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見えない繋がりをあえて持つことにした 【1】

久しぶりに書きたいという衝動が湧き上がってきました。
今の気持ちを記録しておこうという気持ちになったのです。
そんなわけで、私の思っていることをここに綴っておくことにします。

気がつけば、50代になっていました。

そんなこと言わなくてもみんな同じように時は流れるんだよって思うかもしれません。確かに「時間軸」という誰もが持っているフォーマットで考えるとそうなんです。
ただ、同じ50年でも「充実の50年」と「空虚の50年」では、全く違うものなのです。この「充実」か「空虚」か。振り返るタイミングでも違う評価になるのでしょう。

20代の頃、毎日が充実していて、気づいたら夜!そんな日を過ごしました。大好きな仕事をすることが私の気分を高揚させました。
この頃は、「伝える」ことの重要性を学ぶことができ、今の私を形成する「話す」に活かされています。

30代の頃、自分と向き合う時間が増えました。
フリーランスという道を選び、仕事を納品しても倒産によって踏み倒されたことも多々ありました。値切られたり、高い値段を請求することが苦手。
人の顔色を気にしすぎる自分には、フリーランスは向かないと思いました。
しかしこの頃は、実務を学びました。DTPからWEB、パソコンに関するあらゆることを自力で学べたことは大きかったのです。

40代の頃、講師業を主とすることにしました。
「話す」に30代で得た技術を掛け合わせたら、おのずと「講師」という仕事が一番向いていると感じたのです。
多くの人との時間は、私の思考を豊かにしてくれました。
同時に、新たな仕事を生み出す力を得ることが出来ました。

40代も終わりの頃、パンデミックという長い時間を迎えることになり、私は「死」を考える時間が増えました。
思いとどまることができたのは、「音声SNSアプリ」で得ることとなる新たな絆であったのです。

音声SNSアプリ・Clubhouseとの大きな出逢い

音声SNSアプリ・Clubhouseは、2021年1月末から日本でもサービスが開始された「声によるコミュニケーション」アプリで、リリース当初は、完全招待制であったことから一時は招待枠がメルカリなどでも販売されていたこともある。私がアプリを知ったのは、周りが「有名人がお忍びで話しているアプリがある」と騒ぎ出したからです。
招待枠は2人分が一般的で、アプリの使用時間だったのか、ランダムだったのかはわかりませんが、人によってはたくさんの招待枠を持つことができました(私は最大20以上!)。当時は「自分の招待してあげた人が悪さ(差別発言など)をすると招待した人もBAN(使用できなくなる)されるんだよ!」という噂を耳にすることが多く、結局私はたった二人(しかも一人はパートナー)しか招待することはありませんでした。

当初は自宅でラジオでも聴くような感覚で使用していたのですが、アプリがすべて英語表記でしたし、使い方もわからない。わからない人が集まる部屋(ルーム)は大部屋と呼ばれ数百人が滞在。ここで一番最初に使い方を教えて下さったのが、天野裕之先生でした。
大勢の人々の質問を切り盛りし、一生懸命使い方をアドバイスされていたのです。そこで質問をさせていただいたのが初めての発言です。つまり、私がClubhouseで一番最初に会話をした相手は天野さんということになります。現在の天野先生は、SNS×AI戦略コンサルタント・著者として、多くの方のビジネスをけん引しておられますが、当時は元祖クラブハウサーと呼ばれるほど一日中多くの方にアドバイスされていました。
もし、あの時天野先生から「なんでわからないの?」などと邪険に扱われていたならば、今日の私はこの後に続く数多くの出逢いを得ることは無かったと思います。天野先生に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

まだまだ書きたいこともありますが、続きは次回に。

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