【ネタバレ映画批評】『ちょっと思い出しただけ』②出会いから4年間の野原葉考
前回の批評ではだらだら書いてしまったが、2度めの鑑賞を終え、今回は劇中ではほぼ追われておらず「でもわかるでしょう」と松居監督が鑑賞者に問いかけているような、劇中では描かれていない肝心な野原葉の3年間に絞って考察してみたいと思う。判明した事として結構私は思い違いをしていました(汗)
——まず3年目に照生を強引に待ち伏せ職場まで送った日、車中では劇中唯一と言って良い「口論」がありました。勝手に待ち伏せしたにも関わらず、降ろす時には冗談ともつかないキツめな口調で料金請求までしますが、ここで二人は別れてしまったようです。3年で別れてます。
「じゃあ6年間の恋愛の記録と違うだろ!」と思いますがまあ抑えて。
5年目は双方コロナ禍での変化を捉えるだけの描写です。しかしここで描かれはしないものの恐らく葉はLINEマメな康太と深まり、結婚・出産と進み、照生もゆっくりながら泉美と会う時間が増えていったのかもしれません。
その上で4年目には猫のもんじゃが葉からのプレゼントであるバレッタを引っ張り出してきます。しかしその日に散髪に行った照生にはもう不要です。ダンサーの夢に決別し、裏方スタッフとして生きる現在、髪はサッパリとしたほうが良いのです。葉の残した最後の物理的記憶がここで潰えます。
——自身のヘマもあった仕事帰り、ダンサーの後輩泉美に偶然会い、彼女の誘いで行きつけのバー「とまり木」に寄ります。翌日の牧田との会話でそれは朝まで続いた事がわかります。
——3年目、ここで照生はダンサーを断念するかどうかを左右するような、足に深刻なケガを抱えます。ケガの発生自体は葉に伝えていたようだが、そこからLINEでのやり取りは 2週間滞る。遠慮せず自分に打ち明けて相談してくるものと考えていた葉は「(自分に期待しているであろう)彼女が傷つく事になってはいけない。しっかり今後の方向性を決めてから伝えよう」と葉への気遣いから慎重になっていた照生の心情がわからない。それどころか自身が蔑ろにされていたようにさえ感じる。出会って3年目になってもなお、照生の人柄、思考がわからないようでは行く末が不安になるが、最後に明らかにぞんざいな口調になった葉は「もういい、さよなら」と言わんばかりに追い出すように照生を降ろしてしまう。ここは胸が痛む。照生の利己主義を責めながら葉自身も利己主義である自身に気がつかないのだ。うまく行かない恋愛は本当に苦しい毎日となるが、その苦しみから免れたい思いが「関係をはっきりさせたい」と勇み足につながる事は多いもの。
その後——もう過去に決別し前に進もうとした葉は誘われるままコンパに参加。思いがけず知り合った行きずりの男康太と一夜を共にしてしまう。恐らく康太はこの直後からマメなLINEでコミュニケーションを取り続け葉も満更でもない関係に発展した——それが4年目と5年目に当たるのだろう。
——2年目はもっとも二人が充実した年だろう。誕生日は前日から葉が泊まり、起き抜けにプレゼントのバレッタを照生に着けてあげて外出。そのまま照生の職場で休館日の水族館を貸し切り気分でデートを満喫しマンションの屋上で花火遊びに興じ、部屋に戻って二人が好きな映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」をケーキを食べイチャイチャしながら観た。この時照生は独り言のように「来年の誕生日にプロポースしよ」と口にする。横聞き気味だった葉はもう一度言わせようと問い詰めるがはぐらかされてしまう。
おそらく葉は「来年の誕生日にはプロポーズしよう」との照生のつぶやきだけはしっかり覚えており、子供のようにそれだけを心待ちにしていた3年目の誕生日だったと容易に想像がつく。ところが実際は照生に試練が訪れ、そんな肝心な、まさに二人が力を合わせるべき時季に、仲違いし別れてしまうとは両者想像だにしなかっただろう。
——出会った1年目の誕生日は朝から土砂降り。まだ二人の関係は葉からみると曖昧な状況。仕事の間断を縫ってプレゼントを渡しに照生の職場に駆けつける。しかし窓から中の様子を伺う葉の前には仕事後に泉美らからプレゼントを笑顔で受け取る照生の姿が。それを観た葉は嫉妬と共にいたたまれなくなり、その場でプレゼントを捨ててしまう。
——ここで葉がダンサーの世界がまるで自分より上流であるかのように思っていたような感情描写をみせる。照生に寄せる思いにはそんな届かぬものへの憧れめいた色もあったのかもしれない。
車に戻る葉は雨中、妻を探すジュンに出会い、探す手伝いをし、傘もささずに歩き回りびしょ濡れになる。しかしジュン夫婦に感化されたのか、照生に会いたくなり、そのまま照生の働く夜の水族館を訪ねる。そこでは照生は優しく葉を受け入れタクシーで葉を送る。車中たわいない会話が続くが葉が自宅前で降りようとするその刹那、彼女の腕を掴んで照生は「伝えたら壊れちゃうんじゃないかと思って」と前置きをし、勇気を振り絞って「思いの断片」のような不器用な愛の告白をする。ここで、そもそも思いを伝えるのがヘタな照生の気持ちを知ってか知らずか、葉は「恋愛映画みたい」「ここ、いい音楽が流れる場面だよ」といつもの調子で茶化してしまう。運転手の気遣い虚しく照生はそれ以上、云う気が殺がれてしまったのはなんとも気の毒だった。
——そして出会いの日。親友さつきが誘ってくれた観劇後の打ち上げで、問われるがまま率直に厳しい感想を出演者当人である照生にぶつける葉、しかし率直な葉ゆえに照生の印象に残り、バッグを忘れた縁で一緒に帰る事が出来て、アーケード街での思いつきの他愛のないゲームやダンスに興じる中でお互いが「特別な存在」と感じた——ここから二人の恋愛がはじまった。
——そして場面は現在の6年目に戻る。しっかり自身の「生き方」を選んだようにみえる葉だったが、運命のいたずらで、偶然に入った劇場で照生の踊る姿が目に入ってしまう。ここの場面は「照生が踊っている」という事が重要だったと思う。彼女が真剣に愛したものがなんであったかが象徴されている。だから出会った6年前に思いを馳せ、抱き合いながら踊る見果てぬ自身の姿をそこに投影してしまったのだろう。いや、たまりませんね。この場面。偶然ひき会わせてしまう運命の神様は2人をどうしたいのだろうか。
——さて、ここで問題は、ミュージシャンが先に止めているタクシーに向かうが、その運転手が葉であることを照生は察していたのかどうか。但し知っていたとしても声を掛けるだろうか。葉は奇跡を待つかのようにバックミラーに照生を捉えながらスマホへのメッセージを期待します——が画面に通知は来ません。双方「自分からはアプローチしないが、来てしまったら対応しよう」と矜持を持っている事を感じます。
お互いがお互いを認識していながら声を掛けないならやはり二人はもう「前に進んでしまった」のでしょう。最後は「6年前からの2人のストーリー」を同じ暁の空を見つめながら「ちょっと思い出している」——と。
——3度目の鑑賞に行ってしまいそうです。
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