折々のことば、みたいなやつ3(渡部)

■「ああ、おもしろかった」は、本に対する最高のほめ言葉だからである。

 好きな勢古浩爾さんの新刊より。自分は言語化と情報の整理が苦手で、それでも本を読むのが好きで、でもどっかでまわりの読書好きのひとたちと比べてしまって「積み重なってへんねんやろなあ」って薄々と劣等感を持っています。本の情報としては積み重なってへん、というのはほんまに実話やと思うねんけど、一方でそれだけじゃなくて、ここで言われてるようなことも開き直りみたいに思ってる。それを代弁してくれたから、いったんはほっとしたのでした。

■あなたは他の人が苦しまないようなことを前にしても苦しみます。でも、それは、あなたが他の人たちよりもずっと敏感に、繊細に、世界に対している、ということです。

 これ、繊細なひとたちを救う言葉として十分じゃないですか。そんなあなただからこそわかることがある、という主旨をこんなにも美しく書いてくれたのは、ほんまにかっこいい仕事をしてくれたなと思いました。繊細なひとは、炭鉱のカナリアみたいな存在やな、と最近考えます。だからこそ興味深い。自分は不器用なほうやと思っていて、それはすぐには強かな生き方に帰られへんと、もちろん思ってるけど、そういう自分でよかったな、とも思ったり。強くなるって鈍感になることでもあるから、それはそれでひとに共感できなくなってまいそう。

■「余計なことしないで、何の人生か!」

 親とかじゃなくて、お世話になった担任の先生とか、近所のおじさんから言われたらめっちゃ効きそう。あ、いま自分視野狭くなってるなあって思わせてくれそう。一歩踏み出す勇気。

■「これからは、二度と人様に迷惑かけずに生きたい。それさえ守っていければ、こんな車が欲しいとか、旅行に行きたいとか、そんなんは要らん」

 ひととしての最低ラインみたいな話で、かなり共感した。迷惑かけずに、っていうのもまだまだ考える余地はあるな、と考えさせられますが。迷惑をかけあってこそ生まれるものもあるし。でもとりあえず、車とか、高い装飾品とか、能力とか、人間ってそういうところじゃないよなあ、とは思うな。自分も「迷惑かけずに」とか言っちゃうねんけど、一方で「かけても大丈夫」みたいにセーフティネットみたいな感覚が伝わらへんような伝え方したらあかんな、と思いました。

■そこでは誰も診療所がたいせつだとは考えていない。そこにいる人がどう働き、どのようにその人であろうとするかがたいせつなのだ。

 組織としての体を守ることが大事なんじゃなくて、そこにいるひとたちがそのひとらしく過ごすことのほうが大事、みたいな意味やった気がする。素敵やしそうやって働きたい、働きかけたいと思うけど、そんな組織どれだけあるんやろか。心許なすぎる。

■アルキメデスは「わかったぞ(ヘウレーカ)」と叫んで風呂から飛び出した。われわれに必要なのは、「わかってなかったぞ」と叫んで風呂を脱出するためのノウハウだ。

 わかってない、ってことに自分で気づいて、認めて、真摯に向き合うのってむずかしいですよね。無知の知やわ。

■人っていいなと思える人生で幸せです。

 世界観というか人間観というか、自分はかなり楽天的な気がしてるんですが、それでよかったな、と自分もいまんとこ思ってます。ひとのことを疑ってかかるのをしたくない理由は、それが自分にとってしんどいからです。それよりも、ほだされて、損して生きていくほうがいいな。何百万とか損したり、理不尽に死んじゃったりとかは嫌やけどさ、そんなことってあんまあれへんし。それで思い出したけど、ひとを疑うとか、「このひとに対してはここまで」みたいな線引きをきちんとするのって、癖になりますよね。だから、そういうことをするのはやっぱり嫌やな、とあらためて思いました。それをきちんとする能力のことを「ひとを見る目」とかって言うのであれば、自分はなくていいや。そういう自分に仕事上なることもあるねんけど、めっちゃ気持ち悪いです。

■「でも、坪内さんがいないという存在感は強くあったんだよね」

 亡くなっても、存在がなくなるとか忘れられるっていうことはないんでしょうか。身近な存在が亡くなってしまったことがないので、喪失の重みを知らないんですよね。でもこう思えるなら大丈夫な気がする。それぞれの自分っていう存在が残せるものはまだまだありそう。

■「お前は教えてくれたんだよ。面倒なことがあればあるほど、人は幸せになれるってな」

 ごくせんの、ヤンクミのお父さんの言葉です。初めてテレビ番組から引用で来て嬉しかったやつ。ひとの世話とか、面倒を引き受けるってやっぱり一律でマイナスではないなと思う。コミュニケーションコストって言葉について最近ちょっと考えてんけど、どっか正しさはありつつも流され切りたくは絶対ない。コストをたがいに引き受けあう関係もあるはず。

■ちゃんと「NO」と言われることも、一人前として扱われることですから。

 これ考えさせられたなあ。そのひとのことを肯定したり、望みを叶えてあげるだけが尊重するってことじゃない。ちゃんとNOを言う、耳が痛いことも伝える。理由と、申し訳なさも含めて。相手のことを尊重するっていうこととダメ出しするってことは両立できるんちゃうかっていうのは、最近仕事でよく思うことです。

 折々のことば、けっこう溜めちゃっているので消化していきます~。

                              渡部

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