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共鳴が証明する瞬間を待つ

 もうすぐパラリンピックですね。
 僕はオリンピックにはあまり興味がなくて、もう記録の伸びの幅が短いオリンピックよりも、パラリンピックにおけるパラリンピアンたちを支える様々な技術の進化が凄く楽しみで、我々人類の将来の身体拡張にもつながるのでは、とワクワクしています。
 だって、何かが欠けていることは、埋まっているものから脱して、進化するための余白ですから。

 そのパラリンピックの中で、マラソンがあります。
 車椅子での形態と目の見えないランナーと目の見えるランナーが、ロープを輪っかにしたものを掴み、一緒に走る「ブラインドマラソン」というものがあります。
 哲学者の伊藤亜紗さんは、2020年に講談社選書メチエから刊行した「手の倫理」の中で、「さわる」と「ふれる」の二つの概念から不自由論について考えます(ちなみに、その前の2019年刊行の『記憶する体』の身体のローカル・ルールも面白いです。たとえば、目が見える僕らと目が見えない方では、『居心地の良い席』の概念が全く違うとこなんかは特に)。
 その中で、目の見えるランナーは一見すると、目の見えない人の水先案内人に見えると「設計上の非対称性」はあります。
 しかし、伊藤さんがそれぞれのランナーの方々に取材していくと、全く違う答えが返ってきます。
 ロープを持って二人で走っている時は、『共鳴』するような感覚があり、楽しい心が躍る感じがするそうです。
 伊藤さんはどちらかが介助するというよりは、「生成的な関係」を生み出しているのではと書いています。勿論、『共鳴』がバンバン起こるわけではなく、走りながらどちらかが「ここは攻めたい!」と思ってももう片方が「いやまだ無理!」と思うと、スパートをかけることが出来ません。双方のフィードバックループを通してコミュニケーションを生成していくのがこのスポーツの面白さだと思います。

 このスポーツのことを読みながら、ふと、あるSKE48のメンバーのことを思い出しました。
 ドラフト2期生、水野愛理です。

 彼女が48グループの歴史に登場した時、様々な期待を多くの人がしました。
 ただ、当時の水野愛理はまだ13歳でした。
 全ての期待に応えられるほど、彼女が出来上がっていたかというと、それは違っていたと思います。
 僕らSKE48グループファンは松井珠理奈という超例外を知ってしまっているので、ついついその物差しで若手を見てしまうことがあるかも知れません。しかし、珠理奈自身のバックボーンや彼女がデビューした時の環境を忘れてはいけないと思います。
 運営やファンの方々の期待と水野愛理は、「ブラインドマラソン」のように、お互いの持つ紐を交互に引っ張りあいながら、走り始めます。

 その中で水野愛理は多くの感情を知っていきます。
 2016年10月3日に行われた水野愛理14歳の時の手紙を読んでみましょう。

「愛理へ

 水野愛理ちゃんお誕生日おめでとう。
 愛理ちゃんとはいつ、どんな理由があって仲良くなったのか全く覚えていません。
 なぜか私の携帯に愛理のどうしようもなくしょうもない動画があります。あの時仲良かったのかな。

 でも本当に仲良くなれたね。愛理とは色んなお話をします、お仕事のお話はもちろん、他にも学校の話、趣味の話、服とか髪型とか、ほとんどはホンマにくだらんくてしょうもない話ばっかりやけど、私は二人で笑ってる時間がホンマに好きやねん。

 愛理が初めてチームK2の『ラムネの飲み方』公演のアンダーに出演してくれた時、思うようにできひんくてたくさん責められたね。そのあと愛理が電話で泣きながら私の話をちゃんと聞いて愛理自身の気持ちの話をしてくれたことすごく覚えているよ。
 

 そんな経験があったからかな、『0start』公演にアンダーで出てくれた時は殆どミスもなくて成長したねって沢山褒めてもらったね。私はそれが嬉しくて泣きそうな顔の愛理を見てニヤニヤしてた。
 頑張ってたんやなぁってすごい伝わったよ。

 この間ね、愛理のバックダンスを見ていた先輩が、すごい褒めてたよ。『愛理ちゃんが1番上手で1番可愛かった!』って。良かったね。

 愛理はプライドが高くて、自分が『コレだ!』って思ったことは、先輩の私相手でも絶対曲げへん。いつも言ってるけど、良いところでもあるけど折れることも時には大事やで。これからもな曲一緒に頑張っていこうな。って、私もこんなこと言える立場じゃないけどな。

 でも、ちょっと仲良くなり過ぎたんかなぁ。コイツなめれんのか?って思うときがいっぱいある。急に電話かけてくるし、すぐメールしてくるし、『この写真本当にブサイク』とか毒吐いてくるときもあるし。かと思ったら会う度に『髙塚さ~ん、なんでいるんですか~?』ってすごく寄ってきてベタベタして離れへんし、ホテルの部屋は私のところに来て同じベッドで寝るし、私がお風呂に入る時もずっと隣にいるし。
 ちょっと可愛いなとか思ってるよ。大抵は、ホンマ子供やなぁって思ってるけどな。

 待ち受けが斉藤真木子さんと私なのもちょっと嬉しい。なんだかんだ可愛い後輩です。そんな愛理が好きやで。だから、ずっとそのまま素直で無邪気で子供みたいな愛理でいてね。はやくお家においで。いつでも電話でもメールでもしておいで。話には乗ってあげるよ。長くなりましたが最後に、お手紙を書かせてくださった生誕委員の皆さん本当にありがとうございます。

 SKE48チームK2 髙塚夏生より」

 この年のスピーチで水野愛理は、この1年は沢山の「感情を教えてもらった」と語ります。それは「悔しさや悲しさ」でした。最近ポジションが下がってしまったことや、チャンスを逃してしまったことを語ります。
 彼女の破天荒さは、誤解を招くこともあったかも知れません。
 僕なんかは、こちらの予想の範囲内に収まる才能や人間性の素晴らしさよりも、どこか飛びぬけた才能に惹かれるタイプでしたので、時々聞こえてくる彼女のエピソードについては、面白く感じていたんですが、みんながみんなそうではないのも分かります。

 

 それから、1年。
 2017年9月29日の水野愛理の生誕祭で読まれた、大場美奈の手紙を読んでみましょう。

 「愛理へ

 15歳のお誕生日おめでとう。私にとって、愛理は娘のように愛おしくて、本当にかわいくて仕方のない存在です。

 ドラフト会議で愛理を見つけた時、一瞬でこの子いいなと思いました。愛知県出身で、どこかクールで、それいて熱い、一生懸命な愛理がSKE48に居てほしいと思いました。SKE48として、一巡目で選択したこと、左手で交渉権を獲得した時の感動。全部忘れられません。

 愛理にみんなが期待しました。どう育てていこうか、どんな子になるだろうか。そんな期待を、私たちもスタッフさんもしていました。幼いながらにも、48グループが大好きな愛理はきっと感じたんじゃないかな。自分が期待されていることを。プラッシャーになったよね。ごめんね。

 本当は、愛理がSKE48に入ってくれたら、すぐに私たちチームK2のもとで、こっちゃんと共に、二人をしっかり面倒みたかった。先輩と過ごす環境って、後輩にはとっても心狭くて、常に緊張していて、居心地のいいものではないけれど、それが成長につながって、仲間としての絆も強くなっていく大切な時間だから。でも、それを愛理とこっちゃんにしたげられなくて、本当にごめんね。

 ファンの方伝いで、メンバー伝いで、スタッフさん伝いで、愛理の近況を聞くのがとても悔しかったです。おまけに、一番なついたのが、チームK2でもない斉藤真木子で心が折れかけもしました。でも、無事に昇格してくれて、遅くなったけど、チームK2で愛理の成長を見守れる、今の環境がすごく嬉しいです。

 愛理のいいところはね、熱くて一生懸命なとこど、がむしゃらに頑張るところ。そこに私たちは惹かれました。誰も、愛理をとったこと、後悔してないよ。

 今の自分に納得していないと思う。後輩もできて、抜かされてると思うこと、たくさんあると思う。追い抜かさなきゃって焦ると思う。これは個人的な私の願いだけど、愛理は17歳くらいまでは、焦りすぎす、気持ちも折らず、しっかりまっすぐ勉強して、学んで成長してほしい。

 まだ15歳。この先に愛理のチャンスの順番は絶対にきます。今焦ってジタバタするより、チャンスの順番が来たときに、しっかり掴める子になってほしい。だから今は、まっすぐのびのび、楽しいこと、つらいこと、全部吸収して、一歩一歩成長していってください。

 今、愛理には細かく注意はしていません。でもね、実はこっそり後ろで見ています。細かく注意するより、思いっきり注意した方が響く子だから、ずっと見ています。それを忘れずに。

 いつでも周りの人に感謝の気持ちを忘れずに。これからも、ずっとずっと愛理のこと応援してるよ!

 チームK2 大場美奈より」

 もう、水野愛理のここが素敵、という部分を見事に言語化してくれた語ってくれた手紙ですね。思えば、AKB48のチーム4のリーダーであり、研究生時代はチームAの前田敦子ポジションを任されていたみなるんだからこそ、説得力を持つ言葉なのではと思います。
 この年のスピーチでも、水野愛理は「悔しさ」、「後悔」、「反省」を語り、ファンの方が居て当たり前だと思っていた反省を語ります。初期は握手会が完売していたのに、今ではそうではなく、来てくれたファンの方が「完売できなくてごめんね」と言わせてしまうことにも触れています。これを語るのは、愛理自身も辛かったのではと思います。
 そして、8期生の加入や第3回ドラフト会議の開催に危機感を覚えたこと、発してはいけないと思っていた「センターになるぞ」という言葉を発したことを振り返っていきます。また、こっちゃんが水野愛理の影での努力についても語っていました。
 ちょっとずつ、愛理自身が理想と現実のギャップを超えるために、運営やファンの方々の期待に応えるために、前に進み始めます。7D2のメンバーたちが、少しずつ選抜に選ばれてはじめたことや、小畑優奈のセンターも刺激になったのではと思います。
 物販で名を馳せ始めたのも、この年ではなかったでしょうか?
 コロナ禍の2021年現在では、貴重な体験となってしまいましたね。
 僕もデコライトを彼女から売りつけられたかったです(良い意味で『売りつけられる』と書いています。念のため)。
 

 話を戻しましょう。
 再起を誓った生誕祭から1年、2018年9月27日にあった水野愛理生誕祭で読まれた、小畑優奈からの手紙を読んでみましょう。

「愛理へ。

 お誕生日おめでとう。

 愛理のはじめましての印象は、とってもがむしゃらで、ショートヘア―が似合っていて、メイクが濃いという印象でした。そこから一緒にレッスンをしていくうちに、少しずつしゃべるようになっていきました。ですが、特にそれ以上のこともなく、いつからこんなに距離が近くなったのかなと振り返ってみると、多分だけど、一緒に「ラムネの飲み方」公演に出演するときくらいかなと思っています。

 出演することが決まって、二人ともすごく緊張していて、なかなかうまく行かなくて、愛理は泣いてしまうことだってあったけど、それでも次には強くなっていて、かっこいいなと思ったよ。

 そこから、昇格が決まって、もっと一緒にいる時間が多くなって、色んな話をしているうちに、好きなもの一緒だったりで盛り上がって、一緒の関係がった。SHOWROOM配信のノリで作ったコンビ「小野」も、今では私の中では、なくてはならない存在になっています。

 私たちは、どちらかというと、タイプも性格も全然似てなくて、なんなら真逆かもしれないけど、その分、すごく似ているところがあるとすれば、行動力かな?
 何かしたい、食べたい、やりたいってなったら、とにかく行動。その日のうちに決まって行動することなんて当たり前。それくらい行動力がすごいよね。

 でも、そんなことしてるうちに、私の中で愛理は本当に大切な存在になっていったし、なんでも話せる人になりました。何かあったら、しょうもないことでも、悩みでも何でも話したいと思うのはやっぱり愛理だし、それに対してちゃんと言ってくれるのが嬉しいです。例えば、『似合ってないものは似合ってない』とかね。

 愛理は、『破天荒』とか言われてて、何でも思ったことを口にしちゃう素直さが、たまに誤解されちゃうこともあるかもしれないけど、それが愛理の良さだと思うので、これからもそのままの愛理でいて欲しいなって思います。

 何も考えてないように見えて、愛理も実は色々悩んでたり、考えてたりしてたり。すごく優しいから、ご飯に行ったら、さりげなく食べ物をよそってくれたり。実は、すごく色々考えてるんです。

 だから、愛理のファンの皆さん、愛理を信じて、これからも応援してください。絶対に、応援していて飽きないと思います。

 愛理は、これからも愛理らしくいてね。そして、「小野」コンビ、もっと頑張ろうね。最近「小野」コンビで少しずついろんなお仕事できてること、すごく嬉しいなって思ってます。

 最後に、こうやってお手紙を書かせてくださった生誕委員の皆さん、愛理のファンの皆さん、本当にありがとうございました。

 あ、最後に愛理。出かける時にレッスン着で出歩くの。そろそろやめてください。それも愛理らしいけどね。

 小畑優奈より。」

 この翌年の2月にゆななが卒業発表することを考えると、なんとも切ないですね。これまでの先輩からの手紙と違って、同じぐらいの視線から水野愛理を見つめた貴重な手紙だと思います。一見するとタイプの違う二人が、実は行動力という共通点を持っているというのが面白いですね。片やSKE48のセンターを任せられたメンバー、片や悔しさの先にこの年初の総選挙ランクインを果たし、少しずつ呼ばれる仕事が増えてきたメンバー。実績だけを見ると大きな差がありそうですが、持ち合わせえているポテンシャルで見ると、実は近いものがあったのではないか、と僕は思っています。
 少しずつ、水野愛理と運営やファンの方々の走り方が合わさり、「共鳴」が起こったのではと思います。

 最後は2019年10月9日の水野愛理、17歳の生誕祭で読まれた日高優月さんからの手紙を読んでみましょう。

「お誕生日おめでとう。

 今年はこうしてお手紙を書けて嬉しいです。

 いつも私のそばにいてくれてありがとう。一つの支えなので凄くありがたいです。

 16歳の1年はたくさんの葛藤や衝動があって、愛理にとって身も心も忙しかったんじゃないかなと思います。

 泣きながらたくさん話てくれた時に『愛理には愛理の考え方があるんだな』ってちゃんと伝わったよ。

 4年目になるのかな?
 5年ですか。失礼しました。

 5年目になりますね。それでもたくさん失敗して、たくさん壁に当たって、たくさんの経験をしてください。

 愛理自身が「こう」って思っててもそれが間違いのこともあるからね。でも、もちろんそれが間違いのこともあるからね。でも、もちろん正しいこともあります。それも全部経験として糧にしてください。それがいつかちゃんと自分のためになるし、時間が経った後に『あの時はこうだったな』って感じられると思うよ。

 納得いかないことも絶対にこの先あると思うけど、愛理が愛理らしくやってれば大丈夫だよ。敵がいたとしてもその分ちゃんと味方がいるから。上手な言葉はかけられないかもしれないけど、愛理のためになるなら何でもするし、優月は味方でいるからのびのびやってください。

 応援してくれる人も私も笑顔で踊ったりしてる愛理が大好きだから、自分の好きなことに熱中してそのままの愛理を表現してください。

 プライベートでもたくさん遊んでくれてありがとうね。たくさん思い出を作ろう。たくさん遊ぼう。たくさん話そうね。

 何にでも一生懸命な愛理が大好きだよ。
 これからもたくさん可愛がります。
 17歳、たくさんの願いが叶うといいね。たくさん笑って過ごそうね。

 本当にお誕生日おめでとう。

 SKE48チームK2 日高優月より」

 この年の生誕祭でも、水野愛理は悔しいという言葉を発しています。
 総選挙後は仕事が増えたものの、今年は上に上がりたいと思えば思うほど、下に行き、空回りしてしまったこと。ファンの方の入れ替わりが激しかったのではないか、ということ。多分、ファンの方に「ダメ」と言われても歯向かうこと、でも、一人になった時には「失敗しちゃったな」と反省すること。
 K2の層の厚さを感じたこと、諦めて無理だと思ったこともあったが、諦めずに次の一撃で壁を壊せるのでは、と考え直したこと。K2で嫌だなと思ったこともあったけれど、今はK2で良かったと思えることを語りました。
 最後に目標として選抜を目指すことを彼女は挙げます。
 自分の努力不足で、ファンの方々にお金と時間をかけさせてしまったことも語ります。
 再び、水野愛理と「期待」を繋ぐ紐が、少しずれてしまっていたのかも知れません。

 あれから、もうすぐ2年。
 水野愛理は松井珠理奈が選ぶ次世代選抜に選ばれ、ティーンズユニットにもファンの方の協力でランクインします。

  この曲に出て来る歌詞が、まさに水野愛理にフィットしましてね。
 「壁」、「今の自分じゃダメなんだ」「批判だって自分の手で変えていけ」、「何度でも立ち上がれ」とかね。
 初めて聴いた時は、あまりピンとこなかったんですが、こうして水野愛理目線で聴くと違った響き方がします。
 再び、共鳴を始めた水野愛理と多くの人々の「期待」。
 時には彼女を苦しめたかも知れませんが、今は追い風になり始めているのではと、ここ数年の実績から感じます。「共鳴」して走る時に「主」、「客」の関係は消えていきます。
 ファンとメンバーが一体となる瞬間を感じることは、アイドルを推していく中で何回あるか分かりません。
 ただ、水野愛理なら、必ずその瞬間をファンの方に感じさせてくれる、期待して間違っていなかったと証明すると信じています。
 
 水野愛理さんの一日も早い回復を祈っています。

こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。