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おじいさんとおばあさんと古いナタ

ある山あいの、里のはずれに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんとおばあさんは2人暮らしです。今日も、2人で朝ごはんをいただきます。ちゃぶ台に並ぶのは、今日もご飯とお味噌汁とおばあさんの漬けたぬか漬けです。2人は慎ましやかですが美味しいご飯をいただきます。そして、そのあとはそれぞれの仕事に励みます。

おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは最近アマゾンから届いたピッカピカの新品の洗濯機で洗濯をします。

おじいさんは食後のお茶をゆっくり飲みます。そして、一息ついてから立ち上がり、玄関へ向かい上がりかまちに腰を下ろしました。いつもの地下足袋を履き、コハゼを留め、おもむろに振り向いておばあさんに声をかけました。

「じゃ、おばあさんや、山へ行ってくるよ。」

おばあさんは、洗濯機の取扱説明書の小さな文字を目を細めながら食い入るように読んでいます。そして目線を外すことなく

「はいな、おじいさん。熊に気をつけて行ってきておくれなましね。」と、答えました。

おじいさんはその姿を見て、こんなに熱心に新しい機械にガッツリ取り組んでいるおばあさんの姿に感心しました。


 おじいさんは山へ行く道すがら、さっきのおばあさんの様子を思い出していました。

「おばあさんが洗濯機を喜んでくれてよかった。川の水は冷たいからさぞや辛かっただろう。これであかぎれもできんでいいだろう。よかった、よかった。」と、心から思いました。と、同時になんとなくモヤモヤした気持ちが頭をもたげてきてもいました。

「ただのう、なんかスッキリしん気もするなぁ、洗濯機が欲しかったのならそのまんま正直に、素直に言ってくれてもよかったのになあ、あん時の感じだと、ど~もうまい具合に言いくるめられちゃったような気がしてならんのだけれどなぁ」と、おばあさんの「働き方改革論」を思い出していました。

おじいさんは、今一つすっきりしないまま山へ分け入り、今日の仕事に取り掛かりました。


木々の小枝を払ったり、椎茸の生育具合をみながら、おじいさんはハタとあることに気がつきました。

「そうか!、わしも働き方改革の恩恵に預かりたかったんじゃ!おぉ、きっとそうじゃ。わしも何か仕事が効率的にこなせるような、新しいものを欲しかったんだ。」と、自分の心の声に気づき、附に落ちました。
「でもなぁ。。今すぐこれが欲しいっていう物もないしなぁ、おばあさんが買ったからって『じゃ、わしも』ていうのも、子供じみとるしなぁ。。。」

モヤモヤの原因は分かっても、もう一つすっきりしないおじいさんでした。なんとなく見るとはなしに、辺りを見回しましたら、ふと、手元のナタに目が止まりました。

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「おぉ、そうじゃ!ナタじゃ!これはもう3、40年使っとる。研いじゃ使って研いじゃ使ってを繰り返しとるが、そろそろ新しいナタが欲しい頃じゃ!」

おじいさんは、ナタを手に取り、刃を表に向けたり裏に返したり、長い間働いてくれたナタを慈しむように見つめました。

「そうじゃ、わしも新しいナタを買ってみよう。ナタならおばあさんも新調するのを了解してくれるじゃろう。早速、今日、帰ったら相談してみよう」
おじいさんの心のモヤモヤは、いつの間にか消え去りすっきりと晴れたのでした。


おじいさんは山の仕事を終え、刈った柴や薪用の木を背負子にくくりつけました。背負子はずっしりと重いけれども、心と足取りは軽く、ワクワクしながら家路を急ぎました。帰り道々、「どんなナタがいいかなぁ?」と考えると自然と顔が綻んで心が弾んでくるのでした。



村へ降りてきますと、そこへ庄屋様が通りかかりました。
「庄屋様、こんにちは、良いお天気ですね。」おじさんは丁寧に挨拶しました。

「おや、こんにちは、山仕事でしたか?ご苦労様でしたね」と、庄屋様はにっこりと労ってくださいました。

「おや?おじいさん、何かいいことでもありましたか?何やら嬉しそうですね」庄屋様は、おじいさんの顔を覗き込むように尋ねます。

おじいさんは自分の心を見抜かれたかと慌てて、「いえ、いえ、何もありませんです。ただ、ナタが古くなってきたので『ここらで新しいものと買い替えようかなぁ』などと考えていましてね。それで、ついつい顔が緩んでしまったようなんですよ。」と、少し恥ずかしそうに答えました。

「ホーホー。それはいいですね。おや、ナタというのはその腰に刺してあるそれですか?」

「ええ、そうです」と答えながら、おじいさんはナタを手に取り庄屋様に見せました。

「なるほど、ふむふむ・・年季が入っていますね。  

ところで、これはおばあさんにもお見せなさったのですか?」などと庄屋様は尋ねます。

おじいさんは『おばあさんに?なんでじゃな?』と、思いながら「いえ、特には見せておりませんが。。?」と、答えました。

「ほう、、なるほど。」

おじいさんは、庄屋様の返答に何か含みがあるように感じましたが、気にしないことにしました。そして

「ところで、庄屋様はどのようなナタをお使いになってみえるのでしょうか? いえ、すみません、どんなのを買って良いのかちょっと考え中でして。。」と、聞いてみました。

庄屋様の目がキラッと光りました。

「うちかい?うちは飛騨の匠の一品だよ。飛騨の職人の中でも、一、二を争うぐらいの職人に作ってもらったナタでね。重さといい、手に持った時のしっくり馴染む感じといい。鋼の入りかたといい、惚れ惚れするほどの出来栄えのナタでね。使うのが惜しいぐらいのものなんだよ」

庄屋様が急に饒舌になり、おじいさんはちょっと驚きました。おじいさんは『こりゃあ話が長くなりそうだ。。』と、思い早々にこの話を切り上げ、いそいそと家に向かいました。


家に着き、おばあさんの出してくれたあたたか~いお茶をすすりながら、早速ナタの話をしてみました。

「ほうほう、ナタかね。いつもよう働いてくれとるでねぇ。古くなって切れも悪くなってくるんじゃろうねえ。」

そういいながらおばあさんは、おじいさんのナタを手に取りました。表と裏を返し返しながめ、
「どれ、ちょっと研いでみようかねぇ」と思いがけないことを言いました。

おじいさんは「いやぁ、何度も研いとるでもう鋼が悪くなっちゃってしもうとるかもしれん。」と、半ば諦めつつ呟きましたが、おばあさんは意に介せず、研ぐ支度をせっせと始めました。タライに水をはり砥石をぼちゃんと漬けました。

おじいさんはその手際の良さに少し驚き
「おばあさん、ナタが研げるのかい?」と聞きますと、おばあさんは、カッと目を見開き

「わたしゃこの里、1番の包丁研ぎだよ、私に研げない包丁はないって言われてるんだよ!」と胸を張って言い切りました。

おじいさんはその勢いにまたおののきました。
「えぇぇ・・そ、そうなのかい?し、知らなかったよ。だけど、包丁じゃなくてナタだけど大丈夫なのかい?」

おばあさんはタライから砥石をジャバッと取り出し、振り向きもせず
「鋼が入っているものならどれも同じようなものじゃろう。。いけるだろうと思うよ」
と、答えるや否や慣れた手つきでシャッシャッ、シャッシャッと研ぎ始めました。

おじいさんは、おばあさんのその無駄のない鮮やかな一連の動きにただただ目を奪われました。そして、気がつけばポカンと口を開けておばあさんの勇ましい研ぎ姿に目を奪われてしまっていたのでした。

(わしはおばあさんと一緒になってもう50年にもなるが、そんな噂、全然知らんかったわい・・・。あぁ、昼間、庄屋様がチラッと言っていたのはこういう事だったのか。なるほどねぇ、、。)と、ひとり驚いたり感心したりしました。

そうこうしているうちに、ナタは研ぎ終わリました。おばあさんはおじいさんの方を振り向き、鋼がキラリを光るなたを差し出しました。

「結構、切れるようになったと思うよ。ちょっと試しに薪でも切ってみて
おくれなさいな」

おじいさんは、ハッと我に帰り
「じゃ、ちょっと試してみるよ」と言ってナタを受け取り、納屋の丸太を切ってみました。

スッカーン!ーーなんということでしょう、これまで聞いたことのないような、軽やかな音が辺りに響き渡りました。
おじい「おお、切れ味が全然違う!よう切れるようになったよ。ありがとう、おばあさん。おばあさんは研ぐのも上手いんだねぇ。」新品のような切れ味におじいさんは大感激でした。


「そりょうあよかったわ、これでまたこのナタもしばらく使えるねぇ。ナタも喜んでいるよ。それに、節約もできたし、一挙両得だねぇ。」おばあさんも嬉しそうです。そして
「『倹約なくして改革というなかれ』だもんね。ふふふ。」と、続けました。

おじいさんは、その言葉を聞き今更ながらおばあさんの方が何枚も上手なことに恐れ入ってしまうのでした。そして、

「まだまだと 敵わぬ腕は 研ぎと口」などと詠んでしまうのでした。


おしまい

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