緒方謙

全国紙社会部記者、デスクとして事件、調査報道を主に担当。数々の事件を担当し、チームとして新聞協会賞、坂田記念ジャーナリズム賞を受賞。テレビ局で報道担当を務める。調査報道をテーマにした小説「暗黒報道」の連載が2024年10月からスタート。日本記者クラブ会員。

緒方謙

全国紙社会部記者、デスクとして事件、調査報道を主に担当。数々の事件を担当し、チームとして新聞協会賞、坂田記念ジャーナリズム賞を受賞。テレビ局で報道担当を務める。調査報道をテーマにした小説「暗黒報道」の連載が2024年10月からスタート。日本記者クラブ会員。

最近の記事

暗黒報道㊼第六章 暗号解読

■大学教授の死   大神は伊藤楓と都心の喫茶店で会った。2人とも変装していた。大神は40代のおばさん、楓は茶髪の超ミニスカートの若い女性になっていた。人の目には、親子のように見えたかもしれない。  「すっごい、格好ね。キャバクラで働いているの? 全然違和感ないんだけど」  「これだとさすがにわからないでしょ。解放感があって不思議な気持ちになりますね。大神先輩もご近所のおばさんですね。たまにはギャルになってみたら」  「いいかも」。2人は笑い合った。  「相当、インパクトがあ

    • 暗黒報道㊻第五章 青木ヶ原の決闘

      ■楓からの強烈な質問状  後藤田武士が青木ヶ原の樹海で瀕死の重傷を負ったことは、蓮見内閣官房副長官からすぐに下河原総理に連絡が入った。  「あいつは不死身だと思っていたのに……」。電話を切った後、下河原はうめくようにつぶやいた。官邸の総理執務室で1人、椅子に腰かけていたが、足はぶるぶる震えていた。  政権を握る5年前から後藤田とは二人三脚で活動してきた。青木ヶ原の拠点とは専用回線を敷き、リモートでたびたび情報交換してきた。  「孤高の党」が大いなる野望を抱いて突き進むのにど

      • 暗黒報道㊺第五章 青木ヶ原の決闘 

        ■サイコパスは小型核爆弾を持っていた  大阪で起きた毒物混入事件で実際に鍋の中に毒物を入れたのは誰なのか。  「真相解明のカギを握っているのはこの小娘だ」と後藤田武士は言った。    「セイラちゃん、知っていることがあるのなら教えて、お願い」。大神はセイラに呼びかけた。  セイラはスマホから目を離して大神を見た。笑みを浮かべていた。  「さあね、真相は藪の中よ。前にもヒントをあげたけど役には立たなかったのかな。1つだけはっきりしておくわ。ママはホテルに行ってから怖くなったのよ

        • 暗黒報道㊹第五章 青木ヶ原の決闘

          ■謎解き 大神が名探偵になる  青木ヶ原の樹海の一角に立つ屋敷の近くに、大神由希らを乗せたタクシーが停まった。 「大きい。樹海の中に、こんなでかい建物があったのか。知らなかった」。井上はそれだけ言うと黙ってしまった。岸岡が続いた。「ここは国立公園の中ではないか。ということは国の施設なのか」  大神は後部座席でスマホの画面を凝視していた。防犯カメラの映像を早送りしてチェックしていた。  「最近新築された屋敷のようです。この場所が国有地なのか、一部に残っている民間の敷地なのかは

          暗黒報道㊸第五章 青木ヶ原の決闘

          ■樹海へ、いざ  師走に入り、肌寒くなってきた。大神由希は、地下組織「虹」の衣裳部屋から選んだ厚いコートを着て取材に走り回っていた。下河原総理と「ノース大連邦」との間で交わされた密約について重点的に取材すると同時に、後藤田武士の居場所を突き止めるために関係先を当たりまくっていた。後藤田が会長を務める国民自警防衛団(民警団)の本部事務所は、東京駅近くの高層ビルの中にあった。連日出入りを観察したが、後藤田は現れなかった。  大神がワゴン車を呼んで「虹」の基地に戻ろうとした時、車

          暗黒報道㊸第五章 青木ヶ原の決闘

          暗黒報道㊷第五章 青木ヶ原の決闘

          ■大統領からの「密書」  「ノース大連邦」の外務大臣が来日した。下河原総理は官邸で会談に臨み、両国間の経済協力を進めていくことを確認し合った。長年、日本の商社を中心にした民間企業が参入してきた「ノース大連邦」北極圏エリアでの石油・天然ガス開発事業に、日本が国家としても積極的に関わっていく方針も新たに示された。  「ノース大連邦」はここ数年、強力な軍事力を背景に周辺国家へ侵略戦争を仕掛けている。「ウエスト合衆国」を始めとした民主主義国家を標榜する同盟国の多くが厳しい経済制裁を科

          暗黒報道㊷第五章 青木ヶ原の決闘

          暗黒報道㊶第四章 孤島上陸

          ■「幸福公園」の片隅で  白蛇島の惨事から2週間がたった。  大神は地下組織のアジトで生活しながらなかなか眠れない日々が続いていた。自ら拳銃を発射したシーンが何度も夢に出てきてうなされた。精神安定剤を飲んでみたが心の動揺は治まらず、体も変調をきたしていた。  「警察に自首してすべてを話す」と言っても、「虹」のメンバーからは相手にされなかった。「こちらは2名の死者を出した。君はさらに犠牲者が増えるのを防いだのだ。表彰されてもいいぐらいだ」とリーダーから言われた。  河野は今ど

          暗黒報道㊶第四章 孤島上陸

          暗黒報道㊵第四章 孤島上陸

          ■国家機密が漏洩していた? 防衛大臣と官房長官による記者会見が行われた後、地下組織「虹」で最高戦略会議が再開された。記者会見の模様は幹部全員がテレビやネットの情報で承知していた。  出席者が口々に意見を言った。  「鮫島の死亡について認めたな」「明日は国会の予算委員会が開かれる。さすがに鮫島の死を隠したままにはできなかったのだろう」  「だが、難病による病死としていた。なぜか」「『北方独国』の潜水艦が東京湾近くまで来ているだけでも、日本政府の面目は丸つぶれなのに、ミサイル攻撃

          暗黒報道㊵第四章 孤島上陸

          暗黒報道㊴第四章 孤島上陸

          ■「北方独国」に厳重抗議  白蛇島が急襲を受けたことに政権側は衝撃を受けた。早朝、連絡を受けた下河原総理の怒りは瞬時に頂点に達した。  反政府勢力「虹」のメンバーに違いない。しかも謀ったように、「北方独国」の潜水艦が東京湾近くまで侵入してきてミサイルを発射し、鮫島次郎・内閣府特別顧問兼国家安全保障局長が木っ端みじんにされた。  下河原は全日本テレビ最上階の総理執務室の仮眠室で寝ていた時に秘書に起こされて事態を知った。すぐに防衛大臣ら関係閣僚が駆け付け、緊急の会議が始まった。

          暗黒報道㊴第四章 孤島上陸

          暗黒報道㊳第四章 孤島上陸

          ■核搭載ミサイルの設計図   森林に囲まれた大きな屋敷の正門が自動的に開いた。白蛇島を脱出した大神らが乗った2台のワゴン車が滑り込むように敷地内に入った。「虹」のアジトだ。鉄の門はすぐに閉じられた。午前5時半になっていた。  ワゴン車に乗っていたメンバーは、1階の大広間に入るなり緊張から解き放たれ、ぐったりしてソファに体を投げ出した。誰も一言も発しなかった。  白蛇島になにがあるのかを隠密に調査することが目的だったが、武装した敵に遭遇したことで一変した。仲間に死傷者が出た上

          暗黒報道㊳第四章 孤島上陸

          暗黒報道㊲第四章 孤島上陸

          ■潜水艦だ! 発射されたミサイルで爆死  「うそでしょ、何考えているんですか。私を撃つ気ですか。冗談ですよね」。伊藤楓は目を見開いて叫んだ。 「お前がいけないんだ。何度も注意したはずだ。俺を裏切るなと。だが、お前は聞かなかった」。河野進の拳銃を握る手に力が入った。  「正気の沙汰ではない。拳銃なんて捨ててください  「『東京湾Fプロジェクト』は国家の最高機密事項だった。決して表に出してはいけなかったのだ。その情報にお前は触れた。それだけで重罪だ。さらに敵に情報を流し、島ま

          暗黒報道㊲第四章 孤島上陸

          暗黒報道㊱第四章 孤島上陸

          ■サイコパス出現 そこは処刑場だった  大神由希が白蛇島に停泊中の小型船内で、拳銃に初めて触れたころ、伊藤楓は洞窟の中の狭い空間に閉じ込められていた。ドアが取り付けられていて鍵がかかっている。土の地面がひんやりとしていて、牢獄を思わせる空間だった。  島に上陸して大神らと別れてからの1時間は、凄惨な出来事の連続だった。  楓のグループ4人が洞窟の入口付近に到着し、1人が背をかがめ中に入ろうとした瞬間、サイレンが鳴り響いた。楓を除く3人は機関銃や拳銃を構えて警戒した。  「

          暗黒報道㊱第四章 孤島上陸

          暗黒報道㉟孤島上陸

          ■この世の地獄……  大神や伊藤楓ら8人が乗った小型船が午前1時、横須賀港近くの波止場をひっそりと出港して、白蛇島へ向かった。その様子を誰が見ているかわからない。こんな時間でも海に面する遊歩道を散策するアベックはいるものだ。酔っ払いが千鳥足で歩いていたり、寝転んでいたりすることもある。見た目は、漁船の出航という形をとった。  船室で大神と楓は並んで椅子に座り、まっすぐに進む先を凝視していた。会話はなかった。船はゆっくりと進んだ。20分ほどが経った時、うっすらと小さな点のよう

          暗黒報道㉟孤島上陸

          暗黒報道㉞第四章 孤島上陸

          ■胸についていたマークは  弁護士の永野洋子は密かに大神と連絡を取り、大神と伊藤楓が2人で会える日時、場所を設定した。  永野から連絡を受けた楓は、待ち合わせ場所に指定された都心の中心街に広がる日本庭園の喫茶スペースに入った。明治の初め、財閥家族が居宅として利用していた場所で、今は公益財団法人が運営している。  庭園を一望できる屋敷の池に面する空間に、20ほどのテーブルと椅子が並べられ、すでに数人がばらばらに座って談笑していた。  楓は、端の方の周りに人がいない丸テーブルの

          暗黒報道㉞第四章 孤島上陸

          暗黒報道㉝第四章 孤島上陸

          ■「白蛇島」に人影を見た  伊藤楓は有給休暇をとった。入社以来初めてだった。大学の同期でマスコミ業界で仕事をしている元カレに聞くと、休日はきっちりと取れているようだった。だが、その分、給与が上がらないと嘆いていた。「昔の記者の待遇は格別によかったらしい。取材費はふんだんにあって、移動はタクシーが当たり前。バブル期なんて新幹線のグリーン席で東京大阪間を移動してたらしい。確かに忙しかったらしいが、大先輩の勘違いした自慢話を聞くと、首を絞めたくなる。お前たちのせいで、俺たちは今、苦

          暗黒報道㉝第四章 孤島上陸

          暗黒報道㉜ 第四章 孤島上陸

          ■地図は「東の軍艦島」だった  伊藤楓は、全日本テレビ最上階の総理執務室に忍び込むことにした。ねらいは以前この部屋で見た「ターゲット・リスト」だ。誰の名前が書いてあるのかを確認したかった。さらに、報道機関以外の業界で国家権力に物申している人たちのリストも作られているはずだ。まとめて撮影してしまおう。大胆すぎる危険な行動であることはわかっていたが、取材が進まない状況を打開するにはこれしかないと思った。そのために入室する機会を探っていた。  下河原は東南アジアを歴訪するために早

          暗黒報道㉜ 第四章 孤島上陸