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認知機能はトレーニングできる、認知症は予防できる「コグニサイズとは」

認知症を予防するにはどうしたらよいのか――。
多くの人がこの質問の答えを待ち望んでいると思います。
認知症はいまだに根治できない病気(正確には症状)ですが、それでも効果が期待できる予防法がいくつか存在します(*1、2)。
この記事では、その1つとして、認知機能のトレーニングを紹介します。

*1:https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

*2:https://www.ncgg.go.jp/hospital/kenshu/kenshu/27-4.html


国立長寿医療研究センターが開発したコグニサイズとは

国立長寿医療研究センターは、老化に関する研究をする国の機関です。ここが認知症予防運動プログラム、コグニサイズを開発しました(*2)。
コグニサイズは、認知という意味のコグニッションと運動という意味のエクササイズを組み合わせた、造語です。

軽度認知障害の人を対象にした認知機能の低下を抑制する取り組み

コグニサイズの対象は軽度認知障害(MCI、マイルド・コグニティブ・インペアメント)を発症した人で、これに取り組むことで認知機能の低下の抑制を目指します。
軽度認知障害とは、認知症と診断できるほど症状が悪化しているわけではないが、正常ともいえない状態のことです。

国立長寿医療研究センターはコグニサイズについて「認知機能の低下を抑制することを明らかにした」と断言しているほどで、期待が持てます。

運動と認知課題を同時に行う意味

コグニサイズの基本的な構成は、運動と認知課題です。
運動では、全身を使った中強度程度の負荷をかけます。軽く息がはずむ程度、または、脈拍数が上昇する程度を目指します。
認知課題の内容は脳トレやクイズのようなものになります。難易度は、ほとんどの人がたまに間違える程度に設定されています。難解な問題は出ません。

コグニサイズのポイントは、運動をしながら認知課題に取り組むことです。
運動で体の健康を維持・増進して、認知課題で脳の活動を活発にすることで認知症の発症を遅らせようとします。

それではコグニサイズを運動と認知課題にわけでさらに詳しくその特徴を紹介していきます。

コグニサイズの運動の特徴

コグニサイズの運動は、一般的な運動と異なり、うまくなることを目指しません。
一般的な運動は例えば、速く走ることやボールやラケットなどを上手に扱うこと目指しますが、コグニサイズの運動は課題をクリアすることを目指します。
簡単な運動を楽々こなせるようになったら、もう少しハードな運動に挑戦していきます。

コグニサイズの認知課題の特徴

コグニサイズの「認知課題+運動」の種類はいくつもありますが、そのうちの1つを紹介します。
足を左右に移動させるステップ運動では、単純に足を動かすだけでなく、「数を数える」「3の倍数を計算していく」「3の倍数に拍手する」という認知課題を与えます。
これが意外に難しく、ステップに集中すると3の倍数を忘れてしまいますし、計算に注力するとステップがおろそかになります。

しかし何度かやるうちに、軽々こなせるようになります。
ここが重要なのですが、コグニサイズでは繰り返すことで難易度が落ちたら、次の「認知課題+運動」に進みます。
例えば、「3の倍数と5の倍数で拍手をする」「拍手の代わりに手で頭を触る」といったアレンジを加えて難易度を上げていきます。

コグニサイズの例

コグニサイズには「回数が3の倍数になったら拍手するステップ運動」以外にも次のようなものがあります。

■コグニサイズの例

●いつもより姿勢よく、かつ大股でウォーキングをしながら「100から3つずつ引いていく」。歩きながら「100」「97」「94」「91」…と口ずさんでいきます

●「1回目は右手で左膝を触る、2回目は左手で右膝を触る、3回目は右手をグーにして左膝を触る、4回目は左手をグーにして右膝を触る」を、数を数えながら繰り返す。つまり5回目は「右手で左膝を触る」に戻ります

●踏み台昇降運動としりとりを組み合わせる
複数人で踏み台昇降運動を行います。最初の人が「リンゴ」と言ったら、みんなで踏み台を昇って降ります。次の人が「ゴリラ」と言ったら、また、みんなで踏み台を昇って降ります。続いて「ラッパ」「パイナップル」「ルビー」といったように、しりとりでつないでいきます。
しりとりは「なんでもあり」から「市町村名」「野菜の名前」といったように限定ありにすると難易度が増します。

コグニサイズの注意点

コグニサイズは次の10項目に注意して行ってください。
●無理しない
●ストレッチをしてから始める
●水分補給する
●痛みが出たら休憩する
●転倒しないようにする
●毎日行う
●「ややきつい」くらいを心がける
●慣れたら次の課題に移る(簡単な種目を繰り返さない)
●複数の種目に挑戦する
●継続が最も大切

コグニサイズのエビデンス(科学的根拠)

先ほど、コグニサイズには認知機能の低下を抑制する効果がある、と紹介しましたが、これにはエビデンス(科学的医学的な根拠)があります。

「運動で認知症リスクを減らせる」のは事実

認知症は「回避できない病気」とみなされることがありますが、しかし実際は、認知症の危険因子のうち35%は変更可能なものです(*3)。
例えば35%のうち、教育不足は8%、運動不足は3%となっています。つまり認知症に関する情報を集めたり運動習慣を身につけたりするだけで、認知症リスクを11%(=8%+3%)減らせるイメージです。
また、認知症の原因になるアルツハイマー病の危険因子のうち、最も影響が大きいのは身体的不活動、つまり運動不足です。次いで、うつ、喫煙、高血圧、肥満、糖尿病となっています(*3)。
こうした研究結果からコグニサイズが開発されました。

*3:https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/p-koguni.html

1)全般的認知機能、2)記憶、3)言語機能の3つに効果がある

さらに、コグニサイズなどを軽度認知障害(MCI)の人たちに取り組んでもらった研究もあります。
その結果、1)全般的認知機能、2)記憶、3)言語機能の3項目で効果が顕著に現れました(*3)。

この研究で被験者(MCIの方々)に取り組んでもらった運動は、コグニサイズ、筋力トレーニング、バランストレーニング、有酸素運動などの複合的運動になります。
週1回、計40回行ってもらったあとに、1)2)3)を測定しました。その後、複合的運動をしなかった別の被験者たちと比較して効果を計測しました。

表情筋をトレーニングして脳を刺激する

仙台南病院(独立行政法人地域医療機能推進機構)は、顔の表情をつくる筋肉(表情筋)をトレーニングすることで脳が刺激され認知症予防になる、と提唱しています(*4)。

*4:https://sendaiminami.jcho.go.jp/rouken/wp-content/uploads/sites/3/2014/03/inquiry012.pdf

軽度の人に効果が認められた

仙台南病院は附属の介護老人保健施設に入居している17人に、1日3回、1回3分間、表情筋トレーニングをしてもらいました。
この表情筋トレーニングでは、口にはめるタイプの負荷を加える器具を使うMパタカラという方法を用いました。この器具を何度も噛むことで表情筋が鍛えられるわけです。
認知機能の測定では長谷川式簡易知能評価スケールを使用。

5カ月継続したところ、認知症が軽度の5人のうち3人は認知機能測定の点数が上昇しました。
ただ、認知症が高度のグループではMパタカラ運動が適さず、評価ができませんでした。

このことから表情筋トレーニングは、軽度の認知症の方に効果があると推測されます。

なぜ表情筋が認知症予防にプラスに働くのか

仙台南病院は、表情筋トレーニング(Mパタカラ運動)が、軽度の認知症の方に予防効果を生む理由について、脳の血流が関係しているとみています。
口を強めに動かすことによって表情筋が刺激され、それによって脳のなかの側頭葉という部分の血流が増加すると考えられます。
側頭葉は記憶と感情を司り、最近の記憶を長期記憶に加工したり、長期記憶を保存したり、長期記憶のなかの出来事を呼び出したりします。さらに、人やモノの認識や、音や映像の理解、聴くこと、話すことも側頭葉が担っています(*5)。
つまり側頭葉こそが認知機能を司っていることになります。
この部分に血液がよく回り、細胞に酸素と栄養が豊富にもたらされれば、認知機能の低下を防ぐことができ、つまり認知症の予防にプラスに働くことが期待できます。

*5:https://www.msdmanuals.com/ja-jp/ホーム/09-脳、脊髄、末梢神経の病気/脳の機能障害/部位別にみた脳の機能障害#v26414286_ja

顔の運動が精神の健康をもたらす

筑波大学大学院人間総合科学研究科は、顔の運動が、高齢者の精神健康にもたらす効果について調べました(*6)。
東京都在住の75人(認知機能が正常な65~87歳)を、顔の運動の実施グループと非実施グループにわけて、3カ月後に精神健康に関わる指標を測定しました。
精神健康に関わる指標は、GHQ-12(精神健康度)、PGCモラールスケール(主観的幸福感)、表情解析、舌圧で、結果は以下のとおり。

■3カ月の顔の運動がもたらした効果
●精神健康度:明らかに改善
●主観的幸福感:変化がみられず
●表情:明らかに改善
●舌圧:明らかに改善

4項目のうち3項目に改善がみられました。
しかも主観的幸福感のみ変化がみられませんでしたが、悪化したわけではありません。
したがって顔の運動が精神健康にもたらすプラス効果は高い、といえそうです。

なお、ここで行った顔の運動は、イギリスの予防医学機関公認のフェイスエクササイズなどで、その内容は以下のとおり。

■顔の運動の内容
●顔の経穴という部分の指圧
●顔や舌の筋肉運動
●顔のヨガ
●リフトマッサージ
●呼吸法

*6:https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/55/1/55_55.74/_pdf

認知・運動トレーニングで地域の高齢者の状態を改善させた事例

広島大学大学院医系科学研究科などは2020年に、ある地域の高齢者にタブレット型アプリケーションを使った運動を実施しました(*7)。
その結果、認知機能、精神機能、身体機能が改善しました。

*7:https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/35/6/35_867/_pdf/-char/ja

対象と方法

被験者は、特定地域に住む65歳以上の355人で、いずれも、要介護・要支援の認定を受けてない、基本的日常生活動作(ADR)が自立している、運動の実施に制限をもたらす病気を持っていない人たちです。
被験者に、認知・運動トレーニングプログラム・アプリが入ったタブレットを渡し、そのアプリが指示する内容のトレーニングをしてもらいました。
実施回数は週1回、1回90分、全12回。全員に会場に集まってもらい、トレーナーが指導しました。
運動内容は、口の運動や脳トレなどです。

認知機能が改善し、より生活の場が広がった

参加者355人のうち、全12回に出席した人は126人。
この126人の認知・運動トレーニングの前後を比較したところ、以下の結果となりました。

■認知・運動トレーニング前後の比較
●握力:有意な差はなし
●片足での立位保持時間:有意に向上
●座った状態から6メートル走って戻る時間:有意に向上
●バランス能力など:有意に向上
●長谷川式簡易知能評価スケール:有意に向上
●アパシー・スケール(感情、情動、興味、関心の測定):有意に減少
●生活の場の範囲:有意に生活の場が広がった
●栄養状態:有意に改善

握力で有意な差なし、アパシー・スケールで有意に減少したこと以外は、すべての項目で向上や改善がみられました。
特に長谷川式簡易知能評価スケールが改善したことは、認知症予防としての期待が高まります。
さらに生活の場が広がったことは豊かな人生をつくることに貢献するはずです。

まとめ~やったほうがよいに決まっている

認知症のリスクに加齢や遺伝的なものがある以上、人々が完全に認知症から逃れることは難しいでしょう。
しかし数々の医学的な研究から、避けられる認知症リスクがわかってきました。避けられるものだけでも避けておけば、認知症の発症を遅らせることや認知症を予防することができるかもしれません。
そして認知機能をトレーニングすることで、認知症を回避できる道も拓けてきました。
この記事で紹介したものは簡単にできるものばかりなので、ぜひトライしてみてください。やったほうがよいに決まっているのですから。

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