教会に住まいて 鍜冶惣学生会 平田定道

はじめに

皆様初めまして。天理大学一回生の平田と申します。有り難いことにお話の機会を頂戴いたしましたので、私が日々の生活で感じてきたことや意識していることをお話させていただきます。拙い話ではございますが目を通して頂けたら幸いです。

○親の偉大さ

私は産まれてから20年間教会で育ち、幼稚園から高校まで天理の学校で学ばせていただき、現在は天理大学に入学し、大学ライフを楽しんでいる真っ最中でございます。そんな何不自由ない暮らしの中で何の疑問も持たず生活してきた私ですが、大学生になって初めて天理教から離れたいと思うことがあったのです。理由は単純で、友達と遊ぶことができなかったり、バイトをすることが許されなかったりと、大学生ならではのしょーもない悩みでした。親の思いを考えることすらしなかった私は不満ばかりたまり、気づけば親に対して反抗的な態度ばかりとっていました。
その姿を見た兄は私に「おまえはやるべきことちゃんとやってるんか?」と一言投げかけ、私はその一言でハッとさせられました。教会に住んでいるにも関わらず朝づとめには起きない、ひのきしんもせずにぐーたらする毎日。そんな人を見て誰が喜び、受け入れてくれるのか。自分の行動にすら目がいかなかった私は恥ずかしい気持ちでいっぱいになりました。それと同時にこんな私を叱らず、いつも優しい目で見てくれていた父母の親心に気付かされました。いつ、どんな時も人のために尽くしてきた親の姿は、私にとって偉大なものであり、目指すべきものになりました。少しでも親孝行ができるよう日々の生活から感謝の気持ちを忘れず通らせて頂こうと思います。

○心がけていること

私は身近な人ほどほこりの心遣いが沢山出てしまうので、ほこりが出てしまっているとその場で気づいたときには心を沈めて自分と対話するようにしています。もし一日の中で知らぬ間にほこりを積んでいた場合はおつとめで親神様、教祖にできる限り思い出したことを報告させていただき、次は早くその心遣いに気づけるよう努力させていただきますとお願いさせていただいています。
そして私は最近学修に参加させていただいて、そこで目標を立てました。それは「成って来る理を噛み締め、素直に受け止め、親にもたれきる」ことです。
私が心がけていることは当たり前のことばかりですが、当たり前をしっかりできる人ほど信頼が強い人はいないと感じているので、まずは自分にできることから精一杯取り組んで行こうと思います。

短い話ではありましたが、最後まで読んでいただき有難うございます。
私自身もっとキャリアを積んで皆様に良いお話をお届けすることができるよう通らせて頂こうと思います。ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?