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私が「表現の自由」の仕事をするようになった理由

もう10年以上前、東京都の「非実在青少年」条例が論争になっていた頃の話。

 古い知り合いがやっていた不登校の子どもたちに勉強を教える教室が、NPO法人化するしないの話になって、その辺の制度に詳しい人間ということで私が呼ばれた。最終的に法人化は見送りになるのだけど、昔のよしみで色々と事務とか助成金に関することを頼まれてしまい、そこの教室の事務所にたまに顔を出して、スタッフとか保護者会の人たちとかに、あれやこれやの事務のコツを教えるようなことをしていた。

 ある日、保護者のボランティアの人から会計ソフトの導入かなんかについて相談されて、事務所でお茶をしながら話していた時だったと思う。そのボランティアの娘さん(教室に通ってる不登校の中学生)と、その友達のやはり不登校の中学生が私のところにやってきて、挨拶もそこそこに、「新聞見たよ!」と地方紙の切り抜きを出してきた。けっこう前に市民センターでやった討論会についての小さな記事。私が司会をやっている様子の写真が載っていた。わざわざ図書館で調べてコピーしてきたようだった。人口減少時代の地域公共交通のあり方みたいなテーマで、地方議員とかが集まって討論した時の記事だったと思う。

 てっきり若者が地域の問題に関心を持ってくれたんだと嬉しくなり、どういう切り口でこの討論会の意義について話そうかと思ったんだけど、彼女たちの用件は、私にとってまさに予想の斜め上のものだった。

「石原慎太郎に会わなきゃいけない。言いたいことがある。何とかならないか」という相談に、私はびっくりして、どうして都知事に会いたいのかと質問した。

 その子は、「銀魂」というマンガの大ファンで、東京都の青少年健全育成条例の改正内容次第では、「銀魂」が今までと同じようには続けられなくなってしまうかもしれないという話をどこかで聞きつけ、それを止めるために石原慎太郎と会って抗議しようと思い立ったのだという。

 一人の子は、ものすごくしゃべる子だった。漫才を披露するようにハキハキとしゃべり、落ちをつけて笑わそうとしてきた。

 もう一人の子は、あまりしゃべらず、まとめてきた資料と、自分の意見書のようなものを渡してきた。四コマの解説漫画のようなものまで付いていた。

「荻野さん、政治家にコネがある人なんでしょう?」と期待をしてくれたけど、残念ながら私には石原慎太郎のアポをとれるような伝手はない。

「うちの子、マンガ大好きで、最近は、この青少年条例反対の話ばっかりで」みたい感じで母親は笑っていた。「アグネス・チャンさんが新聞のインタビューかなにかに答えてる古い記事も、インターネットで読んだらしくて。朝も起きられないくらいに落ち込んじゃったかと思ったら、次の日から、もう怒った、絶対に石原を許さない、表現の自由を守るんだとか言って、反対活動家になっちゃったんですよねぇ」という。

 率直に、面白い話だなと思った。

 必ずしも似た経験とは言えないかもしれないけど、そういえば私も15歳くらいのとき、地元の図書館の司書たちが、蔵書の廃棄を要求してきた市民運動に抵抗して戦う様子を報道で目にして、表現の自由という問題が心に引っ掛かっていたのを思い出した。目の前の子どもたちが、そういうことに関心を持ってくれたこと自体に、何か嬉しい感じがした。だから、石原慎太郎のアポは取れないけど、代わりに静岡大学の先生あたりにお願いをして、表現規制の問題についての勉強会を開いて、皆に聞いてもらうのはどうだろうかと提案をした。

 そうして、最初の小さな勉強会を、静岡の貸会議室で開催した。図書館とか憲法を専門にしてる知り合いが講師を引き受けてくれて、子どもたちにも分かりやすく、条例による漫画規制の論点について説明をしてくれた。勉強会には、石原慎太郎に会わせろといってきた二人の子どもたちも来てくれた。色々と準備に時間がかかって年度が明けてしまい、既に2人は通信制の学校に通う高校生になっていた。これが、まだ「うぐいすリボン」という名前もなかった時代の、いわば「第0回目のイベント」ということになる。このとき、告知もほとんどしなかったのに、東京や関西からそこそこの人数が来て、私はさらに驚かされた。いったい何が起こっているんだろうと不思議になった。

 静岡では、この第0回目を含めて数回の勉強会をやったけど、そのたびに、地元の人間以上に東京と関西から参加者がやってきた。BL系の同人サークルのグループとか、フリーランスのゲーム作家のコミュニティの人たちで、私にとっては、それまであまり接点のない世界の方々だった。その人たちから、東京や関西でも勉強会を開いて欲しいと頼まれ、最初は講師を紹介するから自分たちでやってはどうかと言ったんだけど、オーガナイズする人がいないからぜひという話になり、言い出しっぺの子どもたちからも「やってあげなよ」みたいなことを言われてしまい、東京や関西でイベントをやっている内に、うぐいすリボンという組織ができあがっていった。

 少し長くなったけど、今回の本題は、ここからだ。

「非実在青少年」の条項がなくなった条例改正案が都議会で可決された少し後、石原慎太郎に会わせろと言ってきた子と、市内のガストで偶然出くわして近況を聞いた。

 高認をとって、大学でデザイン系の勉強をしたいので準備中でみたいな普通の話の後、予言者のようなことを言い出した。

「私もオタクだから分かるんだけど、オタクはたぶん面倒くさいし、これから大変なことになる」と彼女は言う。

 色々と話してくれたが、オタクの人たちの「悪いクセ」が出て、要らんことにこだわったり、要らん挑発や嫌味を言って、せっかくうまくいった話を台無しにしてしまうのではないかみたいな心配をしているようだった。

 それから、とても気になるこんな話をしてくれた。

「正直に言うと、自分は普通のオタクだから、石原慎太郎に腹は立ったけど、そんなに人生を悲観していたわけじゃなかった。条例が改正されても18歳になるまで大っぴらに本を買うのを我慢すればいいだけのことだから」と。

「でも、自分の友達のあの子は違う。あの子は現実の男にも女にも恋愛しない子で、恋愛とか性の気持ちは、マンガの中にしかない。描いたり読んだりすることでしか、自分が何者かを知ることも伝えることもできない。だから条例でそれが禁止されるかもしれないと知ってからは、本当に精神的に追い込まれていた。それに、条例では終わらないと聞いた。児童ポルノ法とかが改正されて、そういうマンガを描いただけ、持っているだけで逮捕される時代になるかもしれない。自分は、もちろん反対はするけど、もし法律がそうなってしまったら、いったんそういうジャンルとは距離を置く選択もできると思う。でも、あの子は、逮捕されても、死刑になるとしても、そういう絵を描くのを止めないし、一生自分の原稿や大切な本を捨てることができないと思う」と。

 マンガ等の表現規制問題を論じるとき、「絵や記号や物語を性的対象にする人たち」の存在について考慮することを、私はずっと提唱してきたけど、その辺りについて、もう一歩踏み込んで何かできないかと考えている。

 実は、だいぶ後になって、もっと詳しい話を本人から聞く機会があった。
 子ども時代、その子はウンザリしていたという。周りの人たちは、きっと善意だったんだと思う。「彼女」がどうしてそんなグロテスクなお化けみたいな生物だらけの酷いマンガを描きたがるのか理解できなかった。何か良くないことさえ取り除けば、大人になって出会いがあれば、きっと素敵な恋愛をするようになるはずだと信じていたのかもしれない。でも、違った。本人にとって恋愛とか性的なことというのは、自分の身に降りかかって欲しくない禍々しい「厄災」のようなものだった。性についての興味や欲望はあっても、それは男性(あるいは女性やその他の人)と恋に落ちてどうこうというものではなかった。
「自分のことがとにかく知りたかった。そのためには頭の中のことを出してみる必要があった」のだという。「イラストだけじゃなく小説もたくさん書いた。誰とも恋したくない。自分は女でも男でもない。小さい頃から本当は分かっていたはずの、たったそれだけのことなのに、自分で信じられるようになるためには、あんなに大量の落書きが必要だった」と。

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