見出し画像

【名作迷作ザックザク㊶】関わる者全ての人生を鷲掴みする目眩く拳闘の世界... 追う者と追われる者の相克を見つめる青春譚の背後に大人の悲恋が匂い立つ群像劇傑作映画『勝利と敗北』(1960)

 結論から言おう!!・・・・・・・・・・( ´ 艸`)
 趣味といえば冬にスキーをやるぐらいなうえ、とりわけスポーツに関しては野球やサッカーにすらほとんど興味を示してなかったお堅い父が、どういうわけかボクシングのテレビ中継はしょっちゅう熱心に観ていたことを思い出す、O次郎です。

年齢的にはガッツ石松さんと同い年なので、おそらく少年期のスポーツ中継鑑賞の原体験として
三迫さんや矢尾板さん輪島さんあたりの試合の記憶が焼き付いていたのかもしれません。
人気を二分していたであろうプロレスには全く興味が無かったようなので尚のことだったのかな。

 今回は1960年の邦画『勝利と敗北についての感想です。
 CSの日本映画専門チャンネル"蔵出し名画座"枠の今月の放映作品が本作でした。
 巨匠・井上梅次監督が脚本も担ったボクシング映画で、肝心の拳闘シーンの迫力や若い男女の愛憎劇にそのケレン味が遺憾無く発揮されつつも、ボクシングに青春を捧げる若者たちの前途のために己が人生を捧げる大人たちの哀愁を帯びた姿がグッとくる秀作です。
 試合としての勝敗はキッチリ厳格に映しつつも、人としてあるいは生き方として誇れるのは如何なるや、というヒューマニズムが横溢しており、古臭さは無きにしも非ずですがこの大上段な朗らかさはやはりクラシック映画ならでは、と思える一本。
 後の探検隊隊長である川口浩さんと特命刑事の本郷功次郎さんが演じるピークを過ぎた熟練と血気盛んな若手との対比がビビッドですが、一方で彼らを我が子のように育て鍛えるジムのオーナーの山村聰さんとバーのマダム新珠美千代さんとの想い合うも決して結ばれない大人の純愛が切なく響くところで…。
 "青春+スポーツ"という構図のあまりの爽やかさについついアレルギー反応を起こしてしまう方々、昭和30年代生まれの清涼感だけでない青春群像劇の本作の妙味を掻い摘むべく、読んでいっていただければ之幸いでございます。
 それでは・・・・・・・・・・"アクセル・ホーク"!!

格闘ゲーム『餓狼伝説』一作目の敵四天王の一人。
個人的にボクシングの第一印象といえばこのキャラクター。
出会いとしては『ストリートファイターII』のバイソンのほうが早いんだけど、
個人的ケンタッキーフライドチキンの第一印象も重なった
この『コミックボンボン』でのコミカライズでの印象ダブルパンチによってホークの勝ち。(*´罒`*)


Ⅰ. 作品概要

(あらすじ抜粋)
 全日本ウェルター級チャンピオン・佐々木が突然引退声明をした。そのために早急に次期チャンピオンを決定しなければならなくなり、各ジムから挑戦資格者が続々名のりをあげた。最有力な峰岸ジムではその推薦をめぐって一つの争いが起きた。峰岸(演:山村聰さん)は最初からボクサーとしては盛りを過ぎた年齢ではあるが、ランキング一位にある山中(演:川口浩さん)を推すつもりだった。しかし峰岸のジムには"ノックアウトキング"という異名を取り、学生からプロ入りした旗(演:本郷功次郎さん)もいた。彼は自分の実力が認められないのを不満に思い峰岸のジムを飛び出し、暗黒街のボス郷田(演:安部徹さん)は旗を自分の息の掛かった松田ジムに引き取った。紆余曲折の上、旗が一位の山中に挑戦することになったが…。

 この時代の映画は二本立て興行が主体だったこともあってか90分尺のイメージが強いですが、本作は近年作品に近い116分という二時間近い長尺です。
 同門出身の山中と旗がそれぞれの身辺を整理して肉体だけでなく精神も拳闘に収斂させて研ぎ澄ませつつ頂上決戦の舞台で雌雄を決することになるわけですが、それぞれのドラマ造りが実に好対照です。
 山中は年齢もあって既に老成してベテランの落ち着きを見せ、オーナーのみならず周囲からの人望も手伝って目立ったトラブルも無く、しかしその一方で胸に秘めたる拳闘への熱情は人一倍ゆえ燃やし尽くす場無しに堅気の身分にはなれず、結婚を約束している教師の志津子(演:若尾文子さん)との未来を巡って対立する形でドラマが生まれます。
 山中の親御さんの願いもあって近く引退の上に志津子と祝言を挙げる予定だったところに降って湧いた王座獲得の話に翻意する彼にショックを隠せない志津子ですが、彼の実現可能性はともかくも頂に挑戦したいという情熱は理解しだからこそ彼に惚れていたのも事実であり、されどやはり命の危険もある勝負師の彼と所帯を持つことは出来ないと別れを告げます。

もちろん志津子自身の幸せを追求する面も有りますが、
山中に後顧の憂いを断たせる毅然としたエールのような別れでもあり…
序盤ながら二人の円満な別れの握手はなんともしんみりとさせてくれます。
川口浩さんと若尾文子さんといえば個人的には何より翌年の『妻は告白する』の
イメージですが、あちらとは対照的にお互いを思って身を引く姿もまた何ともお似合いで。

 一方で実際に山中が王座戦の資格を得るまでの試合のテレビ中継では店内のテレビで固唾を飲んで見守っており、他の客にチャンネルを変えられては店を転々とするくだりが結構長くてクスリと来るところも有りました。
 
 対する旗は絵に描いたような野心家であり自信家で、自分が周囲に過小評価されていると不満を募らせて先輩ボクサーたちに因縁を付けたり、相手の潜めた悪意を斟酌せずに自分を高く買ってくれるというだけでヤクザなジムに身を任せたり、果ては気の向くままに対戦予定の先輩ボクサーを挑発してその交際相手を寝取ろうとしたり…ここまで来ると記号的な描き方にすら感じますし、しかもこれらの展開に中盤の尺を些か割き過ぎていてテンポが間延びしてしまってもいるのですが、後年の老成して沈着冷静な役のイメージの強い本郷功次郎さんの向こう見ずな若者ぶりが見られるだけで貴重な感が有り、個人的にはそれで良しとしたいところです。

特に移籍先で対戦予定の吉川(演:三田村元さん)とプライベートで
彼の恋人葉子(演:野添ひとみさん)を巡って悶着を起こす場面はステレオタイプでなんとも。
バイクでの追走劇の合成シーンがやたらと長いので肝を潰されました。

 吉川が自分とのいざこざを通して負傷し挙句事故を起こしてしまい、先輩ボクサーを邪険にしてきたツケがお礼参りという形で回ってきて、ヤクザな郷田のビジネスの駒にされそうなところを自分が不義理を働いたはずの元オーナーの峰岸に身を挺して救われる。
 そうした周囲の好悪の感情とはじめて真っ向向き合うことで人間的成長を果たし、病院の吉川を見舞って己の非礼を詫び、山中と峰岸への敬意を以て決戦へ向かう様は清々しい限りです。

 そしてその一方で作劇としてどうにも目を離せないのがボクシングジムオーナーの峰岸とバーマダム小夜子との恋路。
 お互い内心では想い合っているものの年齢からして抱えるものが多く、特に峰岸は自身一人の幸福よりも経営者として親分として門下の若き男性たちの行く末を頼みにしています。抱えているものが既にあまりにも大きく、またそれを下ろすことが自分の存在の否定にもなりかねないため、抱え続ける幸福を選ばざるを得ないのです。
 そして旗を峰岸の手元へ返すための郷田からの手打ち金百万円の要求。
 やっとの思いで経営している峰岸にそんな大金を用意できる筈は無く、断腸の思いで小夜子の元を訪れて借金を頼みます。小夜子自身にも蓄えは幾許も無いものの、彼女に兼ねてより求婚している実業家から借りることは出来ます。しかしながらそれはその実業家の愛を受け容れるということでもあり・・・。
 峰岸の辛い気持ちも十二分に解ったうえで、「"私よりも拳闘を取る"と言って」と促し、二人で静かに別れの抱擁を交わす…抑えた演出ながら作中のどのカップルよりも抜きんでたラブシーンです。

山村聰さんといえば刑事ドラマ『非情のライセンス』シリーズでの
天知茂さんとのほんのりBL風味も漂うじゃれ合いも楽しいんですが…。(´罒`)

 そうしていよいよ迎える頂上決戦。川口さんも本郷さんも本職ばりに絞った肉体で汗と流血の迫力の拳闘を見せてくれます。正直なところ、寸止めやカメラワークでそれらしく見せているのが多分かと思いきや、今観てもなかなかにガチな画で俄然のめり込みました。
 体力と膂力で勝る旗に技巧と執念で挑む山中の構図は、倒れても流血で目が霞んでもまるで己の心墺の情熱を吐き出し尽くすかのように這い上がる山中の姿に徐々に観客が魅了されていき、やがては勝者を囲い込もうとしていた郷田さえも黙らせてしまうほどに真摯な試合でした。

盛りを過ぎた熟練が若い力に引導を渡される様は
まさしくアリスの最大のヒット曲の「チャンピオン」の世界観のよう。
さらには燃やし尽くす敗者の美学は後の『あしたのジョー』にも通じるものを感じます。

 満身創痍で破れながらも大健闘を讃えられた山中は控室に現れた志津子と熱い抱擁を交わし、婚約相手の実業家と観戦に訪れていた小夜子は目の前で展開された山中と旗という峰岸の人生の結晶のような二人の熱戦を目の当たりにし、自分が身を引いたことが間違いでないと確信しつつ今度こそ峰岸に別れを告げる。それぞれの恋路にも実に高コントラストが効いていて、違った清々しさを見せます。
 郷田の手を離れて身奇麗になった旗を再び峰岸が鍛え上げることを誓うラストは、周囲の人々の思いと出会いと別れの末の結晶としての未来を感じさせ、なんとも胸に来るところでした。


Ⅱ. おしまいに

 というわけで今回は1960年の邦画『勝利と敗北』について語りました。
 "追う者と追われる者"というドラマはやはりそれだけで人を惹き付ける野性味が有り、一流アスリートともなるとその人生・生き方が覆い被さって訴えかける重みが違いますね。

本作観てて思い出したのがコレ。
なまじ世代ではないので先入観無くのめり込みましたが、
一心不乱にバニシング・ポイントに向かうかのような鋼の意思には
常人の理解を超えた境地が有り。

 上述の通り、中盤のステレオタイプな青春映画スタイルとラストの絵に描いたような大団円は好みの分かれるところですが、それも往年の娯楽映画の懐の広さと感得できる名編でありました。
 今回はこのへんにて。
 それでは・・・・・・どうぞよしなに。




来月の"蔵出し名画座"は『勝利をわが手に-港の乾杯-』(1956)。
観たらまた感想書きますゆえ。(o´罒`o)

もしももしもよろしければサポートをどうぞよしなに。いただいたサポートは日々の映画感想文執筆のための鑑賞費に活用させていただきます。