引っ越ししました \(^o^)/

身辺に引っ越しのニュースが続く。

まずひとつ。友人の新居に招かれた。

駅に着いた旨を告げる電話に知らぬ女が出たので、なんとなく友人の描いているだろう絵図は読めた。新居にお邪魔すると、案の定、新品の家具類に混じって、女が一人、いる。

にこやかに挨拶をしながらも、こうした存在感をうまく表現する語彙を探した。きっと座りが悪い、とでもいうのだろう。要するに友人は、新居への引っ越しに合わせ、恋人の“引っ越し”も済ませた。 というか、恋人の引っ越しに合わせ、新居への引っ越しを迫られた。つまり僕は、友人から新しい恋人と新居を紹介される栄誉に浴しているわけだ。

よくある話、といえば、その通りなのだろう。それが、同棲中の女と関係を清算し、新しい女に走った“引っ越し”だったとしても。

けれども、新しい女と付き合うために切り捨てた元恋人が、“かつて妻と子を捨ててまで乗り換えた女”だったとしたらどうか─?

とりあえず、手土産に持参した蕎麦が安物だったとしても、文句は言えまい。 友人の節操のなさを指摘することはひとまず措くとして、まこと世の因果は巡るものである。

かつて妻子ある男を略奪した女は数年後、自分よりも一回りも若い小娘にその男を略奪される、という因果。まさに運命のゼロサムである。

咎なき者のみ石を投げよ、という。

僕には彼を非難する気もなければ、非難する資格もないのだけれど、妻子を捨てて走った女すら色褪せてしまう君は、この先いったい、何を大切にすると自分に約束できるのか──という心配は、20年来の友人として控えめに付言させてもらった。

しかし困ったことに、僕はこの友人が嫌いではない。むしろ、その人間的なダメさも含めて、愛している。嫌いになれない。白々しい家具のような新恋人も、実は気立てが良く、好感の持てる子なのだった。

けれども、彼らが揃って、自分らの選択に対して弁明的なのは頂けない。

用事のあった友人が外出し、しばし新居に僕と新恋人が残された。

すると、自分らが付き合うに至った“やむを得ない理由”を、滔々と家具が喋り出すのだった。思わず慌ててスイッチを探した。

…という悪態はともかく、

せめて幸せな2人は加害者に徹しなさい、と。さもなければ、捨てられた女が浮かばれないだろう。たとえそれが、因果に報復された結果だとしても、だ。

まこと世の因果は巡る─。

僕には彼らの未来がありありと想像できる。

友人より12も若い新恋人は、はっきり言ってしまえば若過ぎるのであり、その若さゆえに、見過ごし難い友人の瑕疵に気がつかないのであり、いずれ出会うはずの誰かに、ついには心を移すだろう。

因果に報復されたとき、自分に捨てられた女の涙に友人が思い至ったとき、僕は彼をどう慰めればいいのか。

悩ましい。


ふたつめ。

あざやかな転職に成功したはずの2名が出戻ってくるらしい。

人の出入りが激しい広告業界ではあるけれど、去年、取締役が部下2名を伴い同業他社に“引っ越し”した事件は、小さくないスキャンダルとしてグループ内に語られた。

まずいことに、水面下で工作し、彼らの動きに続くスタッフも出た。4月、ついに引っ越し先を隠し続けた彼の場合、最後、正直ですらなかった。 

しかし、哀しいかな昨今の不況。引っ越し先の企業は急速に業績を悪化させ、この夏、大規模かつ無慈悲なリストラを断行することになったのだった。

2名“のみ”が復職するニュースは、様々な憶測や好奇を呼びながら、再びグループ内の話題をさらうに違いない。リストラの対象に挙げられたのは、取締役が伴った部下のうち1名、40代半ばになる年配のスタッフだったらしい。出戻りが2名になったのは、侠気あるもう一人の若い部下が、リストラ対象になった彼に付き合ったからだろう。多分。

一方で取締役。

取締役として大きな営業力を持っていた彼は、かなり有利な条件で転職の交渉をしていたはずなのに、なぜ、道連れにした部下を守れなかったのか─?

尊敬していた上司だけに残念だ。

件の侠気ある若い部下も、彼に失望したのかもしれない。

他方、遅れて“引っ越し”に追随したスタッフの命運が気になる。先行した3名にキャリアで劣る彼は、近くリストラ候補に挙がるだろう。けれども、正直ですらなかった彼に、戻る場所など無い。要するに彼は潮を読み誤った。裏切るには遅過ぎたし、正直さを手放すにはいささか早過ぎた。

なにやらコウモリの寓話を思わせる話ではあるけれど、まあ彼のことは正直どうでもいい。それよりも、出戻りの2名は、どのツラを下げて戻って来るのだろうか。彼らの心情を慮ると、どうにも居たたまれない。

というのも、自分がそうなっていたかも知れないから。

取締役が主導する“引っ越し”には、当初、僕と若い部下が連座する予定だった。けれども、些細なすれ違いから2人との関係がこじれ、僕の代わりに年配のスタッフが行くことになったのだった。会社に不満があった彼にとって、“引っ越し”の話は脱出船に見えたのだろう。 欠席裁判ではずいぶん饒舌に語ったらしいことを人づてに聞いた。

複雑な感情がない、と言えば嘘になる。けれども、

 どうせ内心では嗤っているのだろう─?

そう思われていたら哀しい。



さて、だ。

紹介した2つのエピソードには、何かしらの共通点があると僕は思っている。けれども、それが何物であるかは漠として見えない。ので、なんとも尻が落ち着かない気分だ。言葉や思弁を尽くせば、その正体は明らかになるだろう。

けれど、あえて総括することは避ける。

ただ一つ言えるとすれば、それは

大切な何かの所在の“引っ越し”でもあった、ということ。

CMのあと、さらに驚愕の展開が!!