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大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号15頁(2022年)を読む

判例時報賞特別賞!

 大角洋平さん(愛知学院大学法学部講師)が「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」で判例時報賞特別賞を受賞されました。おめでとうございます。
 大角さんは、一橋大学にいらっしゃった葛野尋之先生(現青山学院大学法学部教授)のお弟子さんです。法と経済学や法と言語学に関心を持って刑事法を研究していらっしゃる新進気鋭の研究者です。
 「新進気鋭」って頻繁に目にしますけど、どういう意味なんでしょうか?と思って、Google先生に訊いてみたら、「新たにその分野に現れ、意気込みが鋭く、将来有望なさま。 また、そういう人のこと」だそうです。うん。大角さんにぴったりの形容ですね。

ざっくりとした論攷の中身

 この論攷は、身体拘束中の被疑者・被告人から供述を採取する制度を設計するにあたって、「環境・情報・利害得失といった意思決定に関わる諸要素へどのように働きかければ」、「無辜の処罰、真犯人の不処罰、プライバシー制約、手続の長期化といったコスト」の「最小化を実現できるか」を「経済学的分析を基軸に、アメリカのMiranda警告を巡る研究、とりわけ法の言語・心理学的分析を参照」して論じたものです(判例時報2535号15頁)。
 大角さんは、この論攷に先立つ博士論文「黙秘権の機能的分析」において、刑事訴訟法が「真犯人と無辜に対して、供述拒否権と、黙秘を実質的証拠として利用することの禁止(不利益推認禁止)を内容とする黙秘権を保障し、供述するかしないかの自己決定の実現を確立することにより、各人がそれぞれ最適な自己決定を行えるようにすることで、無辜の処罰を抑え、無用なプライバシー制約・刑事司法資源の浪費が引き起こされないようにしている」(判例時報2535号16頁)ところに黙秘権保障の合理性を見出しました(判例時報2535号16〜18頁は、291頁に亘る博士論文のエッセンスが約2頁に凝縮されていて、お得感満載です)。
 「権利告知制度の機能的分析」では、(黙秘権制度が十分に機能すれば、無辜の処罰、プライバシー制約、刑事司法資源の浪費といったコストが引き下げられるので)この合理性がある黙秘権制度が十分に機能するような制度設計のひとつとして、取調べ前の権利告知制度のあり方を論じています。
 雑に結論をまとめると、①取調べ前に黙秘権、弁護人選任権及び接見交通権の存在・意味を告知する、②権利侵害があった場合の救済策(自白法則・国家賠償請求)を併せて告知する、③弁護人立会がない中で行われた取調べの違法性を争われた刑事手続または国家賠償請求手続では、検察官、国その他の公共団体側に違法性に係る事実の証明責任を負わせること、④取調べに弁護人を立ち会わせることを制度として保障すべきということになるでしょうか。①・②については、「分かりにくい権利告知は、実質的には権利不告知と同様の帰結へ至る」という観点から(同22頁)、権利告知の際に用いる文法・語句、権利告知の順序、権利告知の文脈を考慮に入れた段階的告知(自分の立場と関係がない知識は理解しにくいので、まずは被疑者が置かれた立場を正確に理解してもらった上で、その立場と関連づけて権利告知をすること)に意を払った上で、権利の理解度検査を導入することが望ましいとしています(「権利理解度が高いと判定された者には、違法性等の証明責任の分配による規律の下での取調べを認め、他方、権利理解度の低い者への取調べは禁止し、弁護人立会権による規律の下ではじめて取調べが可能とする」(同27頁))。権利を保障しても、捜査機関は違法・不当な取調べ(大角さんは「強い取調べ」としています)を実施するincentiveを持ってしまうので、権利実現のために適法・正当な取調べ(同じく「弱い取調べ」)への誘因を制度上組み込んでおかないといけないという発想からの提言です。
 なお、大角さんの博士論文「黙秘権の機能的」は下記からダウンロードできます。

いくつかわからなかったところ

 私には法と経済学やゲーム理論の素養がないので、そもそも大角さんの論攷を読み解く前提を欠いているような気がしますが、いくつかわからないところがありました。

 告知すべき内容は豊富なものとなる。黙秘権以外に、自白法則・国家賠償請求の存在や、弁護人依頼権・接見交通権の告知も必要とした。これら告知は、過酷な取調べの違法性等を争う選択肢を現実的なものとし、過酷な取調べの抑制が期待できる。国家賠償請求など、捜査機関の処分に対する審査は、第三者たる裁判官によって行われるが、その審査は被疑者が審査を求めなければならない以上、第一義的には被疑者こそが捜査の審判者といえ、審判者たるべく知識の注入が求められる。つまり、「過酷な取調べが行われた場合、それに対する制裁措置があり、捜査機関の生殺与奪を握っているのは被疑者側である」という仕組みを構築する必要がある。

大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号22頁

 自白法則・国家賠償請求の存在等の告知をすることに異論はないです。しかし、それで「過酷な取調べの抑制が期待できる」でしょうか。連日、長時間に亘り密室で何度も質問を繰り返される苦痛は、被疑者の利害得失の計算を狂わせます。自白が排除されたり、国家賠償請求が認容される見込みが現に高く、その情報が被疑者に与えられていれば格別、そうでないならば、黙秘をせずに(時として捜査官の意に沿う)供述をしてしまった方が今まさにこの時点の苦痛から解放されるので、供述する方を選ぶincentiveは消えません。むしろ、今の苦痛から解放された後で、将来取調べの違法性を争えば足りると考えて、incentiveを強める効果さえあるような気がします。自白法則・国家賠償請求の存在等を告知することが過酷な取調べの抑制に働く効果は限定的だと思われます。このincentiveを無視して良いほどに低減させるには、黙秘権行使に取調べ遮断効を認めるほかないと考えますが、いかがでしょうか。
 もっとも、大角さん自身も、「現実には被疑者の法的能力には限界があり、違法性等への争いについての被疑者の勝算は低く、そこに告知機能の限界がある。すなわち、争うという選択肢を付与しても、過酷な取調べを行うという捜査機関側の動機が維持される場合がある」とした上で、違法性に係る事実の証明責任の転嫁や弁護人立会を提案していますから、この点の批判は的外れかもしれません。

 この他にはゲーム理論を用いた分析のところで、2つほど理解が及ばないところがありました。

 ③黙秘権を告知したうえで、捜査機関が弱い取調べ(黙秘すると宣言すれば取調べを中断し、居房に戻す等)を行う場合、捜査機関からすると一定の供述が得られるものの、自白を得ることはできず、獲得する利得は25に留まるとする。

大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号20頁

 これはゲーム理論を用いて、権利告知をした場合としない場合とで、それぞれ強い取調べと弱い取調べが行われたときに、捜査機関及び被疑者の利害特質を分析するモデルのところで置かれた仮定です。
 大角さんは、強い取調べで自白が獲得できると、捜査機関に50の利得が生じると仮定します。他方、弱い取調べで獲得できる利得は、前記のとおり、25です。これらはモデルとしては理解できなくはないのですが、弱い取調べで獲得できる自白ではない供述(捜査機関に利得になるような供述)とはなんだろう?というのが疑問です。権利告知をした上で、弱い取調べを実施したからと言って、必ず黙秘権が行使されるわけではない(自白する被疑者もいる)のでしょうから、それを均せば、25の利得というのもわからなくはないのですが、そうすると、自白でない供述の利得が25という前提とずれてしまいますよね。

 もうひとつは、捜査機関に生じるincentiveを後ろ向き推論により分析した箇所です。

 捜査機関に権利告知を行う義務がなく、義務があったとしてもその履行を担保する手段がない場合、《権利告知せずに取調べ(強)、争わない》という組み合わせに収斂する。
 なぜならば、捜査機関は、強い取調べを行っても、被疑者が自らの権利を知らないために違法性等を争わないと予測できる以上、あえて弱い取調べをする必要がないからである。その帰結は、無辜の虚偽自白や真犯人の著しい精神的苦痛を伴う自白の発生である。虚偽の自白は無辜の処罰という重大なエラーを引き起こす。また、過酷な取調べによる自白は、自白を撤回する動機を生じさせ、事後に権利を知れば違法性等を争うといった無用な訴訟コストを発生させる。

大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号20頁

 ここも結論に異論はないです。しかし、「捜査機関は、強い取調べを行っても、被疑者が自らの権利を知らないために違法性等を争わないと予測できる」として、この点の捜査機関側のコストを0に近いものと見積もると同時に、「事後に権利を知れば違法性等を争うといった無用の訴訟コストを発生させる」として事後に争われることを強い取調べのコストに算入するのは、前後で矛盾しているように思えます。つまり、事後に争われることもあり得ると想定するのであれば、捜査機関は、取調べ時点の意思決定にあたっても、そのコストを斟酌すると考える方が一貫するのではないでしょうか。

弁護活動への示唆

 この論攷自体は、合理的な制度設計を検討したものですから、法令の解釈や弁護実践に役立たせることを意図したものではありません。それでも、弁護活動に役立つ箇所がありました。権利理解の難しさを論じたところです。

 Miranda警告の理解を難しくする理由として、文法や語句の問題が指摘されている。Miranda警告は各州によってバリエーションが見られる。1センテンスあたりの平均単語数と1単語あたりの平均音節数から、読みやすさ(readability)指標を導出するFlesch-Kincaid Grade Levelに従うと、各州のMIranda警告は4.0から9.9と幅がある(日本でいう中学1年生から中学2年生程度に相当)。別の研究によれば、高校1年生レベル以上のリーディングレベルが必要ともされている。一見すると易しいように見えるが、刑事手続に乗る被疑者・被告人のリーディングレベルや彼らが内包する諸問題を考えると易しいものとはいえない。Miranda警告は未成熟な少年・青年に対しても行われるところ、彼らはMiranda警告が要求するリーディングレベルを下回る能力しか有していない場合が多く、十分にその語句を理解できていないと指摘されている。また成人であっても知的障害を抱えている場合は同様の問題が生じる。通常の成人も、取調室という特殊な環境のもと、自己の身体・生命にかかわる取調べを行うという極度のストレスに晒されているため、知的能力・認知機能を十分に発揮できず、不十分な理解に留まる虞も否定できない。また、Miranda警告の理解に資するためのイラストや写真が挿入されていないことも理解を困難とする要因だろう。

大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号22〜23頁

 Miranda警告に使われる文法や語句が分かったとしても、その文章が意味する内容を理解できているかどうかは別の話である。……沈黙とは、Mirannda権利を放棄せずに、何も話さないことを意味するのか、それとも、犯罪事実に関する重要なトピックのみについて伏せることを意味するのか、雑談への参加はMiranda権利の放棄をもいみするのかなど、何ができるのか・いかなる行為が許されるのかが分からないと指摘される。

大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号23頁

 嫌疑もかけられず逮捕すらされていない者に対して、黙秘権や弁護人依頼権の存在を告知されてもその重要性を理解できないのと同じように、被疑者・被告人は自らが置かれた状況を正確に理解しない限り、権利の重要性を理解することは難しい。さらに黙秘権、弁護人依頼権、不利益利用の可能性を告知するにせよ、それらを一度に、順序やそのコンテキストを意識せずに告知しても各権利への理解度は低下する。

大角洋平「身体拘束中の被疑者に対する取調べ前の権利告知制度の機能的分析」判例時報2535号23頁

 私たちが弁護人として被疑者・被告人の方々に黙秘権その他の権利や制度を説明するにあたっても、易しい語彙・文法・構文を選んで説明する必要があります。権利・制度を利活用する場合には、どんな段取りを踏んで、どのような台詞で手続をとる必要があるのか、具体的に何ができるのかを解説しなければなりません。説明のまとまりや順序を意識して、理解度を確かめながら進むことも大切です。短く、単純に、明確に(Keep it short, simple and clear!)。イラストその他の視覚資料も活用して。大角さんが紹介したような権利理解度検査を直ちに導入することは難しいですが、取調べの場面をリハーサルしてみて、理解度を確かめるという方法もあります。
 アメリカのことは何も知りませんが、抽象的な権利を具体的な場面で保障するために必要な方策が研究されていることに学ばない手はないように思いました。

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