見出し画像

ゆるいらばうる見本…かもしれない2


38 ■我が隊といたしましては!
*恒はちゅーしたいと、どんどん無口になっていきます
*それで、うまいちゅーの流れを考えていて、顔が厳しくなるのですが、眉根に縦皺が刻まれてしまう前に、六郎が普通にちゅーします
*そうでもしないと、「六郎、接吻だ!」と力強く言いはじめかねないからです。
*士官下士官の雰囲気が色濃く残る弟夫婦宅では、「休め、きをつけ!」ちゅ。「なおれ」です。騙されている気がしますが、深く考えないことにしています

39 ■寝る子と恋する子は育つ(ただし一部地域を除く)
*恒は待ってると熟睡するので、六郎は頭を撫でてみたり(普段はギリィ! って睨まれるので)頬に触ってみたりするんだと思います。お昼寝が狙い時です
*坊っちゃんは、希の寝顔を見ているのが好きで、そのうち希は目が覚めるのですが、坊っちゃんが鋭い眼光で見つめているので目が開けられません
*そして坊っちゃんは、寝たふりをする希も好きなので、じっと見ています。寝たふりをした希が冷や汗を掻き出すと、かわいそうになるので坊っちゃんも寝たふりをしてやります。
*そのうちふたりとも寝てしまいます
*ちなみに、六郎は、あまりにも恒の寝言がうるさいと、鼻を摘まんで黙らせます。「ベーゴマのおでんんんが!ああ!ぐへ。は!」>鼻つまみ中 峠を越えれば静かになるので、六郎も安心して寝ます

40 ■格差社会と私の彼はパイロット
*「私の彼はパイロット」を歌って、恒に冷ややかな目で見られる六郎が見たいです。
*なのになぜか希が歌うと盛り上がったり、坊っちゃんは瞬きをやめたりするんだと思います
*優しくそっと攫われて、偵察員席で激務を押しつけられるといいと思いました。
*急降下のときも急上昇のときも、常に後ろです。
*彼と一緒にラブ飛行(敵地へ偵察)です
*がんばれ六郎
*振り付きだったときの恒の引き具合がもはや見物かもしれません
*無言で敵艦の上に投下されそうです。
*壮行会の出し物などで強制されたのではないことを祈ってあげたいところです>振り付き
*Verはランカちゃんでお願いします
*苦労性の名は伊達ではないということで
*恒兄ちゃんに(ゝω・)v☆キラッ!っては言われてみたいです。 (星間飛行)




アヲノカタミ ~機密情報紙~

同人誌「プルメリアのころ。」のおまけを再録します。
*私的見解のミニ用語集。詳しくは正しい資料で確認してください。

■中島製・夜間戦闘機「月光」
きわめて高度な厨二臭を発する字面である。
長い試作機時代を経て、二式陸攻としてデビューするも鳴かず飛ばず。251空小園司令の発案により、ゴリ推しで斜銃を搭載しこれが成功。しかしゴリ推しの際のいざこざが元でなかなか制式が貰えず、ようやく月光としてデビューしたもののすでに戦況は後期に差し掛かっており、活躍の時間は短かった。
万能戦闘機と呼ばれるだけあって、超長距離偵察もでき夜間もこなし、昼間の戦闘もでき、斜銃があるので接近戦にも強く、電探能力に優れ、二座双発なのに4000kgを切る軽量、25号爆弾も噂の三号爆弾も搭載できるため爆撃機の役目もこなす。上方下方機銃最大五挺のバージョンもある。まさにナンデモデキチャウヨーである。海軍では「万能~」とつくと漏れなく「器用貧乏」というレッテルを貼られるとか貼られないとか。
■ラバウル農園
長期戦を見据え、自活が必要であるという見通しのもと、開墾兵が密林を切り開き、農地を開拓して最終的に作付面積最大6500ヘクタールの大農地を持つまでに成長。兵士の中に農業に詳しいものも多く、彼らの指導の下、常夏をいいことに田植えの隣の田んぼで稲刈りなどという超輪作が展開された。主な産物は芋。たばこの葉も生産されていた。補給が切れたラバウル基地が終戦まで存続できたのはこの自給自足による部分が大きかった。広大且つ空襲が酷くなる前は、気候にものをいわせた早作・豊作であったため「ラバウル農園」と揶揄されるほどであった。
■ラバウル温泉
湾の一部から海中温泉が湧き出していた。常夏のラバウルで、熱い温泉に入るのは日本人だけだったと言われ、今も、「花吹温泉」「宇奈月温泉」などの名称が残る。「日本兵が入っていたので」などという理由で、この近辺では今も温泉を愛用する方々がいらっしゃるようです。(火山がえらいことなので現在の状況は不明です2024)
■絹のマフラー
新米は白である。使うとだんだん汚れてゆくので染料で染める。どんどん濃い色に染めてゆくので、ベテランほど濃い色である。薄い色に後戻りはできず、最終的には紺派・茶色派に分かれる。また成績が良いとマフラーが貰えることもあるため、ベテランの真っ白もステイタスであった。
初めから色つきのオシャレマフラーもあり。
■線香花火
西はスボテ、東は長手。現在国産スボテ線香花火を作る会社は二社である。ちなみに火薬の配合が違うので、外国産花火と国産線香花火では線香花火が辿る経過が違う。昔は雑貨屋で普通に買えたが、現在は主に日本文化系のショップで取り扱われている。
■サイダー
海軍がなぜそこまでサイダーに固執するか、筆者はまだ理由に辿り着けない。戦艦「大和」にはサイダー製造室があり、ラバウルでも搭乗員の回顧録に頻繁に出現する。「海水からつくれるからしかたないもん! 消火装置の炭酸ガスを応用しただけで、専用じゃないもん!」と言われても怪しいものである。航空機に乗る際は、地上で栓を開けていかないと上空で気圧差により噴き出すため注意が必要。なぜそんなリスキーな飲料を携帯したかは不明であるが、海軍と言えばやはりサイダーである。
■リクボタル
生育に川を必要としない、陸上で生活する蛍。幼虫の形態はゲンジボタルなどの幼虫に面影があり、成虫は日本の蛍を想像すると痛い目を見るようなサイズである。ネムノキなどに群生し、呼吸を合わせて一斉に光るさまはクリスマスツリーに喩えられることも。幼虫はカタツムリやタニシなどの軟体生物から水分と栄養分を同時に補給。儚い光のイメージからほど遠い獰猛な肉食。幼虫の頃から光る。
■ラバウル航空隊
歌に歌われる「ラバウル航空隊」だが、「ラバウル航空隊」を冠する部隊は存在しない。ラバウル航空隊は、ラバウル飛行場を基地とする多くの航空隊の総称である。
■ラバウル
歌や戦後の書物では「ラバウル」と記載されることがほとんどだが、戦中戦前の海軍海外留学組はこれを「ラボール」と発音していた。英語表記で「Rabaul」なのでやはり「ラボール」または「ラボウル」である。パイロットとして有名な故・坂井三郎氏もVTRインタビューでは「ラボール」と発音しているが御高著ではラバウルと記載している。現在発刊されている書物ではわかりやすさを優先してかほぼ「ラバウル」に統一されているので、拙著もそれに従った。
■海軍と陸軍と航空隊
海軍と陸軍の仲の悪さは有名。互いの最大の敵は互いであると言われるほど。
そんななか用語が違う事例が多発した。
代表的なもののひとつに「飛行機」と「航空機」がある。陸軍所属は「飛行機」海軍所属は「航空機」民間は「ひこうき」と呼称することが多いように思われる。
旧日本軍に「空軍」はなく、陸海それぞれに飛行部隊を持ち、「海軍航空隊」と「陸軍飛行戦隊」は別組織であった。陸軍は「隼」などが有名。海軍は「零戦」など。
弾…(文章はここで途切れている
■マラリア
外国人の友人が遊びに来たとき、蚊の出現で大騒ぎになった。
東南アジア南半球ではマラリアは現在も恐ろしくありふれた病であるそうだ。
「O型の人がいちばん吸われやすいんだってよ~」とか蘊蓄をたれながら、空中をぱちぱちしている場合ではない。温暖化は必ず防止しなければと思うような出来事であった。
■オシャレ
海軍はオシャレでスマートであることに重きをおく。
自前のサングラス、マフラー、革ジャケット、はては制服まで多岐に渡り、微細なカスタムも多いため研究者泣かせである。
また高高度になると酸素が薄いので酸素マスクが必要であるが、日本軍はなかなか使用しなかった。理由は「カッコ悪いから」「軟弱だから」。かと思えば褌一枚で出撃するケースも見られ、個人の意識の差は確実に存在すると思われる。
■後期のラバウル
南の最前線を担い無敵を誇ったラバウルは、後期、南の各地が敗退する中、最後の砦となるべく軍備を増強してゆく。陸軍では大本営直下の第8方面軍、有能名だたる指揮官が配属され、物資も最優先で送られた。
しかしそんなラバウルの気合をよそに、連合軍はラバウル迂回作戦をとる。ラバウルより北、日本に近いアドミラルティ諸島に上陸し、ラバウルを背後に作戦を展開しつつ以南の補給を断つ作戦に移行。
敵の背後に置かれながら、資源がないので攻撃の手段無し。屈辱である。
やあやあ我こそは~、が通じない文化の違いが生み出す悲劇なのかもしれない。
孤立後も自給自足で食いつなぎながら終戦までラバウル基地は存続した。
終戦時、攻撃機1機、戦闘機2機、水上機2機を保有。
接収にきた連合軍に、ピカピカに磨き上げた砲弾を積み上げて見せたのは有名な話。
■資料を読んで
短期間に、栄光と衰退と忍耐を余すところなく味わった基地という所感。
戦争の苦痛は当然あるが、資料や手記の中には、苦境の中でも笑いや生きる力に溢れた記述が多く見られ、生きる力の尊さに胸を打たれる。
最前線基地なので若い兵士が多く、残された写真の多くが笑顔であることも、二度と戦争をしてはならないという気持ちを強くする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?