見出し画像

太陽光・風力発電が市場価格を引き下げる「メリットオーダー効果」 とは

〜 九州大学 大学院経済学研究院 藤井秀道 准教授と同大学院生 阪口真生志さんへインタビュー 〜

再生可能エネルギーの発電量が増えると、電力市場の価格が下がるという「メリットオーダー効果」。日本ではまだ広く知られていませんが、このメリットオーダー効果がうまく作用すれば、電力市場価格を引き下げたり価格スパイクを抑制したりすると期待されます。2021年12月にメリットオーダー効果についての研究結果を公表した九州大学 大学院経済学研究院の藤井秀道 准教授と同大学院生の阪口真生志さんにお話を伺いました。

ーー早速ですが、「メリットオーダー効果」とは何でしょうか?

(阪口さん)「メリットオーダー効果(Merit-Order Effect、MOE)」とは、限界費用の低い再生可能エネルギーの発電量が増えることで、電力市場価格を引き下げる効果を指します。つまり、理論的には、再生可能エネルギーの普及が進むと電力市場価格は安くなるということです。

スクリーンショット 2022-01-21 18.02.18


(Sakaguchi and Fujii (2021))

この図のように、完全な競争市場では電源種別によって限界費用が異なるため、供給曲線(S)イコール限界費用曲線(MC)となります。完全な競争市場というのは、電力需要や燃料コストといった外的な影響を何も受けない市場という意味です。

この場合に再生可能エネルギーの電力市場への投入量が増えると、供給曲線(S)がオレンジ色の矢印の方向(右側)にスライドし、S’に移動します。そうすると緑色の需要曲線との交点が下がり、市場価格が引き下げられるというわけです。


ーーとても興味深い効果です。「メリットオーダー効果」の研究は以前からあったのですか?

(阪口さん)メリットオーダー効果についての研究は、欧州や米国などで先行しています。例えばドイツでは、実際のデータを使って、太陽光発電には電力市場の価格スパイクを抑制する効果があると示した論文が2016年に発表されました。また、日本と同じようにエリア市場のあるイタリアでも、こうした研究が行われています。

日本でもメリットオーダー効果の研究は行われています。しかし、日射量や降水量、風速といった間接的なデータを用いた研究であり、学術論文の数も多いとはいえません。そのため「メリットオーダー効果」という言葉そのものも、広く認知されていない状況です。

そこで、僕は、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット価格のデータを用いて、太陽光と風力の発電量が増加するとスポット価格にどのような影響を与えるのかを明らかにすることにしました。間接的なデータではなく実際のスポット価格を用いた点が、この研究の新しいポイントです。

日本と欧州とでは、電力市場の電源構成が違います。欧州での再生可能エネルギーの中心は風力ですが、日本では太陽光です。そのため、日本と欧州とでは異なる研究結果が出るだろうと考えたのです。


ーー実際のJEPXのスポット価格を用いたとのことですが、具体的にどういった方法で検証したのですか?

(阪口さん)この研究で明らかにしたかったことが3点あります。1点目が、メリットオーダー効果が経年でどのように変化するのか。今回は、2016年4月から2020年3月のJEPXのデータを用いてシミュレーションし、年度ごとの変化を追いました。

2点目が、価格帯別ではメリットオーダー効果にどのような変化があるのかです。そのため、スパイクした価格帯とそうでない価格帯の比較を行いました。

3点目では、エリア間の変化をみるため、エリアプライスの相関を考慮して、JEPXの9つのエリア市場を北海道エリア、東日本エリア(東北・東京)、西日本エリア(中部・北陸・関西・中国・四国)、九州エリアの4つに分類しました。そのうえで、4エリア間でメリットオーダー効果がどのように変化するのかを観察しました。

スクリーンショット 2022-01-21 23.06.14


(Sakaguchi and Fujii (2021))

検証にあたっては、回帰分析の手法を使いました。全体的な影響を調べる際は、平均値での回帰分析である「OLS Regression(最小二乗法回帰分析)」を用い、価格帯別の分析には「Quantile Regression(分位点回帰分析)」を使いました。これは、データの分散を考慮してより細かく分析する手法です。

ただし、分析を行う前には、市場価格が変動する外的要因、つまり変数をできるだけ排除しなければなりません。こうした変数の影響を取り除き、完全な競争市場を再現しなければ、発電種別だけの純粋な価格変動を調べることができないのです。

市場価格は常に変動していますが、変動の要因には様々なものがあります。例えば、電力需要や燃料価格の変化、トレンドにも左右されますし、ボラティリティもあります。こうした要因をできるだけ排除して、太陽光と風力だけの価格変動の影響を炙り出すことに苦労しました。


ーー市場価格が変動する要因といえばデマンドや燃料価格をイメージしやすいですが、発電種別ごとにどのような影響があるのかクリアにするということですね。分析の結果、どういったことがわかったのでしょうか?

(阪口さん)まず、全体的な影響を調べると、変数の組合せを変えて検証したすべてのモデルにおいて、太陽光と風力が市場価格に対して負のメリットオーダー効果を及ぼしている可能性が高いことが示されました。

スクリーンショット 2022-01-21 23.44.59

(Sakaguchi and Fujii (2021))

年度別の経年変化をみると、太陽光と風力とでメリットオーダー効果に大きな違いがあることがわかります。この違いの理由は、それぞれの普及状況が異なるためだと考えられます。太陽光による電力量が増えれば増えるほど、1kWhに与える影響は薄まり、メリットオーダー効果が小さくなります。風力は太陽光ほど普及が進んでいないため、1kWhに与えるメリットオーダー効果が大きいのだと考えています。

次に、価格帯別の分析です。太陽光においては、価格がスパイクしたときに特に大きなメリットオーダー効果が確認されました。2016年度と2017年度はこの効果が顕著でした。その一方で、風力では価格スパイク時にメリットオーダー効果は確認されませんでした。これも風力の普及状況が関係していると考えられます。

スクリーンショット 2022-01-21 23.44.04


(Sakaguchi and Fujii (2021))

(藤井准教授)専門用語について補足すると、統計学的には、何らかの影響を与えることを「有意である」といいます。逆に「有意でない」とは、影響がないことを否定できないという意味です。つまり、「有意である」とは影響がゼロではないことを指し、メリットオーダーの効果が確認できたことを意味します。

今回の研究では、太陽光や風力によるメリットオーダーの効果がゼロであるとする確率が1%以下となったことから、市場価格への影響が「有意である」ことが示されました。


ーーエリア別の分析結果についてはいかがですか?

(阪口さん)北海道・東日本・西日本・九州の4エリアに分けて分析したところ、2019年度のデータでは、北海道エリアでのみ風力発電による価格スパイクの抑制効果が確認できました。そのほかのエリアでは、高価格帯では風力発電による影響が確認されませんでした。JEPXにより多くの風力発電が増えれば、高価格帯でも価格抑制効果が発揮されると考えています。

一方で、太陽光は全エリア・全価格帯でメリットオーダー効果を発揮しています。中でも、九州エリアの低価格帯では大きな抑制効果が確認されました。

スクリーンショット 2022-01-24 14.26.08

(Sakaguchi and Fujii (2021))

エリア別の分析を行ったことで、全国平均では見えづらいエリアごとの特徴を把握することができました。また、メリットオーダー効果は4エリアで一貫性はあまりなく、それぞれ異なった特徴をもつことがわかりました。ただし、今回の研究では、地域間連系線の連系量データを取得できなかったため、地域間連系線による影響を考慮できていない点に留意する必要があります。


ーー今回の研究の結論を聞かせてください。

(阪口さん)海外の研究結果と比べると、日本の特徴としては、太陽光より風力のメリットオーダー効果がかなり大きいことが挙げられます。年度別の変化を追ったところ、太陽光より風力のメリットオーダー効果が増加していることもわかりました。

また、市場に一定量以上の電力量が投入されなければ、メリットオーダー効果が発揮されにくいことも示されました。このことから、今後は太陽光よりも風力の導入を優先的に行うことで、市場価格を抑制できるという政策提言が可能だと考えています。

価格別に関していうと、メリットオーダー効果は低価格帯と高価格帯で変化し、特に太陽光は価格スパイクの抑制効果があることも示されました。

今回の研究では4エリアに分割しましたが、エリアによってもメリットオーダー効果が大きく変化しました。このことから、今後の再生可能エネルギー導入には、導入ポテンシャルや建設コストだけでなく、エリア内での市場価格の低減効果も考慮すれば、日本全体としての社会的な便益がより増加すると考えています。

現在、北海道や東日本エリアでは風力発電の導入が比較的進んでいますが、西日本や九州エリアではあまり進んでいません。こうしたエリアにも風力発電を積極的に導入していくと、メリットオーダー効果によって市場価格の抑制が期待できると考えます。

なお、今回は限界費用で検証したので、統合コストで検証すると、また結果が異なるのかもしれないと考えており、この点は課題だと思っています。


(藤井准教授)世間では、再生可能エネルギーは値段が高く、発電量を増やすと再エネ賦課金による負担が増えるので経済的に望ましくないといった意見もよく聞かれます。しかし、今回の研究では、太陽光や風力といった変動性再生可能エネルギーを増やすことによる経済的メリット、つまり市場価格の安定化効果があると示せたと思っています。

エネルギー資源のほとんどを海外からの輸入に頼っている日本では、エネルギー安全保障の面からも再生可能エネルギーの発電量を増やすことが大切だと考えます。再生可能エネルギーを増やす上では、こうした太陽光や風力のメリットオーダー効果による価格安定性を考慮することも重要です。


ーー太陽光や風力といった変動性の再生可能エネルギーは、その変動性がデメリットとして語られがちですが、市場価格を抑制するメリットオーダー効果を有することがよくわかりました。今回のメリットオーダー効果の実証が、先ほどの政策提言や再エネ導入計画に活かされ、社会全体のベネフィットにつながっていくと本当に素晴らしいと思います。とても勉強になりました。本日はありがとうございました。


*冒頭の写真は、笑顔の素敵な藤井准教授(左)と、ドレッドヘアがお似合いの阪口さん(右)。お二人ともとても丁寧にご対応くださって、本当にありがとうございました!


*お二人の研究結果は、九州大学プレスリリース『再生可能エネルギーの発電拡大による電力卸売市場の価格低減効果が明らかに』、国立環境研究所 環境展望台 国内ニュース『九大、再エネ発電拡大の経済合理性を裏付け』においてもご紹介されています。

*資料出典:Sakaguchi, M., Fujii, H. (2021)
The Impact of Variable Renewable Energy Penetration on Wholesale Electricity Prices in Japan Between FY 2016 and 2019
Frontiers in Sustainability Volume 2, Article 770045.
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frsus.2021.770045/full

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?