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水泥棒に飽きて 梨木神社

暖かくなってきて,京都の水道水をそのまま飲むことに抵抗を感じるようになる季節。かといって500mLのミネラルウォーターのために100円玉を手放す気分にもならない季節。
そんな時期に重宝するのが,附属図書館のウォーターサーバーだ。いつでも絶妙な温度でちょろちょろと水を出すその佇まいは,京大のオアシスといっても過言ではない。私自身,水を汲むためだけに図書館に入ることもしばしばである。わざわざ学生証を取り出してゲートを通り,水を汲んで足早に出ていくまでの一部始終を見ている者などいるはずがないが,仮にそんな人がいたら,彼または彼女は私のことをこう呼ぶに違いない。水泥棒,と。

しかし最近になって,平均して3日に1度くらい全く同じ手口で水泥棒をしていた私にも,さすがに飽きが訪れてしまった。どこかほかに美味しい水が飲めるスポットはないものか。
そこで思い出したのが,梨木神社の井戸水である。

緑に覆われた境内

京大から今出川通を西に進んで鴨川を渡り,御所の少し手前で寺町通を南に入って5分ほど進むと,右側に茂みが現れる。
中に入ると,社務所があって手水舎があって本殿があって,一見すると普通の神社だが,実は手水舎に大事なことが書かれている。

「染井」
当社境内は,九世紀後半に栄えた藤原良房の娘明子の里御所の趾で,宮中御用の染所として染井の水が用いられたといわれている。
京都三名水のうち現存する唯一の名水として知られる。

一滴たりとも無駄にはできぬ

要するに,由緒正しき神聖な地下水が今も湧き続けているのだ。手水舎の横に取り付けられた蛇口から容器に注いで持ち帰ることが可能で,散歩ついでに2Lペットボトルいっぱいに水を汲んでいくのが近所のおじさんのルーティーンのようだ。

普段なら図書館で不審がられないように水を汲んで足早に出ていくところだが,ここは木々に囲まれた神聖な空間。新緑の香り漂う空気と一緒に,天然のろ過装置をくぐった井戸水が喉にしみ込んでいく。

すぐ脇の賽銭箱にお金を入れる。今日だけは,水泥棒になりたくなかった。

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