俺と友人のいつもの喧嘩がお互いの会社同士を巻き込んだ壮大なバトルに発展していてクソ笑える件(3)

まだ続いてんのかよ...というのは俺も同感である。
ひとまず弊社側では先週水曜時点で決着したはずの話がまた再燃しているんだ。こんどは部長に女社長から直接電話があったらしい。一週間も経って少しは冷静に話ができるかと思いきや、相変わらず一方的にまくしたてるだけだったらしく、困惑の部長から昼頃に電話があった。以下は部長が聞き取れた範囲の主訴である。

・御社の社員が来社した理由について、やはり朧の説明は信用できない
・副業の納期の件で弊社の業務時間内に来社したに違いない
・ついては弁護士弁護士開示請求開示請求×100
・弊社の業務領域である趣味分野に抵触した逸失利益の可能性も×100

話の通じない女社長に代わって、女社長の側近と部長でやりとりしたうえ、本来開示する義務さえない情報まで開示してなおこの有様である。
ここに至って俺は完全に不運な被害者として社内の同情を集めはじめており、イメチェンのために白シャツ眼鏡で爽やかに出社した健気な姿をクスクス笑われたりもした。なんというか、さきに情報開示すべきはババアの心療内科のカルテであり、謝罪と賠償を請求したいのは俺の方だ。

とはいえコンプラや天ぷらにはうるさい弊社である。ついに法務と顧問弁護士、部長の三者によってババアへの対応が協議されたらしい。お行儀の良すぎる会社はこれだからよくない。そろそろ紳士的な対応にも飽きるころだろ。結局、協議の結果は「好きにさせておけ」という結論になったらしい。そもそもなにを要求しているのかさえ判然としないのでは当然である。

一方で悩ましいのは、本件でババアのもと具体的に消毛し続けている友人だ。鬱だなんだと自分で言いはじめる精神状態は、「おまえのせいでこうなったんだから、おまえの会社で俺を雇うことを約束しろ」とまで言い出す始末で、また喧嘩になりかけた。とはいえ、本来ババアに向くべき怒りが俺に向きがちな心理は分かる。なので懇懇と道理を説くしかない。俺がもし友人の立場だったら、自分のところの女社長が友人の会社にクソ迷惑をかけている点、いたたまれない気持ちになりそうなものなんだけど、ひとまず安全な立場になりつつある俺の口からは言いにくい。とはいえ、喫煙所でこの問題についてひととおり雑談した会社のエライ人には、友人の苦境をさりげなく伝えてはおいた。男気のあるひとなので、わりと俺は好きだ。

なんというか、このトピックはもう「ババア禍」として捉えたほうが対処を見誤らないかもしれない。そういえば先日こんなことがあった。

先週は金曜、新人歓迎会の帰りの話である。
方向が同じ同僚の子とタクシーに乗ったんだけど、タクシーの運転手は珍しく「女性ドライバーさま」だった。年齢は50代といったところ。やや口ぶりにじめっとした湿度を感じる以外に、これといって残るような印象もない。ところが、晴海通りを直進するはずの車が青信号になっても進まない。見れば左折しようとしている様子。不案内なのかもしれない。親切のつもりで「おばちゃん、ここはまっすぐだよ」と案内する。

その途端である──
「あの、いくらお客様とはいえ、言ってはいけないことがあります!」と鬼の形相のババアが振り向く。ゴゴゴ…!!と効果音が出るような殺気だった。ほんと勘弁してくれよな。もう怪談の季節じゃないんだからさ。一瞬なにを言ってるのか分からなかったんだけど、少し面白くなって途端に言葉遣いを改める俺である。

朧「おや、これは失礼しました。ではなんとお呼びすればよろしいでしょうか。男性のかたに気軽におじちゃんと呼ぶのもいけませんか?」

バ「おじちゃんは可愛いのでいいですが、おばちゃんはダメです」

無意識の男女差別には気づいていないらしい。

朧「なるほど、では『めんどくさいおばちゃん』のことを『運転手さん』とお呼びするのは差し支えないのでしょうか?」

バ「……??? それは、大丈夫です」

やや論理に弱いタイプだということも分かる。

朧「では『運転手さん』、このまま直進でお願いします」

バ「お客様はD通のかたですか??」

朧「おや、運転手さんはどうしてそのように思われましたか??笑」

つい笑ってしまったのがよくなかったんだけど、しばらくD通社員のマナーの悪さについて滔々と語り始めるババアである。暗におまえの態度が悪いと言いたいことは分かるんだけど、いかに「おばちゃん」が自分に対して心外千万な物言いであったのか、なにやら簡単には言い尽くせない思いがあるらしい。話は社会人のマナーと社内研修のありかたにまで及び、しまいには「私はプライドが高いので!」という宣言まで出てくる始末だった。なんというか、自分が「プライドの高い人間である!」ことをここまで明確に言い切れる人間を俺は知らない。ふつうそれは他人から指摘されて俯くことはあるにせよ、わざわざ自分から宣言するようなものではないと思っていた。しかし、話がこうなってしまっては俺としてはババアの人物に俄然興味が湧いてしまう。

朧「なるほど、プライドが高いひとでしたか。なかなかご自分で言えることではありません。ところで、どうしてどうしてプライドが高いのでしょうか」

バ「わたしは管理職にまで上り詰めたこともある人間なんです!」

朧「それはすごい!一体どんな管理職なのでしょう?」

バ「保険です」

朧「え?」

バ「生命保険です」

朧「すみません、もういちどお願いします」

バ「生命保険ですッ!!」

朧「なるほど生命保険のセールスレディですか。それは立派なおs…

バ「本だって書いたこともあるんです!」

朧「そんな立派なキャリアをなげうってまで、どうしていまはタクシードライバーをされているんですか??」

バ「好きでやめたわけじゃないんです!」

朧「なるほど、それでプライドも高いままなんですね!」

もしかするとババアはクビになったのかもしれない。なにしろタクシーの密室で自分の自慢話を延々としてしまう感じのお人柄だ。
話の途中で楽しいドライブは終わってしまったんだけど、車を降りてからババアとのやり取りを反芻すると、色々と考えさせられる学びがあった。

まず第一に、ババアは急にキレて手がつけられなくなることがあり、その感情的なクライシスはたぶんに本人のプライドや自尊心との折り合いによるところが大きい。これは女社長のご乱心とも通じるところがある。

第二は、少し複雑な気付きになる。
自我との向き合い方の問題だ。
正確な引用は怪しいけれど、セックス・ピストルズのだれかが「俺は、俺が俺であることに、だれよりも全力で向き合ってきた※大意」と言っていたらしい。らしいというのは、床屋でパラパラ読んだ英国特集のPENに書いてあったからだ。正直、いい言葉だと思ったし、俺が女社長とのアレコレで漠然と考えていた「社会人とは?会社員とは?」みたいな青臭い問題について、ひとつの立場を示していると思った。

正直に白状してしまうと、俺も、「俺が俺であること」をわりと大切にしている愚かな人間である。タクシー運転手のババアもそれは同じだったに違いない。
しかしふつうのひとは違うはずだ。女社長の件で骨を折ってくれた部長も、「自分が自分であるかどうか」などの青臭い問題は四半世紀まえには卒業したうえ、会社員として与えられる役割と業務にひたすら忠実なのであり、そしてそれこそが社会人としては本来の姿である。ようするに、タクシー運転手のババアはたぶん、自分の仕事場であるタクシーのなかでさえ自分自身でありすぎた。
ところが俺は、すくなくとも業務(=仕事)レベルではほぼ自分を完全に殺すことができる。白いものを黒いと言われても「はいそうですか、ではそのように」である。まあ受注産業だから客の意向に従うのは当然なんだ。
ところが会社員としての身の処しかたになるとそう素直にはいかない。やりかたが気に食わなければ平気で悪態を吐くし、あくまでも社内レベルでは、従順な会社員でないことはプランナーとして堅持しなければいけない大切な態度であるとさえ思っていた。とはいえ、ここが女社長のような基地外からのババア禍を招いた部分があることはそろそろ認めるしかない。なにしろ新人歓迎会でろくに話したこともない新人から「マジで怖い人だと思っていました」と言われるようなありさまだ。
ところでこの新人は学校を卒業するときに学長が言ったという「アートはカオスの中からしか生まれない」という言葉に意味も分からぬまま感銘を受けたりする救いがたいアホなんだけど、なにしろ芸術全般にカオスとは対局にあるはずの「調和」が厳として内在している事実はさておき、怖いトレーナーに圧迫されてうちのチームに流されてきたやつがどの口でカオスだよ、というのは本人にも言った。怒られることにビビってんじゃねえよ、と。本当に気に入らないならトレーナーだろうがぶっ飛ばすのがカオスだろ、と。俺はこれみよがしにメモをとるような新人が嫌いなんだ、とも。まあ新人の話はいいや。
怒られることにビビっているといえば友人もそうである。なにしろ生殺与奪を握られたまま、弊社に無法な言いぐさを続ける女社長の様子を萎縮しながら見ているしかないありさまだ。

そこまで会社員という身分は大切か──?

これは逆説をいう前置きではない。最近の友人の様子を見ると、同じような社会不適合者として「会社員」という身分の大切さをひしひしと感じるものである。これは経済的な基盤がどうこうではない。自分の暴走をとめる安全弁として、あるいは底のない堕落への安全弁として、要するに、社会不適合者にとっては自我を矯正する安全弁として「会社員」という身分は重要だった。そして世に溢れるババア禍は、こうした安全弁の角度や向きに問題があるひとつの“現象”として捉えるのが正しい。南無!キリエ・エレイソン!


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