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Elsàssの「生命の水」(2019/02/01旧blog記事転載)

フランス北東部はアルザスそしてロレーヌ地方。

まだ訪れたことはないが、悠久の時を自由往来することを認める水色の教科書を見開きする度に、幾度も目にした偉人たち、即ち、グーテンベルク、カルヴァン、ゲーテ、モーツァルト、パストゥールなど、彼らの〝疾風怒濤〟の人生のうちのひと時を過ごしたとされる地域だ。彼の地を思い浮かべ、時間を忘れてしまうことも、全く刹那的なものではない。

19世紀後半に燦然と登場した作家、アルフォンス=ドーデは、『月曜物語』の冒頭の一編「最後の授業」の一場面にこのように記している。

「フランス語は世界一美しい! フランス万歳!」と。
普仏戦争の結果、この地は明日からドイツ領になる、よってこの授業でもフランス語を教えられるのは最後であるから、生徒諸君はフランス語を忘れないように、との先生からの渾身の薫陶の言葉である。
しかし、ご存知の通り、この作品はフランスのナショナリズム高揚の片を担ぐイデオロギー的作品であるとされている。
何を隠そう、この地の言語、アルザス語はドイツ語の一方言との見方が強いのである。初めから純粋なフランス語など話してはいない。

アルザス・ロレーヌ両地域は、ライン川に面し、フランスとドイツの狭間に存在するが故に、歴史の大いなる〝意志〟に翻弄されてきた血湧き肉躍った土地だ。この〝意志〟とは、我が浅薄な知識の上ではヘーゲルの概念であったと認識しているが、これは〝欲望〟と呼んでもいいのかもしれぬ。フランスとドイツ間で、このアルザスの豊かな資源を巡り、抗争を重ねてきたのだから。国家の〝意志〟は民衆の〝欲望〟の総和であると断言しても良いかもしれぬ。

此の地になにがあったのか。なにを以ってして此処を奪い合う必要があったのか。

豊富な地下資源と、多種多様な果物である。

この地からとめどない血流のように溢れ出でる鉄と石炭によって、鉄血宰相ビスマルクの時代に、ドイツ帝国は産業革命を成し遂げられたという程に、地下資源は潤沢に存在していたのである。

そして果物だ。実は、ようやく此処からが本題とするところなのだが、元来の気質によって歴史が絡むと必然的にそっちの話に外れてしまう。笑

何故此の地は果物が多様に採れるのか。
それは御多分にもれず、地形と気候に直接的な要因がある。
夏季には気温が高く、猛威をふるう西からの風もヴォージュ山脈により遮られ、麓の波状の起伏の土地により樹々は守られる。
年間降雨量は僅か500mmと、フランス各地と比較して最も降雨の少ない地域だ。
これ以上今は詳しく調べるつもりがないが、これらの要因から果樹の生育に最も適する地域とされているのだそうだ。

アルザス特産のワインの材料葡萄は無論、チェリー、ポワールウィリアム(洋梨の一)、フランボワーズ、プラム、こけもも、バラの実、ひいらぎの実、ブラックベリー、いちごなどなど、目まぐるしいほどに多様な果物が産出されているのだ。

これらは料理、焼き菓子、ジャム、ジュース等に利用され、そしてワインやマールなどの酒類にも変貌を遂げる。

そんな酒類のうち、御国フランスでは「生命の水」とも、「エレガントな貴婦人」の如くとも形容される、優雅な酒が存在する。
広義においてフルーツ=ブランデー、御国語ではEau-de-vie(オー・ド・ヴィー)と称されるのがそれである。

Eau-de-vie とは何かについてはまた機会を見て別項を立ち上げたい。
取り敢えずここでは、Eau-de-vie とは葡萄以外のフルーツを用いたブランデーであるという事だけ押さえておいてもらえればそれで構わない。

アルザスには、このEau-de-vie を、伝統的な手法を重んじて製造している蒸留所がいくつも存在している。
フルーツが沢山産出されるからこそ、その風味、芳香を最大限に生かした製造が可能になるのだ。

今回紹介したいのは、100年以上の歴史を持つ由緒正しきフランス有数の酒造メーカーであるWolfberger社のEau-de-vie.

約800軒の葡萄栽培農家の1300haもの作地面積を抱え、ここから年間1500万本ものワインを製造、クレマン、ダルザス(AOCスパークリングワイン)の製造は年間400万本と、名実共にアルザスの泰斗ワインメーカーである。

そこが作るEau-de-vie は多彩なラインナップを抱え、ここに使われるフルーツは全てアルザスの陽光をたっぷりと浴びた最高品質のものだけを厳選しているのだとか。

キルシュ(さくらんぼの一種)、ポワールウィリアム(洋梨の一種)、フランボワーズ・ソバージュ(野苺の一種)、フレーズ(苺の一種)、ミラベル(黄色スモモの一種)、プルーン(紫スモモの一種)、ブルーベリー、アプリコット(杏)、ゲヴルツトラミネール(葡萄の一種、これはマールに該当する)などなど。枚挙に暇がない。そして果物ではないがホップ(ビール)なんてものもある。

あくまで蒸留酒であるので、味わいはドライで度数も45度近くのものが多いが、Eau-de-vie で特筆するべきは、そのエレガントなフルーツの芳香である。酔いたいだけの淡白な飲み方はお断り!と彼女らはそのボトルの曲線美で表しているかのように、気品に満ちた高貴な精神をお持ちの方にこそ相応しい酒のように感じられる。これこそ〝飲む香水〟とまで讃えられる程の所以であろう。

こんな酒を、食前あるいは食後の悠然としたひと時に、しっぽりと嗜めるような、そんな品格に満ちたオトコに私は成りたい。

最後に、取ってつけたようにこの蒸留所の蒸留方法についてメモ書き程度に記しておく。まだまだ理系の分野に敬意を以って興味を純粋に示せるほどおつむは強くないのである…
あくまでも酒の文化的背景の方に話は重点を置かれるだろうブログである事は承諾を頂いておきたい。

《蒸留》
収穫された果実は種を除き破砕してすぐマッシュされる。
→20度のステンレス発酵樽で発酵させる。
→4〜10日おくと果皮に付いていた天然酵母が糖分を徐々にアルコールに変化させる。
→蒸留。伝統的なポットスチルと近代的なコラムスチルを使い分ける。
・ポットスチル…2日間の長い加熱時間により、強い香りが抽出でき、持続性のある膨よかさを保つオードヴィーを生成できる。
・コラムスチル…蒸留時間が短いため、新鮮で果実本来の華やかさを残すことができる。
→それぞれで数年熟成された後、ブレンドをする。

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