もう、キレイはたくさんだ。
もう、キレイはたくさんだ。
あなたは道を歩いていて、見知らぬ人に「ブス」「デブ」と、笑われたことがあるだろうか。
お土産のお菓子を「キモイ」と、蹴飛ばされ捨てられたことがあるだろうか。
陰で侮辱的なあだ名を付けられたことがあるだろうか。
私はある。
それも一度や二度ではない。
学生時代の話だけではない。
私は物心がつくと同時に、自分の容姿が悪いのだと気付いた。
丸顔の大顔で目つきが悪く鼻は低く、手足は短く、ずんぐりむっくり。
3歳下の弟はキッズモデルをつとめるほど器量がよく、親戚の悪意のない「姉弟でもあまり似ていないわね」という言葉や、母親の「うちの子、ぽっちゃりしているから」という言葉が幼心に刺さった。
そうか、私はデブでブス。
どうせ、私はデブでブス。
私は成人するころにはすっかり開き直りを覚え、枝毛だらけの髪に毛玉だらけのスエットを着た、ビール片手にジャンクフードを食い漁る女になってしまっていた。
身長160cm、体重は70kgを超えた時に体重計に乗ることをやめた。
おそらく80近くはあったのではないかと思う。
そんな私が、心の底から「変わりたい」と思う出来事があった。
20歳も後半に入った頃、綺麗な友人たちができて「彼女たちと並んで歩けるくらいキレイになりたい」と思ったのだ。
(詳細は拙著『ブスが美人に憧れて人生が変わった話。』をご覧くださいませ。お宣伝すみません)
結果、私は1年で30kg近いダイエットに成功した。
洋服を見に行けば自分より若くて可愛い店員さんが「わぁー!ウエスト細いですねぇー!本当にスタイルが良いですね!」と褒めそやしてくれる。
もちろん接客のリップサービスだとわかっていても、今まで言われたことのない言葉に私は舞い上がった。
尻ごみをしていた美容室やエステサロン、百貨店のコスメカウンターにも堂々と入れるようになった。
キレイでいること、オシャレをすることが本当に楽しくて、楽しくて仕方なかった。
体重が45キロを切った頃、それまで自信がなくて着られなかったノースリーブのニットや丈の短いワンピースを着て、ハイヒールを履くようになった。
太っていたころと顔は変わっていないのに、キレイ、可愛いと言われるようになった。
年齢を言えば驚かれ、そして称賛された。
痩せれば痩せるほど、装えば装うほど、私の周りの世界は私に優しくなっていった。
タクシーの運転手さんが料金を安くしてくれた。
居酒屋の店員さんが高級な日本酒をサービスしてくれた。
バスの待合所で雨が止むのを待っていたら新品のビニール傘をもらった。
しつこいキャッチに困っていたら通りがかりの男性が彼氏のふりをして助けてくれた。
駅で鞄を落としたら周りにいた男性全員が撒けた荷物を拾ってくれた。
スーツケースを持って階段を降りようとしたら会社員風の男性が代わりに運んでくれた。
仕事関係の印刷物で私の写真が使われることが増えた。
毎週末のように食事やお酒の誘いの連絡が来た。
座っているだけで何もしていないのに、感じの良い人だと評価された。
世の中は、こんなにもキレイな女に優しいのだと知った。
そして疲れた。
丈の短いスカートは階段やエスカレーターで常に気を使う。
タイトスカートは歩きにくい。
ストッキングは肌がかゆくなるし、ヒールは脚が疲れるし冷えるし、非常時に走ることもできない。
風が吹けば髪が乱れるし、汗をかけば化粧が落ちる。
セクハラまがいの発言、不躾な視線、ナンパや水商売のスカウト、丸見えのお世辞なんかうんざり。
大好きなビールを我慢して飲むココアプロテインの味にも飽きた。
週3回のジム、月1回の美容室とネイルとまつ毛エクステ、毎朝1時間かけていた化粧とヘアセット、あんなに楽しかったのに、それら全部はいつしか楽しいものではなくなり、キレイでいなければというプレッシャーで義務的に自分へ課していたものになってしまっていた。
最終的にツイッターを通して知り合った友人の彼氏から性的な誘いを受けた時、私は、もう、キレイは十分だと思った。
そして自らの意思で、キレイな女でいることを辞めた。
さて、今の私は身長160cmの体重52kg。
ユニクロのMサイズがぴったりの中肉中背。
ショートボブの髪に5分で終わる簡単なメイク。
まもなく33歳になる。
つまり、私は肥えた野暮ったい女から、キレイなお姉さんを経て、丸っこいおばちゃんになったのだ。
丸っこくなった私に世の中は驚くほど無関心になった。
それでも良い。
それが、良い。
なんと快適なことか。
何度も食事に誘ってくれた男性たちからの連絡はパッタリ途切れた。
キレイでも、キレイを辞めても、きみが幸せならそれが一番良いと言ってくれた人と結婚した。
綺麗な友人たちは、私がキレイを辞めても結婚しても、相変わらず仲良くしてくれている。
友人や家族に恵まれて、仕事も楽しい。
過去にキレイを頑張ったことが、無駄であったとは思わない。
キレイの全部を捨てたわけではない。
ただ、必要以上の背伸びをやめたのだ。
キレイになって、キレイを辞めて、また新しい生き方と新しい幸せを見つけることができた。
タイトスカートにハイヒールを履いた私はキレイだった。
今、デニムにスニーカーを履いた私は無敵だ。
そして、とても綺麗だ。
今の自分を誇りに思う。
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