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春が見えない目で

 この1ヶ月間で、一時的に僕の眼は明るいところで開かなくなりました。

 これはもう、外出することは地獄への船出と等しくてですね。高速で瞬きをするような視野の中で、車やバイクが行き交う道を歩くことになります。

 幸いコロナウイルスによる活動自粛のおかげで、外を歩く人は少なかったんですが、それでも出勤時には、何度も危険な目に遇いました。

 「俺は座頭市、俺は座頭市」自己暗示をかけましたが、「冬の海」のような座頭市シリーズの傑作が生まれることもなく、ただただ、「地獄だ」と思っていました。

 そして、いよいよ、危なくなってきたので、病院に行って診察してもらったら、栄養失調と睡眠不足、そして過度のストレスでした。

 差す度に痛い目薬を差して、治療に勤めました。
 とにかく陽の光が怖くて、いつも日陰を通ってアルバイト先に向かいました。文字通り、日陰者ですね。とにかく、下を向いて歩いてきました。
 
 やがて、街から人が少なくなっていきました。

 これは、通勤する時に利用する朝の梅田駅の8時頃の写真です。普段は、各鉄道に乗る為に利用する人でいっぱいです。まだ陽射しが弱い、静かな朝の街は、なんだか僕だけ逃げ遅れたみたいで、なんとも寂しい気持ちになりました。

 あれは、先週の昼休み。
 僕は巨大なビルの地下にある階段で、ぼんやりと読書していました。なんでそんなことが出来るかというと、もうそのビルが5月まで開かないからです。巨大なコンクリートのひんやりとした影が、僕に降りているおかげで、僕は眼を開いていられました。本の中では、現実から遠く離れた遠い昔の物語が書かれています。目の前に出来た日溜まりは、本とは真逆の恐ろしい現実との接続点です。影の下でひたすら昔の人々の地震や疫病時、戦争時の言葉を読んでいました。

 やがて、少し疲れて目薬を差しました。
 これが物凄く染みて、ああ、ここに神経があるんだろうな、と僕に想像させます。なかなか眼が開かないでいると、ポケットの携帯電話が振動します。この長さは、だれかからの電話です。
 何も考えずに出ると、2週間ほど前に受けたある会社からでした。採用の通知でした。もう、だいぶ年を取っていたので、前にいた業界以外の正社員雇用は難しいと思っていたんですが、ありがたいことに正社員雇用でした。

 どんな職業かは詳しくは書きませんが、エンターテイメント業界で、僕がこれまでしたことのない仕事でした。

 電話を終えると、僕は本を置いて、立ち上がって一歩踏み出しました。眼がヒリヒリして少ししか開きません。
 
 そこは、まだ僕には眩しかったですが、少し春の温もりがありました。

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栄、覚えていてくれ
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