バジーノイズ

私は私基準で生きている、自分のことは大嫌いだけど多分大好きで、それに気づいてからは、もっと大嫌い。

一人で生きた方が楽だ。そう思うたびに心のシャッターを下ろす。だけどそのシャッターは決して頑丈ではなく、誰かが簡単に中を覗くし、覗かせてしまう。毎回しっかりと戸締まりしているつもりなんだけどね。簡単で純粋で、なのに複雑で捻くれてる。

シャッターを開けないように自分を偽って生きる。他人は他人、もう誰も信じないし、感情を見せないように。その時その場所で見せる自分はどれも別人で、実は全部自分。隠しているつもりでも隠せてない。簡単で純粋だから、何かの拍子に感情を見せてしまうことがあると、シャッターが緩んでしまう。今回は信じてみても大丈夫かも。

少し世界が明るくなった。明るい気持ちになった。抑えていたやりたい気持ちが動き出した。関わりたくなった。沢山の音が重なる。ありがとう、私のシャッターをこじ開けてくれた人。明るい世界。束の間の明るい世界。

消えた世界の音。何でもないきっかけが自分の世界の音を消し去る。そうそう、私の世界の音は、色はこれ。単調で寂しくてグレー。知ってたよ。元からそうだもん。今度のシャッターは重く硬く分厚い。もう外からは開けられない。でも結局、他人の言葉で開けてしまうんだ。

私の分厚いシャッターは諦めと共にカーテンみたいになったけど、そのカーテンをめくっても本当の自分はいない。変化していく自分について行けなくて自分を見失う。だけど、ぴらっとめくってくれる人が現れる限りは大嫌いな自分でも追いかけ続けよう。関わり続けよう。

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