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【NO.0137】 「ねばり」と「参政党」

 毎月1回、故森信三先生の「修身教授録」を輪読し、その教えを学ぶ「読書会」に参加しています。

修身教授録

 この「修身教授録」という著は、戦前、森信三氏が当時の天王寺師範学校(現大阪教育大学)に講師として在籍した時の、口述での授業の様子・内容を、生徒が記述し書き留めたものをまとめたという形の本だということで、当時のリアルな授業が、何の偏見もなく再現されているというもので、内容的には、難解な部分もあるのですが、何度か読むうちに心に底に残る、そんな感じの内容の本です。教育に関する名著中の名著と言われ、現在の教育に多くの足らないものがありますが、そこを補って余りある内容だと思います。

 近々の、授業の内容は、「ねばり」と題されたもので、物事を成し遂げるために必要な、足腰の強さ(相撲の世界では、強靭な足腰で土俵際から盛り返す時に表現される)、つまり、逆境もはねのける強靭な精神力とでも言いますか、根気強いとか、意志が強いとは少しニュアンスが違ったものではないかと思うもので、政治家によくある保身的な「しがみつく」ようなこととは、全く違うものだと思う。
 実際、物事を成し遂げることは並大抵なことではないことは想像できます。ほどんどが途中リタイアしてしまっていると思われます。私自身も、成し遂げたということは未だにありません。気持ちとしては、小さいことでもいいから、何かの達成をしたいと思うのですが・・・。
 
 そんな物事を成し遂げるということで、難しいと感じるのは政治の世界だと思います。いくら、思いがあり、それが正論であっても、政治の世界では、1人では何もできません。となると、政党を新たに創るということになるのですが、これがまた難しい。
 1人のカリスマ的な存在があっても、当初は一時的に話題を集めますが、そんなには続かない。もちろん例外はありますが。やはり、長く維持しようと思えば、正統派の政党を創るということになるのですが、そうなると、組織を創り上げないといけません。この組織創りをできないと、政治団体の枠から抜け出ることは出来ないかと思います。ましてや、支持母体がないところから創るとなると、組織を創り維持し拡大させることは並大抵のことではないと思います。

 しかし、今、特に話題のあるカリスマ性も備えた1人の存在がいるわけでもない状態で、その並大抵でないことを、ひとまず第1段階へと創り上げてきた政党が存在します。それが参政党であると言えると思います。
 では、なぜ、参政党がひとまず国政政党になるという第1段階をクリアできたのかが疑問点となるところですが、ここに、その理由の一端を垣間見ることのできる資料が、ネット記事でも出ていました。各党の収入の内訳をみていただくとわかると思います。

国政政党の収入の内訳

 ほとんどの政党は、政党交付金に大きく頼っています。共産党は政党交付金は受け取っていません。公明党は強力な支持母体があります。しかし、参政党はそうし特別なことなく、政党交付金もほとんどない中、事業収入や党費、寄付で賄っています。これができる政党が正統派と言われ、継続し、力がつけば確実に成長し、党員が増え議席も伸ばして行ける政党となる可能性を秘めています。
 だから、今、特に反グローバルを1つの党の旗印として掲げていることもあり、それを良しとしないグローバル側に取り込まれた勢力が、今のうちに崩壊させようと、様々な仕掛けをかけてきて要るのだと思います。

 ここをクリアして、もう1段階上へ上るためには、それこそ「ねばり」が必要となって来るのではないでしょうか。

 日本唯一と言っていい、反グローバリズム政党、国民を第一に考える政党の参政党の今は小さな存在が、やがて日本自立への大きな力となる可能性はあります。この火を消さないためにも、日本の本当の姿を知り、日本自滅が見えている現実を知ることで、参政党の存在の重要性がわかってくると思います。

 子孫のために、日本存続のために、私たち一人一人ができることはあります。

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