としているので、読んでムカムカするような所は一つもない。エリザベスの知性と毒舌と豪胆さは間違いなく父親の遺伝を受けている。この父親もイギリス風の皮肉の標本みたいな人間でとてもおもしろい。
 登場人物の大半は俗物で愚鈍で恥知らずである。その中で数名だけが称賛に値する人格を有しており、彼らの恋を中心に物語は展開していく。上巻はまあ並の進行といった所だが下巻は他人事ながらハラハラしてきて読み進める速度も速くなる。最後に問題が解決を見る件では、心の中で拍手が巻き起こる。うむ、完全に作者の掌中で転がされている私。しかしこれこそが名作の名作たる所以であろう。
 私が大きく評価する理由1。題材は平凡だが人物描写が際立っている。これは物語の構造を入り組んだものにして、しかし人物描写が凡庸なものの真逆にあって、前者の方がはるかに難しく高度である。このような技はひとえに幅広い人物観察眼を持っているがゆえに出来ること。並の心に務まる仕事ではない。
 2.会話の絶妙さ。静かな愛情の伝達から、辛辣な口撃、下品な狂気、爆笑を誘う皮肉と、非常に広がりがある。誰もがその人間の持ち合わせの人格から実に自由に言いたいことを言っていて、それが色彩豊かでとても楽しい。これも作者の心にブロックがないからこそ出来るのだ。
 これを読むと、自分も小説を二、三書いたことがある、などとは恥ずかしくてもう二度とは言えなくなるーーそれほど素晴らしい作品である。若い頃に読んだものは年を取ってから読むと、はあ、もういいや、みたいのが多いが、42歳にもなるともう審美眼はほぼ定着している。この本は間違いなく晩年に再読したとしても大笑いをさせてくれるだろうことは間違いないと確信している。
 ジェイン・オースティンの他の小説は未体験なので、今後読んでみようと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?