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正義と不幸

エルピスは実在の事件から着想を得て制作された作品であり、恋愛スキャンダルで左遷した女子アナ浅川恵那と若手ディレクターの岸本拓郎が冤罪事件の真相に迫っていくという始まりでした。

テレビ局の裏側や、政府の圧力とメディアの構造など『権力と圧力』が非常にリアルに描かれており、それらの圧力に対抗する浅川と岸本という構図。

浅川がゲリラで冤罪事件の疑惑を訴えるVTRを放送し、それは大きな反響を生み、大衆に刺さった。
しかし、ここで松本死刑囚の「再審請求が棄却」されたり、岸本が地道に掴んだ「本城彰が犯人である証拠」を冤罪事件の被害者がデリヘルで働いていたというニュースがまさかの浅川の口から報じられ、世論に飲み込まれてしまった。【希望】が見えたと思って喜んでも、それがやがて【災い】となり闇が広がっていく。


被害者がデリヘルで働いていたという事実は「そういう場所にいた人なら仕方ない」「私たちとは違う世界の人の話だ」と被害に遭う人は自分とは違うと線を引くことで安心を得ている。被害者の女の子も普通の人。殺されて良い理由なんてない。何も違わないのに人はすぐ過去や事実をもとに「あなたはこうだったから、そうなんでしょ?」と勝手なレッテルを貼り付ける。

エルピスのエンディングを制作企画された上出遼平さんと脚本家の渡辺あやさんのインタビュー記事で「正義を実現しようとしてる世界に被害者のメリットはほぼない、この不幸を100%搾取している」といったお話しをされていて、思わず唸りました。

「どっちが善玉とかどっちが悪玉とか本当はないらしい」のように善玉のように見えても違う視点では悪玉になりうるかもしれない。

例えば、今回のような事件の真相に迫り、当初の浅川のように「これからは正しいと思うことだけをしたい」と正義を実現しようとして、その過程で被害者や被害者遺族に話を聞く。しかし、被害者は事実を話すことで色眼鏡で見られたり、「かわいそう」と決めつけられる。エンターテイメントにされることだってある。
勇気を出して言わなければ良かった。なぜ話そうと思ったのか、そんな風に思うことさえある。

これは不幸の搾取と呼べるかもしれない。

しかし、きっと話すと決めた瞬間、目の前の人を信じたい、信じれると思ったはずだ。そうであってほしい。

上出さんはこういった見世物小屋的な構造をエンディングで示唆したかったとのこと。エルピスというドラマは何層もの見方ができる。冤罪事件の真相に迫る話かと思えば、政府の圧力とメディア忖度の側面も持ち、柔よく剛を制す側面も持つ。かと思えばエルピスというドラマ自体を侵食するようなエンディング。何層にも何層にもなっていて、エルピスはこういうドラマだ。と一言では言い表せない面白さがある。


最終回では、浅川が「本城彰の逮捕」と引き換えに「大門の罪」という特大スクープを見逃すことで、本城彰の被害者遺族や松本死刑囚、チェリーさんらの「当たり前の人間の願い」がやっと叶った。

しかし、この裏では「大門亨の死」や「レイプ事件の被害者」という絶対に闇に葬ってはならない事実が隠れている。

「正義が最後には勝つ」や「正義が悪を懲らしめる」といった勧善懲悪のドラマではない。
これが本当に本当に良かった。「正義」はときにバカを見る。どうにもならないことは本当にどうにもならない。それをそのまま描いてくれた。こういうのが見たかった。

エルピスに登場するキャラクターで最も共感してしまったのは「これはもう僕の性分で」と話す大門亨。自分の中の正しさを最後まで全うし、長年仕えてきた男に殺される。クソ真面目に生きてても、悪いヤツに簡単に足元をすくわれる。とんでもなく理不尽だ。でも理不尽な運命を受け入れてでも、正義を貫きたいと思えるのが大門亨だと思う。だからこそ、最後の最後に岸本くんという一本の細い光を見つけてくれたことが本当に嬉しかった。

誤解を恐れずに言うと、絶望の淵に立たされたとき「死」よりも「希望」を見つけれない方が苦しい気がする。

何の保証もなく、特別な理由もなく、ただこの人のことは「信じられる」と感じたとき、無性に嬉しくなる。それだけで、強くなれる。

「信じられるって希望なんだよ」「信用を失うってその人から希望を奪うってことなんだよ」
このセリフを忘れたくない。忘れそうになったらこの記事を読みたい。


ここまでダラダラと感想を書き続けて、結局何が伝えたいかというと、嬉しかった。エルピスというドラマに出会えて本当に嬉しかった。

エルピスは人間のリアルを描いてくれる。綺麗な部分も醜い部分も曝け出してくれる。
だからこそ、何度も心が動かされた。

「他人には分かってもらえない」そうどこかで諦めて
「違う」ことも「違う」と言えないでいた。時にはヘラヘラ馬鹿なフリをして、それが生きていく術だとも思ってた。同じように誰かの痛みを分かった気になるのも嫌だった。適当な理由をつけて飲み込めば変に傷つかない。でも、浅川さんが「なんで殺されなきゃいけないの!」と叫んだとき、抑えてたものが溢れた。

これは勝手な解釈だけれど「死」という意味だけでなく「心を殺すようなことはしちゃいけない」と浅川さんが言ってくれたように感じた。

浅川さんや岸本くんのように歪んだ見方ではなくまっすぐ「理解してくれる」存在はいると。少なくとも製作陣の方々はそういった感覚を大切にされていることが伝わってきて嬉しかった。

素敵な作品に出会えて本当に嬉しい。届けてくれてありがとう。という気持ちをどうしても言葉に残したくて、殴り書きに近い状態で書いてみました。

「エルピス」という作品に関わった全ての方に感謝しています。少しでも伝わりますように!


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